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09 中野忠男1(友人/37歳)

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コンビニに入り商品を選んでいると、背後から誰かが自分の肩を叩いた。
 
結城はパッと振り向き、相手の顔を見ると、嬉しそうに笑顔になった。
 
 
 
「忠男!!」
 
「よお久弥、久しぶり」
 
 
 
彼の名前は中野忠男。結城とは中学から高校まで同じ学校に行っていた友人だ。
 
学生の頃はよく一緒に遊んだりして、楽しく過ごしていた。
 
お互い仕事が忙しく、連絡を取る暇もなかったため、久しぶりの再会だった。

 
  
「久しぶり~」
 
「おう。久弥、お前相変わらずだな…」
 
「んん?何が?」
 
「あー、まあ、いいや。今日休みか?」
 
「そうだよ、忠男も?」
 
「ああ、ちょっとコンビニで飲み物でも買おうと思って入ったらお前がいたから」
 
「そうだったんだ~」
 
 
 
結城は久しぶりの友人との再会に、とても嬉しそうにニコニコしている。その様子に、中野は少し困ったように笑っている。
 
本当に嬉しそうに笑う結城に、中野が結城の頭を優しくポンッと叩いた。
 
 
 
「あっ、何するんだよ」
 
「ああん?挨拶だよ、挨拶」
 
「ええー?」
 
「いいじゃねえか、とにかく買ったら出ようぜ」
 
 
 
二人は飲み物を買い、すぐにコンビニから出た。
 
歩きながらお互いの仕事の様子や最近の出来事などを話し、時々笑いながら進んでゆく。
 
中野は結城の話を聞きながら、次第に表情が焦り出し、辺りをキョロキョロと見回しながら人がいないことを確認した。
 
 
 
「おいおいっ、その話、聞かれても誰にも言うんじゃねえぞ」
 
「えー、何で?」
 
「何でってお前、そんな…、はあ…」
 
「?」
 
 
 
結城は中野に最近の出来事を話した。
 
後輩の太一へ行った疲れマラへのフェラチオや、宅配便の男への慰めエッチのことなど、とにかく濁すことなく、事細やかにだ。
 
友人である中野は、結城のことをよく知っている。
 
そのため、何を聞いてもある程度のことには驚かない。しかし、それは度合いにもよる。
 
中学の頃から貞操観念が人よりズレていることは知っていたが、高校に入る頃にはエスカレートし、今ではこんなことになっているとは。
 
中野は昔のことを思い出しながら、少し結城に説教しなければならないと考えた。
 
 
 
「おい、久弥。お前、今から俺の家に来い」
 
「何で?何か楽しいことでもある?」
 
「少し説教してやる」
 
「ええー?」
 
「ったく、お前は相変わらず…」
 
 
 
結城は中野に手を引かれ、半ば引き摺られるように中野の家へと連れていかれてしまった。
 
中野は結城と同じく独身であり、ワンルームマンションに住んでいる。
 
以前はアパートに住んでいたが、防音とセキュリティが気になり、今の場所に落ち着いたらしい。
 
建築系の仕事を長年しているため、給料は結構イイと言っていた。
 
カードキーで部屋の扉のロックを開き、結城を中に入れる。
 
続いて中野が入り扉をしめると、扉のロックが勝手に掛かった。オートロック式で安心安全設計である。
 
それを見た結城が楽しそうに笑い、中野に言う。
 
 
 
「すごいな、勝手にロックした」
 
「今どき当たり前だろう、こんなモノ」
 
「ええー、俺のアパートはそんなのないし、ただの鍵だし」
 
「ずっとあのアパートに住んでるのか?」
 
「ああ、住んでるよ」
 
 
 
結城が今のアパートに住み始めた時、一度休みが同じ日にあったため、中野を入れたことがあった。それからもう十年以上、結城はずっとあのアパートに住んでいる。
 
中野は目を顰め、少し睨むようにして結城に言った。
 
 
 
「あそこ、結構古かったけど、あれから十年以上…。いい加減引っ越せよ」
 
「仕事場から近いから、嫌」
 
 
 
ニコリと笑顔のまま、結城は中野の部屋をキョロキョロ珍しそうに見ながら言う。
 
中野の表情が少し険しくなり、再び口が開く。
 
 
 
「泥棒とか入りそうだろ」
 
「入ったことないよ。それに、盗まれるようなモノもないし。結構快適に暮らしてるよ」
 
「変な奴が来るかもしれないだろ」
 
「ええ、何それ、あははっ」
 
「………」
 
「え、忠男、本当にどうしたの?具合悪い?」
 
「……はあ」
 
「大丈夫?」
 
 
 
少し心配するように笑顔を曇らせた結城に、中野が溜め息を吐いた。
 
わかっているようでわかっていない。
 
もし変態が襲って来て何かされたらどうするのか、と言いたいのだが、結城は成人した男で、身長もある。工場で働いているため、体つきもいい。
 
しかし、しかしだ。結城の笑顔に釣られてホイホイやって来た男が変態で、暴力的な奴だったらどうするのか。
 
抵抗して殴って逃げるか、それとも悲鳴を上げて、誰かが助けに来るのを待つか。そんなこと、この男がするだろうか。
 
否。結城は絶対にしない。それどころか、優しく微笑んで体を差し出すことだろう。

結城には、貞操観念が全くないのだ。非常識なほどに快楽主義で、エロい体を持っている。
 
それを昔から知っている中野は、出会った頃に何度か食った。いや、食われたのだ。甘い声と無邪気な笑顔に判断力が鈍り、結城と色々してしまった。
 
別に恋人になったわけではないし、今でもちゃんと友人関係でいる。
 
悲劇があったわけでもなく、暴力沙汰を起こしたこともない。
 
ただ単に、結城の笑顔に、引き寄せられただけだ。少し心身ともに疲れていて、何となくそうなっただけだった。
 
後悔しているとか、未練があるというものでもなく、友人として注意しているだけなのだが、結城に何を言っても、効果がなかった。とにかく結城の頭の中に、貞操観念という言葉だけが全くないのだ。
 
中学の頃から何度も何度も、口が酸っぱくなるほどに何度も言ってきた言葉を、成人して久しぶりに再会した今、ここで言う羽目になるとは。
 
中野は結城を正座させ、自分も正面に座り、口を開いた。
 
 
 
「誰彼構わず、体を許すな」
 
「……え、どういうこと?もっとわかりやすく言ってくれない?
 」
「ん゛ん゛っ、…ごほんっ。つまりだな、出会ったばかりの奴とセックスしたり、ちんこしゃぶったり、そういう非常識なことをするなって言ってるんだ」
 
「え、どこら辺が非常識なところ?」
 
「ん゛ん゛ん゛っ」
 
「風邪引いた?」
 
 
 
このまま放し出すと、気力体力共に消耗しかねない。危機感を感じ、中野は頭を抱えて黙り込んだ。
 
どうすれば伝わるのか、必死に考えるが、考えても考えても言葉がわからない。結城に伝えるための言葉が何処にあるのか、全くわからなかった。
 
中学に入学してから高校を卒業するまでの六年間、中野は毎回同じ段階で躓き続けていた。
 
そして今もこうして躓いている。
 
説教しようと自宅に呼び、結果的に説教に至らず二人して正座をして向かい合っている。
 
一体何がどうなってこうなった。これも昔から何度も、自問自答してきたセリフだ。
 
何故自分は友人なのか、それさえもわからなくなったが、友人をやめるつもりなどはない。
 
貞操観念さえ抜けば、結城はとても素晴らしい友人なのだ。
 
そう、貞操観念さえブッ壊れていなければ。
 
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