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第1章――1 【 自由奔放なパートナー/吸血鬼との旅 】
第6話 温泉町・シエルレント
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――立掛け看板に表記された街を目指して歩くこと約一時間。
「おぉ! ここが異世界の町か!」
記念すべき異世界に来て初の来訪となる町は、シエルレントと呼ばれる町だった。
そこは建物や道路は見た限り殆どが石材と木材で造られていた。いわゆる中世の外観というやつで、特徴的な三角屋根、町の所々に置かれている樽、建物に垂れかけられている植木鉢と外灯の風景は、これぞ異世界ファンタジー! そう呼ぶに相応しい王道な町並みだった。
「あっ! リリス! あれ見てよ! 露店が並んでるよ!」
「そんなにはしゃぐほど珍しいものでもないでしょ……あぁそうだった。センリはこういうの見るのは初めてだったのよね」
「屋台とかはたまに見るけどね。でもリリスの言う通り、露店は初めて見たよ! くんくん、すごくいい匂いがする!」
「こら。あんまりはしゃぐんじゃないわよ。迷子になったら面倒でしょ」
「あはは。ごめん。初の異世界に浮かれちゃってた」
リリスは反省する僕にやれやれと肩を竦めると、どこへ向かうのか歩き始めた。
「ほら。早く行くわよ」
「行くってどこに?」
慌ててリリスの横に並ぶと、彼女は何かを探しているように周囲をきょろきょろと観察していることに気付く。
リリスは視線を周囲から僕に向けると、じぃ、と見つめてきて、
「どこって、決まってるでしょ。宿よ」
「……宿」
復唱する僕にリリスは「そう」と頷いて、
「旅人が町に着いたらまず最初にやらなきゃいけないのが宿探し」
「なるほど。旅の鉄則ってやつか」
「そういうこと。陽も暮れ始めてるし急がないと」
リリスは「それと」、と継いで、
「今の私たちの格好、傍から見てちょー怪しい奴らだから」
「……あー」
そう言われてお互いの服装を交互に見やる。
リリスは服があちこちに裂けていて、方や僕の制服にはリリスを助けた時の血痕が染みついていた。
陽が暮れ始めているおかげか日中よりも目立つことはないが、さすがに通り掛かった人たちには「この二人何があったんだ⁉」みたいな顔を向けられていた。
これは、なるほど確かに、
「僕ら、超怪しいヤツらじゃない⁉」
「やっと気づいたのね。……幸いなことに、今は近くに衛兵はいないみたいだけど、こうも目立つ格好だとその内ここの住民から通報が入って私たちを尋問しにくるかもしれないわ」
「うえ⁉ それってかなり面倒ごとになるんじゃ……」
「そうならない内に早く宿を見つけましょう」
「りょ、了解!」
リリスに敬礼して、僕も早速この町にある宿を探すべく周囲に目を回す。が、
「……そういえば僕、この世界の文字分からないんだった」
すっかり失念していたかなり重要な問題を思い出して、僕はがっくりと頭を落とす。
「立掛け看板の文字が分からなかったこと忘れてたの?」
「うん。異世界に来て初めての町にわくわくして完全に忘れてました」
異世界ものあるあると言っていいのか。突然の転移や召喚によって生じる、言語と文字が分からないという最初にして最大の壁が僕の前にも立ちはだかった。
言語の方はこうしてリリスと普通に会話ができているからいい。しかし、その油断が仇になった。
言語は交わせていても、文字がまるきり理解できなかった。それを、小一時間前に確認したばかりだというのに。
「なんでそんな大事なこと忘れちゃってたんだ僕⁉」
「貴方。私と一緒に来てなかったら詰んでたんじゃない?」
「そもそもリリスを発見してなかったら異世界転移なんてしてないよ」
「うぐっ。落ち込んでるのに嫌味だけはしっかり言えるのねっ」
「いひゃいいひゃい……ひひふしゃん!」
「まだ言うかっ」
僕に咎められていると勘違いしたリリスが両頬を抓ってくる。リリスはたっぷりと僕を痛みつけたあと、ふんっ、と鼻を鳴らしながら両手を離してくれた。
「べつに最初から文字が分からないセンリなんて当てにしなかったからいいわ」
「酷い謂れよう。悲しいことに事実だけど」
「センリはただ私に付いてきなさい。文字なんて私が後でいくらでも教えてあげるから」
「いいの⁉」
「当たり前でしょう。いつまでも文字が分からなくて翻訳しなきゃいけない方が遥かに面倒だもの」
「……ふふ」
「? なんで笑うのよ? 私、何かおかしなこと言ったかしら?」
「ううん。言ってないよ」
「じゃあなに、その不快な笑みは?」
思わず拭いてしまった僕に、リリスが怪訝に眉根を寄せる。
ジッとこちらを睨むように見つめてくるリリスに、僕は微笑をこぼして答えた。
「リリスって優しいんだね」
「っ⁉」
僕の言葉にぎょっと目を剥くリリス。
リリスはしばらく口を開けたまま、やがて息を飲み込むと、僕から視線を逸らしてぽつりと呟いた。
「……べつに。貴方が危なっかしくて世話が焼けるだけよ」
「うん。分かってる。だけど、ありがと。僕のこと心配してくれて」
「やっぱり変わってるわ。貴方は」
ちらっと僕を見てきて、そしてまたすぐに視線を逸らしてしまうリリス。
「ほらっ! さっさと宿を探しにいくわよ!」
「あっ! ちょっと待ってよリリス!」
やがて何かに耐えられなくなったようにリリスが急ぎ足で歩き出した。
僕は先を行くリリスに置いて行かれまいと駆け足で彼女に追い付く。そうして二人、並んで歩きめて、
「……あはは」
「なによ。人の顔見てまた笑って」
「ううん。なんでもない」
「ふんっ。あまり人の顔をジロジロ覗き込むと、そのニヤケ面に私の特大魔法をお見舞いするわよ」
「ごめんごめん。もう見ないから」
「ならいいわ。……はぐれないように、ちゃんと私の傍にいなさい」
「――うん。絶対にリリスから離れないよ」
宣言通りリリスから離れないように、互いの空いている距離をぐっと詰める。時折、肩がこつんとぶつかってしまうくらいに。
そうして隣り合って歩く彼女の横顔がほんのりと赤く染まっているのは、あえて見て見ぬ振りをして。
***
「ねぇ、ここに一泊したいんだけど、部屋は空いてるかしら」
「いらっしゃい。えぇ。部屋なら空いてるわよ」
シエルレントにて宿屋を探すこと数十分。リリスが宿屋の看板が立掛けられている建物を見つけて中に入ると、清楚な若女将、といった風貌の女性が受け付けの前で僕らを迎えてくれた。
「お金は? 1泊いくら?」
「1拍2日は3200リット」
「……ふむ。3200か」
「ねぇねぇ、リリス。3200リットって安いの?」
こちらの通貨と価値がまだ分からないのでリリスに聞いてみると、リリスは顎に手を置いて「えぇ」と相槌を打った。
「店の外観と立地、それと内装から見てそれなりに値段はすると思ったんだけど、この規模の他の宿屋と比較したらかなり安い方よ」
「あらお目が高い。それと同時にアナタ、かなり旅慣れしてるわね」
受け付けの女性がリリスの慧眼に感服したように口笛を鳴らした。
「旅人が旅に慣れてるのは当然でしょ」
「ふふ。それもそうね」
リリスと受け付けの女性が微笑みを交わし合う。蚊帳の外の僕はただそんな二人を交互に見守っていた。
「それで? お二人はここに泊っていてくれるのかしら」
「……そうね。気に入ったわ。ここに泊らせてもらう」
センリは? とリリスに問いかけられて、僕はこくりと頷いた。
「リリスがここがいいって思ったなら僕は構わないよ。というか、文無しに決定権なんかないからね」
「異論なし、ということね」
「うん」
なので僕はただリリスの意思に黙って頷くだけだ。
リリスにばかり負担を掛ける訳にはいかないから、なるべく早いうちにお金を稼げる方法をこの世界で見つけなきゃ、と思案している間にもリリスと受け付けの女性とのやり取りは進んでいく。
「二人で泊まるとなるいくら?」
「同じ部屋に泊るなら一部屋分の料金と変わらないわよ」
「え⁉ リリスと僕同じ部屋に泊るの⁉」
驚愕する僕にリリスはさも当然のように答えた。
「当たり前でしょう。手持ちがあまりないんだから、個々で部屋なんか取ったら一瞬で持ち金が尽きちゃうわ」
「で、でも、僕ら一応、異性なわけだし。同じ部屋は色々と問題があるんじゃ……」
「? それが何か問題でも?」
マジか。
困惑する僕に、リリスはただ不思議そうに小首を傾げる。
これはリリスが僕のことを異性として全く眼中にないのか、それとも……、
「消えろ邪念!」
「うわっ。急にびっくりさせないでよ」
「ご、ごめん! でも、ちょっと動揺が……」
「? とにかく、同じ部屋でいいわよね」
「リリスがそれでいいなら、はい。さっきも言った通り、僕は決定権はないので」
それが今はなんだか選択肢から逃げているようにも捉えてしまう自分がいたけれど、でもリリスの金銭状況的にこれ以上の負担は掛けさせたくない。今後の出費も鑑みれば、これは僕一人が欲望を我慢さえすれば解決する話だ。もっとも、それができるかどうかは別としてだけど。
「(あぁ。今夜は色々と大変かもしれないなぁ)」
しゅん、と顔を俯かせる僕の心情に気付いたのは受け付けの女性だけだった。
リリスは心底不思議そうな顔で僕の返答を聞いたあと、「まぁいいか」と言及することはなく受け付けの女性とのやり取りを再開させた。
「それじゃあ2名1部屋で。朝食券は付ける?」
「へぇ。朝食券なんてあるのね」
「えぇ。この隣に旦那が経営してる食堂があるんだけど、そこで朝食が食べられるわ」
「いいわね。それじゃあ、それも追加して」
「毎度あり~」
どうやら手続きが終わったらしく、リリスが受け付けの女性、改め、受け付けの奥さんに宿泊料を支払う。
「お釣りは……」
「チップにしていいわ。それと、ここが良かったらしばらく宿泊したいんだけど」
「もちろんいいわよ。その時はサービスしてあげるから、気軽に言ってね」
どうやらチップを渡したことが奥さんの好感度アップに繋がったみたいだ。
リリスは僕にウィンクすると、奥さんに「期待してるわ」と返して部屋の鍵を受け取った。
そうして受け付けも無事に済み、二人で部屋に向かおうとした、その時だった。
奥さんに呼び止められて、ほぼ同時に顔を振り向かせる。そんな僕とリリスを見ながら、奥さんはにこっと笑って、
「あ、そうそう。一つ言い忘れてた。夜はお静かに、ね」
「? えぇ。分かったわ。防音魔法しっかり掛けておくわ」
「……たぶん。そういう意味じゃないと思うよ。リリス」
はぁ、と重いため息を吐く僕を、奥さんは心底楽しそうに見ていたのだった。
【解説】
この世界の通貨は『リット』と呼ばれています。
1リット=1円と認識してもらえば分かりやすいと思います。
お金として使用されているの硬貨で、基本5種類の硬貨で取り引きされています。
硬貨の価値はそれぞれ、
・純金=10万
・金=1万円
・銀=1000円
・銅=100円
・青銅=1円
こんな感じで扱われています。あくまで設定なので、今後変更する可能性もありますのでその時はご容赦ください。
「おぉ! ここが異世界の町か!」
記念すべき異世界に来て初の来訪となる町は、シエルレントと呼ばれる町だった。
そこは建物や道路は見た限り殆どが石材と木材で造られていた。いわゆる中世の外観というやつで、特徴的な三角屋根、町の所々に置かれている樽、建物に垂れかけられている植木鉢と外灯の風景は、これぞ異世界ファンタジー! そう呼ぶに相応しい王道な町並みだった。
「あっ! リリス! あれ見てよ! 露店が並んでるよ!」
「そんなにはしゃぐほど珍しいものでもないでしょ……あぁそうだった。センリはこういうの見るのは初めてだったのよね」
「屋台とかはたまに見るけどね。でもリリスの言う通り、露店は初めて見たよ! くんくん、すごくいい匂いがする!」
「こら。あんまりはしゃぐんじゃないわよ。迷子になったら面倒でしょ」
「あはは。ごめん。初の異世界に浮かれちゃってた」
リリスは反省する僕にやれやれと肩を竦めると、どこへ向かうのか歩き始めた。
「ほら。早く行くわよ」
「行くってどこに?」
慌ててリリスの横に並ぶと、彼女は何かを探しているように周囲をきょろきょろと観察していることに気付く。
リリスは視線を周囲から僕に向けると、じぃ、と見つめてきて、
「どこって、決まってるでしょ。宿よ」
「……宿」
復唱する僕にリリスは「そう」と頷いて、
「旅人が町に着いたらまず最初にやらなきゃいけないのが宿探し」
「なるほど。旅の鉄則ってやつか」
「そういうこと。陽も暮れ始めてるし急がないと」
リリスは「それと」、と継いで、
「今の私たちの格好、傍から見てちょー怪しい奴らだから」
「……あー」
そう言われてお互いの服装を交互に見やる。
リリスは服があちこちに裂けていて、方や僕の制服にはリリスを助けた時の血痕が染みついていた。
陽が暮れ始めているおかげか日中よりも目立つことはないが、さすがに通り掛かった人たちには「この二人何があったんだ⁉」みたいな顔を向けられていた。
これは、なるほど確かに、
「僕ら、超怪しいヤツらじゃない⁉」
「やっと気づいたのね。……幸いなことに、今は近くに衛兵はいないみたいだけど、こうも目立つ格好だとその内ここの住民から通報が入って私たちを尋問しにくるかもしれないわ」
「うえ⁉ それってかなり面倒ごとになるんじゃ……」
「そうならない内に早く宿を見つけましょう」
「りょ、了解!」
リリスに敬礼して、僕も早速この町にある宿を探すべく周囲に目を回す。が、
「……そういえば僕、この世界の文字分からないんだった」
すっかり失念していたかなり重要な問題を思い出して、僕はがっくりと頭を落とす。
「立掛け看板の文字が分からなかったこと忘れてたの?」
「うん。異世界に来て初めての町にわくわくして完全に忘れてました」
異世界ものあるあると言っていいのか。突然の転移や召喚によって生じる、言語と文字が分からないという最初にして最大の壁が僕の前にも立ちはだかった。
言語の方はこうしてリリスと普通に会話ができているからいい。しかし、その油断が仇になった。
言語は交わせていても、文字がまるきり理解できなかった。それを、小一時間前に確認したばかりだというのに。
「なんでそんな大事なこと忘れちゃってたんだ僕⁉」
「貴方。私と一緒に来てなかったら詰んでたんじゃない?」
「そもそもリリスを発見してなかったら異世界転移なんてしてないよ」
「うぐっ。落ち込んでるのに嫌味だけはしっかり言えるのねっ」
「いひゃいいひゃい……ひひふしゃん!」
「まだ言うかっ」
僕に咎められていると勘違いしたリリスが両頬を抓ってくる。リリスはたっぷりと僕を痛みつけたあと、ふんっ、と鼻を鳴らしながら両手を離してくれた。
「べつに最初から文字が分からないセンリなんて当てにしなかったからいいわ」
「酷い謂れよう。悲しいことに事実だけど」
「センリはただ私に付いてきなさい。文字なんて私が後でいくらでも教えてあげるから」
「いいの⁉」
「当たり前でしょう。いつまでも文字が分からなくて翻訳しなきゃいけない方が遥かに面倒だもの」
「……ふふ」
「? なんで笑うのよ? 私、何かおかしなこと言ったかしら?」
「ううん。言ってないよ」
「じゃあなに、その不快な笑みは?」
思わず拭いてしまった僕に、リリスが怪訝に眉根を寄せる。
ジッとこちらを睨むように見つめてくるリリスに、僕は微笑をこぼして答えた。
「リリスって優しいんだね」
「っ⁉」
僕の言葉にぎょっと目を剥くリリス。
リリスはしばらく口を開けたまま、やがて息を飲み込むと、僕から視線を逸らしてぽつりと呟いた。
「……べつに。貴方が危なっかしくて世話が焼けるだけよ」
「うん。分かってる。だけど、ありがと。僕のこと心配してくれて」
「やっぱり変わってるわ。貴方は」
ちらっと僕を見てきて、そしてまたすぐに視線を逸らしてしまうリリス。
「ほらっ! さっさと宿を探しにいくわよ!」
「あっ! ちょっと待ってよリリス!」
やがて何かに耐えられなくなったようにリリスが急ぎ足で歩き出した。
僕は先を行くリリスに置いて行かれまいと駆け足で彼女に追い付く。そうして二人、並んで歩きめて、
「……あはは」
「なによ。人の顔見てまた笑って」
「ううん。なんでもない」
「ふんっ。あまり人の顔をジロジロ覗き込むと、そのニヤケ面に私の特大魔法をお見舞いするわよ」
「ごめんごめん。もう見ないから」
「ならいいわ。……はぐれないように、ちゃんと私の傍にいなさい」
「――うん。絶対にリリスから離れないよ」
宣言通りリリスから離れないように、互いの空いている距離をぐっと詰める。時折、肩がこつんとぶつかってしまうくらいに。
そうして隣り合って歩く彼女の横顔がほんのりと赤く染まっているのは、あえて見て見ぬ振りをして。
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「ねぇ、ここに一泊したいんだけど、部屋は空いてるかしら」
「いらっしゃい。えぇ。部屋なら空いてるわよ」
シエルレントにて宿屋を探すこと数十分。リリスが宿屋の看板が立掛けられている建物を見つけて中に入ると、清楚な若女将、といった風貌の女性が受け付けの前で僕らを迎えてくれた。
「お金は? 1泊いくら?」
「1拍2日は3200リット」
「……ふむ。3200か」
「ねぇねぇ、リリス。3200リットって安いの?」
こちらの通貨と価値がまだ分からないのでリリスに聞いてみると、リリスは顎に手を置いて「えぇ」と相槌を打った。
「店の外観と立地、それと内装から見てそれなりに値段はすると思ったんだけど、この規模の他の宿屋と比較したらかなり安い方よ」
「あらお目が高い。それと同時にアナタ、かなり旅慣れしてるわね」
受け付けの女性がリリスの慧眼に感服したように口笛を鳴らした。
「旅人が旅に慣れてるのは当然でしょ」
「ふふ。それもそうね」
リリスと受け付けの女性が微笑みを交わし合う。蚊帳の外の僕はただそんな二人を交互に見守っていた。
「それで? お二人はここに泊っていてくれるのかしら」
「……そうね。気に入ったわ。ここに泊らせてもらう」
センリは? とリリスに問いかけられて、僕はこくりと頷いた。
「リリスがここがいいって思ったなら僕は構わないよ。というか、文無しに決定権なんかないからね」
「異論なし、ということね」
「うん」
なので僕はただリリスの意思に黙って頷くだけだ。
リリスにばかり負担を掛ける訳にはいかないから、なるべく早いうちにお金を稼げる方法をこの世界で見つけなきゃ、と思案している間にもリリスと受け付けの女性とのやり取りは進んでいく。
「二人で泊まるとなるいくら?」
「同じ部屋に泊るなら一部屋分の料金と変わらないわよ」
「え⁉ リリスと僕同じ部屋に泊るの⁉」
驚愕する僕にリリスはさも当然のように答えた。
「当たり前でしょう。手持ちがあまりないんだから、個々で部屋なんか取ったら一瞬で持ち金が尽きちゃうわ」
「で、でも、僕ら一応、異性なわけだし。同じ部屋は色々と問題があるんじゃ……」
「? それが何か問題でも?」
マジか。
困惑する僕に、リリスはただ不思議そうに小首を傾げる。
これはリリスが僕のことを異性として全く眼中にないのか、それとも……、
「消えろ邪念!」
「うわっ。急にびっくりさせないでよ」
「ご、ごめん! でも、ちょっと動揺が……」
「? とにかく、同じ部屋でいいわよね」
「リリスがそれでいいなら、はい。さっきも言った通り、僕は決定権はないので」
それが今はなんだか選択肢から逃げているようにも捉えてしまう自分がいたけれど、でもリリスの金銭状況的にこれ以上の負担は掛けさせたくない。今後の出費も鑑みれば、これは僕一人が欲望を我慢さえすれば解決する話だ。もっとも、それができるかどうかは別としてだけど。
「(あぁ。今夜は色々と大変かもしれないなぁ)」
しゅん、と顔を俯かせる僕の心情に気付いたのは受け付けの女性だけだった。
リリスは心底不思議そうな顔で僕の返答を聞いたあと、「まぁいいか」と言及することはなく受け付けの女性とのやり取りを再開させた。
「それじゃあ2名1部屋で。朝食券は付ける?」
「へぇ。朝食券なんてあるのね」
「えぇ。この隣に旦那が経営してる食堂があるんだけど、そこで朝食が食べられるわ」
「いいわね。それじゃあ、それも追加して」
「毎度あり~」
どうやら手続きが終わったらしく、リリスが受け付けの女性、改め、受け付けの奥さんに宿泊料を支払う。
「お釣りは……」
「チップにしていいわ。それと、ここが良かったらしばらく宿泊したいんだけど」
「もちろんいいわよ。その時はサービスしてあげるから、気軽に言ってね」
どうやらチップを渡したことが奥さんの好感度アップに繋がったみたいだ。
リリスは僕にウィンクすると、奥さんに「期待してるわ」と返して部屋の鍵を受け取った。
そうして受け付けも無事に済み、二人で部屋に向かおうとした、その時だった。
奥さんに呼び止められて、ほぼ同時に顔を振り向かせる。そんな僕とリリスを見ながら、奥さんはにこっと笑って、
「あ、そうそう。一つ言い忘れてた。夜はお静かに、ね」
「? えぇ。分かったわ。防音魔法しっかり掛けておくわ」
「……たぶん。そういう意味じゃないと思うよ。リリス」
はぁ、と重いため息を吐く僕を、奥さんは心底楽しそうに見ていたのだった。
【解説】
この世界の通貨は『リット』と呼ばれています。
1リット=1円と認識してもらえば分かりやすいと思います。
お金として使用されているの硬貨で、基本5種類の硬貨で取り引きされています。
硬貨の価値はそれぞれ、
・純金=10万
・金=1万円
・銀=1000円
・銅=100円
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こんな感じで扱われています。あくまで設定なので、今後変更する可能性もありますのでその時はご容赦ください。
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