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第1章――3 【 修業の日々/吸血鬼の悦楽 】
第29話 スライム
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「――せぇい!」
『ぷにゅるぅぅぅぅ』
両手でしっかりと柄を握り締めた長剣を――掲げるとその重さに振り回されて重心が崩れそうになるが必死に踏ん張りを利かせて――全身の筋肉を使って振り下ろす。
振り下ろした剣の一閃は突貫してきた魔物を空中で両断。真っ二つに分かれた魔物は、左右それぞれから断末魔を上げた。
「や、やった!」
空中で両断された魔物がそのまま地面に落下するのを見届けた僕は、遂に念願の初勝利にガッツポーズ。
魔物の強さはゲームでいえば超最序盤。始まりの村に出てくる程度の強さだったとはいえ、ゲームではなくリアルで実際に魔物を倒す手応えは計り知れない感動を僕に与えた。
僕はくるっと後ろを振り向くと、数メートル先の木陰でこの戦闘を傍観していたリリスに喜びを伝えるように手を振って、
「やったよリリス! 僕、魔物に勝ったよ!」
「…………」
魔物との初勝利に露骨に浮かれる僕に、リリスはやれやれと呆れた風に肩を竦める。
そんなリリスの態度に、僕は思わずムッ、となってしまって、
「む。キミのパートナーが初めて魔物を倒したのになにその微妙な反応は」
まるではしゃぐ僕を小馬鹿にしているような態度に、流石の僕も少々ムカッときた。
……そりゃ、僕が対峙した魔物はリリスからすれば眼中にすら入らない相手なのかもしれないけど、それでもパートナーが初めて魔物に勝ったんだからちょっとくらいはその喜びを共有してくれてもいいんじゃないか。
無論、リリスが「すごいわセンリ! 天才!」とべた褒めされるとそれはそれで反応に困るんだけど、けれど今みたいに心底呆れる、みたいな態度は初めだ。
僕の戦闘ぶりが観ていてあまりに滑稽だったから喜びよりも呆れが勝ってしまったのか、それを本人に直接尋ねに踵を返した、その直後だった。
「ふごふ――っ⁉」
突如、背後から強烈なタックルを食らって吹っ飛ばされた。
想定外の一撃に全く防御できず、身体が数秒空中を漂った。それから地面を五回ほど転がってようやく勢いが失われる。
痛みこそ大したことはなかったけど衝撃が凄まじく、困惑しながら起き上がった僕をリリスは「だから言わんこっちゃない」とでも言いたげに半目で睨んでいた。
「油断大敵」
「あてっ」
リリスは地面に尻もちをついた僕の目線と同じになる位置まで腰を屈めると、そう言って額に指弾をくらわせた。おかしい。さっき食らったタックルより、リリスのデコピンの方が痛いんだけど。
デコピンされた額を抑えながら呻く僕を、リリスはため息を落としながら「あっちを見なさい」と指を差した。
僕はリリスが指さす方に視線を向けると、そこには衝撃の光景が広がっていた。
「あれ⁉ 二体に増えてる⁉ なんで⁉」
「なんで⁉ じゃないわよ。貴方が戦っている魔物はスライムなのよ」
僕が今戦っていた魔物、それはファンタジーな世界ならお馴染みの半透明の生物、スライムだった。
リリスとの修業を経て多少成長し、現時点での僕の戦闘力を測るために用意された相手、それがスライムだった。
リリスからスライムについての軽い説明を受けたのちに戦闘を開始、そして今に至るわけなんだけど、でも僕が戦っていたスライムは一体だけだったはずだ。
けれど今は目の前にいるスライムの数はどう見ても二体だった。どっちかは幻覚か? と思って目を擦ってみるも、しかしどちらも消えることはない。ぽよぽよ、と弾むようにその場に佇んでいる。
やはり確かに二体に増えたスライムに困惑する僕に、リリスがスライムに指を差したまま説明を始めた。
「いい。センリ。あのスライムは二体に増えてるんじゃなくて、二体に分裂したのよ」
「ぶ、分裂?」
「そ。貴方、さっきスライムを真っ二つに斬ったでしょう」
「う、うん」
それで倒したと思ったんだけど、どうやら違うらしい。
「貴方はスライムを斬った時点で勝ったと思っていたみたいだけど、それは大間違い。スライムは生半可な攻撃だとあんな風に分裂して増えるわ」
「それをもっと早く言ってよ⁉」
ぷんすかと怒る僕に、リリスは「おばか」と手刀を入れてきた。
「そんなこと言わなくても斬った時点でスライムの消滅を確かめていれば判断できたでしょう。なのに貴方はスライムを斬ったあと、ろくな確認もせずにすぐ私に振り返った。貴方は戦闘の最後をきちんと見届けなかったの。それはつまり私の説明不じゃなくて、貴方自身の注意力の足りなさが招いた結果じゃない?」
「うぐぐ」
「ふふ。ぐうの音も出ないほどの正論でしょ」
こればかりはリリスの正論過ぎて僕は何も言い返せなかった。
悔しさに奥歯を噛みしめる僕に、リリスは「まだまだね」と挑発するように笑ったあと、
「さてと、それじゃあ私がスライムの本当の倒し方をセンリに見せてあげるわね」
そう言ってリリスは僕が落とした剣を握りしめるとゆっくりと立ち上がった。
リリスはゆっくりとスライムに向かっていきながら、僕に視線だけくれて言った。
「いい、センリ。スライムは魔素の塊なの。だから他の生物と違って、死ぬときは身体が残らずに消滅する。言い換えるなら、そうね……自然に還元される、とでも言えばいいかしら。とにかく、スライムを仕留めたかの成否はその消滅が始まったかどうか。そして仕留め方の方法は……」
そこで言葉を区切ったリリスが、地面を蹴って跳んだ。
その跳躍はまるで風のようだった。軽やかに宙を舞い、スライムたちとの距離が瞬く間に詰まる。
そして、リリスは空中で身体を捻ると、眼下に捉えたスライム二体に構えた剣を振るった。
「――フッ」
ヒュンッ! と風を斬る音を聞いた。風を殴る音じゃなくて、風を、目には見えないそれを切断する音を。
既に剣は振り切られ、スライムは斬られていた。そのことにやや遅れてスライムが気付いたようだが、しかしその時にはもう手遅れだった。
空中を漂うリリスをスライム二体が捉え、身体を反転させた瞬間だった。同時に真っ二つに裂かれたのは。
「……マズイ! スライムがまた分裂しちゃう!」
「くすっ」
スライムが気付かぬほどの速さで斬ったことには驚嘆する。しかしリリスの説明通りなら、スライムはまた分裂して今度は4体に増えるはず。
咄嗟に警戒心を強めて身構えたが、しかし、
「……あれ? 分裂してない?」
「ほんと、センリは可愛いわね」
二体のスライムは両断されたまま、ぴくりとも動く気配をみせなかった。
どういうこと? と困惑する僕に、地面に着地したリリスが赤髪を翻しながら先程の説明の続きを再開した。
「剣でスライムを倒す方法は分裂、再生を起こす暇がないほどの速さで斬る。単純明快。剣士ならできて朝飯前の芸当ね」
そんなリリスの足元には、説明通り消滅が始まった二体の――いや元は一体だったスライムの亡骸が転がっていた。
「これがスライムの倒し方。正直、初心者の冒険者でも相手にしないような魔物だけど、でも今のセンリには剣の実力を測れる丁度いい相手かもね」
実演を終えて満足顔のリリス。けれど僕の耳にはリリスの話が全く入っていなかった。なぜなら、僕はそれよりもリリスの実力に愕然とさせられていたからだ。
『分かってはいた。リリスが強いのは。でも、これは、想像以上だ』
100年を超えて生きる魔族の実力。その一端を間近に垣間見て、自分の存在価値を痛感させられた。
――もっと、強くならないと。そうじゃないと、僕はずっと……。
「……リリス」
「ん? なにかしら?」
「剣、貸して」
「……はい。どーぞ」
膝を着いていた地面から起き上がって、両手で思いっ切り頬を叩く。赤くなった頬と、僕の眦を見たリリスは、困った風に微苦笑を浮かべた。
「多少の無茶と無理は許してあげる。傷は治してあげるから、貴方の好きなようにやりなさい」
「うん。ありがとう。リリス」
「お礼は夜にたっぷりとしてもらうからいいわ」
そっちの方が個人的にはキツイかも。
苦笑いをこぼしながらリリスの長剣を受け取って、それから深く息を吸って、吐く。
『――強くなるんだ。一日も早く。リリスの隣に立てるように』
その決意を胸に刻んで、閉じていた瞳を開く。
こうして、僕の冒険者としてのレベル上げの日々は続いていく。
『ぷにゅるぅぅぅぅ』
両手でしっかりと柄を握り締めた長剣を――掲げるとその重さに振り回されて重心が崩れそうになるが必死に踏ん張りを利かせて――全身の筋肉を使って振り下ろす。
振り下ろした剣の一閃は突貫してきた魔物を空中で両断。真っ二つに分かれた魔物は、左右それぞれから断末魔を上げた。
「や、やった!」
空中で両断された魔物がそのまま地面に落下するのを見届けた僕は、遂に念願の初勝利にガッツポーズ。
魔物の強さはゲームでいえば超最序盤。始まりの村に出てくる程度の強さだったとはいえ、ゲームではなくリアルで実際に魔物を倒す手応えは計り知れない感動を僕に与えた。
僕はくるっと後ろを振り向くと、数メートル先の木陰でこの戦闘を傍観していたリリスに喜びを伝えるように手を振って、
「やったよリリス! 僕、魔物に勝ったよ!」
「…………」
魔物との初勝利に露骨に浮かれる僕に、リリスはやれやれと呆れた風に肩を竦める。
そんなリリスの態度に、僕は思わずムッ、となってしまって、
「む。キミのパートナーが初めて魔物を倒したのになにその微妙な反応は」
まるではしゃぐ僕を小馬鹿にしているような態度に、流石の僕も少々ムカッときた。
……そりゃ、僕が対峙した魔物はリリスからすれば眼中にすら入らない相手なのかもしれないけど、それでもパートナーが初めて魔物に勝ったんだからちょっとくらいはその喜びを共有してくれてもいいんじゃないか。
無論、リリスが「すごいわセンリ! 天才!」とべた褒めされるとそれはそれで反応に困るんだけど、けれど今みたいに心底呆れる、みたいな態度は初めだ。
僕の戦闘ぶりが観ていてあまりに滑稽だったから喜びよりも呆れが勝ってしまったのか、それを本人に直接尋ねに踵を返した、その直後だった。
「ふごふ――っ⁉」
突如、背後から強烈なタックルを食らって吹っ飛ばされた。
想定外の一撃に全く防御できず、身体が数秒空中を漂った。それから地面を五回ほど転がってようやく勢いが失われる。
痛みこそ大したことはなかったけど衝撃が凄まじく、困惑しながら起き上がった僕をリリスは「だから言わんこっちゃない」とでも言いたげに半目で睨んでいた。
「油断大敵」
「あてっ」
リリスは地面に尻もちをついた僕の目線と同じになる位置まで腰を屈めると、そう言って額に指弾をくらわせた。おかしい。さっき食らったタックルより、リリスのデコピンの方が痛いんだけど。
デコピンされた額を抑えながら呻く僕を、リリスはため息を落としながら「あっちを見なさい」と指を差した。
僕はリリスが指さす方に視線を向けると、そこには衝撃の光景が広がっていた。
「あれ⁉ 二体に増えてる⁉ なんで⁉」
「なんで⁉ じゃないわよ。貴方が戦っている魔物はスライムなのよ」
僕が今戦っていた魔物、それはファンタジーな世界ならお馴染みの半透明の生物、スライムだった。
リリスとの修業を経て多少成長し、現時点での僕の戦闘力を測るために用意された相手、それがスライムだった。
リリスからスライムについての軽い説明を受けたのちに戦闘を開始、そして今に至るわけなんだけど、でも僕が戦っていたスライムは一体だけだったはずだ。
けれど今は目の前にいるスライムの数はどう見ても二体だった。どっちかは幻覚か? と思って目を擦ってみるも、しかしどちらも消えることはない。ぽよぽよ、と弾むようにその場に佇んでいる。
やはり確かに二体に増えたスライムに困惑する僕に、リリスがスライムに指を差したまま説明を始めた。
「いい。センリ。あのスライムは二体に増えてるんじゃなくて、二体に分裂したのよ」
「ぶ、分裂?」
「そ。貴方、さっきスライムを真っ二つに斬ったでしょう」
「う、うん」
それで倒したと思ったんだけど、どうやら違うらしい。
「貴方はスライムを斬った時点で勝ったと思っていたみたいだけど、それは大間違い。スライムは生半可な攻撃だとあんな風に分裂して増えるわ」
「それをもっと早く言ってよ⁉」
ぷんすかと怒る僕に、リリスは「おばか」と手刀を入れてきた。
「そんなこと言わなくても斬った時点でスライムの消滅を確かめていれば判断できたでしょう。なのに貴方はスライムを斬ったあと、ろくな確認もせずにすぐ私に振り返った。貴方は戦闘の最後をきちんと見届けなかったの。それはつまり私の説明不じゃなくて、貴方自身の注意力の足りなさが招いた結果じゃない?」
「うぐぐ」
「ふふ。ぐうの音も出ないほどの正論でしょ」
こればかりはリリスの正論過ぎて僕は何も言い返せなかった。
悔しさに奥歯を噛みしめる僕に、リリスは「まだまだね」と挑発するように笑ったあと、
「さてと、それじゃあ私がスライムの本当の倒し方をセンリに見せてあげるわね」
そう言ってリリスは僕が落とした剣を握りしめるとゆっくりと立ち上がった。
リリスはゆっくりとスライムに向かっていきながら、僕に視線だけくれて言った。
「いい、センリ。スライムは魔素の塊なの。だから他の生物と違って、死ぬときは身体が残らずに消滅する。言い換えるなら、そうね……自然に還元される、とでも言えばいいかしら。とにかく、スライムを仕留めたかの成否はその消滅が始まったかどうか。そして仕留め方の方法は……」
そこで言葉を区切ったリリスが、地面を蹴って跳んだ。
その跳躍はまるで風のようだった。軽やかに宙を舞い、スライムたちとの距離が瞬く間に詰まる。
そして、リリスは空中で身体を捻ると、眼下に捉えたスライム二体に構えた剣を振るった。
「――フッ」
ヒュンッ! と風を斬る音を聞いた。風を殴る音じゃなくて、風を、目には見えないそれを切断する音を。
既に剣は振り切られ、スライムは斬られていた。そのことにやや遅れてスライムが気付いたようだが、しかしその時にはもう手遅れだった。
空中を漂うリリスをスライム二体が捉え、身体を反転させた瞬間だった。同時に真っ二つに裂かれたのは。
「……マズイ! スライムがまた分裂しちゃう!」
「くすっ」
スライムが気付かぬほどの速さで斬ったことには驚嘆する。しかしリリスの説明通りなら、スライムはまた分裂して今度は4体に増えるはず。
咄嗟に警戒心を強めて身構えたが、しかし、
「……あれ? 分裂してない?」
「ほんと、センリは可愛いわね」
二体のスライムは両断されたまま、ぴくりとも動く気配をみせなかった。
どういうこと? と困惑する僕に、地面に着地したリリスが赤髪を翻しながら先程の説明の続きを再開した。
「剣でスライムを倒す方法は分裂、再生を起こす暇がないほどの速さで斬る。単純明快。剣士ならできて朝飯前の芸当ね」
そんなリリスの足元には、説明通り消滅が始まった二体の――いや元は一体だったスライムの亡骸が転がっていた。
「これがスライムの倒し方。正直、初心者の冒険者でも相手にしないような魔物だけど、でも今のセンリには剣の実力を測れる丁度いい相手かもね」
実演を終えて満足顔のリリス。けれど僕の耳にはリリスの話が全く入っていなかった。なぜなら、僕はそれよりもリリスの実力に愕然とさせられていたからだ。
『分かってはいた。リリスが強いのは。でも、これは、想像以上だ』
100年を超えて生きる魔族の実力。その一端を間近に垣間見て、自分の存在価値を痛感させられた。
――もっと、強くならないと。そうじゃないと、僕はずっと……。
「……リリス」
「ん? なにかしら?」
「剣、貸して」
「……はい。どーぞ」
膝を着いていた地面から起き上がって、両手で思いっ切り頬を叩く。赤くなった頬と、僕の眦を見たリリスは、困った風に微苦笑を浮かべた。
「多少の無茶と無理は許してあげる。傷は治してあげるから、貴方の好きなようにやりなさい」
「うん。ありがとう。リリス」
「お礼は夜にたっぷりとしてもらうからいいわ」
そっちの方が個人的にはキツイかも。
苦笑いをこぼしながらリリスの長剣を受け取って、それから深く息を吸って、吐く。
『――強くなるんだ。一日も早く。リリスの隣に立てるように』
その決意を胸に刻んで、閉じていた瞳を開く。
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