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第1章――6 【 ニュースタイル/吸血鬼と双剣 】
第59話 詰問
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「……ねぇ、リリス」
「なーに?」
この部屋は会話がなければ基本的に無音だ。時計もなければ音を出す家具もない。
だからこそお互いに話していない時は部屋の静寂さが余計に増す。
いつもは気にしないそれも、今日はやけに重苦しくて。
張り詰めたような空気に耐えられずに口を開いた僕に、リリスはいつものように気の抜けた声で応じた。
「リリスってさ、人に恨まれるようなこと、したことある?」
「なにその質問。そんなの数えきれないくらいあるわよ」
次の問いかけには、わずかに間があって。
「……それじゃあ、人を殺したこととか、あったりする?」
「…………」
リリスはベッドに横たわって、足を壁に懸けた状態のまましばらく沈黙した。数秒後にさら、と髪がシーツに擦れる音がして、
「えぇ。あるわよ」
「……そっか」
「引いた?」
その問いかけに僕は「分からない」と答えた。
「リリスと僕は元々いた世界も違うし、生き方だって違うから。だから当然、そういう価値観も違う。それくらいは判るよ」
「そ。お優しいお子ちゃまにはてっきりドン引きされたまま拒絶されるかと思った」
「僕はリリスが思ってるほど子どもじゃないよ」
「どうかしら。事実を呑み込めても、受け入れることは難しいんじゃない」
そう言いながら更に大きくシーツが擦れる音がして、その後にゆっくりと、背後から覆い被さるようにリリスが僕を抱きしめた。
「……どうやら、その言葉は嘘じゃないみたいね」
「だからそう言ったじゃん」
僕がリリスを突き放すとでも思ったのだろう。リリスは抱きしめて僕が拒絶を示さなかったことに少し驚く。
「優しいんだ」
「優しい、とはまた違うよ。リリスは魔族で僕は人間。こっちの世界じゃ魔族と人間の間にいざこざがあることは、リリスからちょっと教わったしね」
でもそんなことは特に関係ない。
「根本的な部分は違うけど、僕とリリスは本質的には何も変わらない。リリスはお酒とエッチなことが好きな普通の女性で、僕はそんなキミが好きな普通の男」
「……こんな私を好きって時点で、貴方は相当な変わり者よ」
リリスが思わずくすっと笑った。ほらね、こういう所は僕と何も変わらない。
だからこそ、ベルクトさんが言ったことは信じられなくて。
僕はリリスが、誰かの人生を捻じ曲げるようなことをしたとは到底思えない。
「ねぇ、リリス。教えて欲しいことがあるんだ」
「なに……」
僕は一瞬、この先を言うべきか苦悩して、けれど覚悟を決めて、リリスに訊ねた。
「リリスはさ、誰かの家族を奪ったり、その人の故郷を滅ぼしたりしたことってさ、ある」
「……貴方、誰に何を聞いたの?」
「気になっただけだよ」
流石にこの質問には猜疑心を抱かずにはいられなかったリリスが抱きしめる腕を絞めた。
ドクドク、と心音が凄まじい勢いで鳴っている。
リリスは暫く僕のことを睨んだあと、やがて呆れたように大仰なため息を吐いて。
「いくらなんでも私がそんな極悪非道な真似するわけないでしょ。誰よ、私をそんな大魔王に仕向けようとしたヤツは」
「――っ! だよね。そうだよね!」
リリスからの返答はやはり僕の想定通りのもので、不安が一気に晴れた僕はぱっと顔を明るくさせた。
「リリスはお酒とエッチなことには強欲だけど、そんな残虐なことはしないよね!」
「当然でしょ。というか、故郷を滅ぼすって何よ。私にそんな力あると思ってるの?」
「わりとできると思う」
「まぁ本気でやろうと思えばできなくはないわね」
「……できるんだ」
「本気で、よ。そんな面倒なくさそうなことに力なんか使わないわよ」
よかったと、安堵する。心の底から。
「でも、もしも私が貴方の言う村や町を滅ぼしてたら、どうする?」
「それは」
この質問はおそらく僕への意趣返しだろう。さっきから散々、一方的に真意が読めない質問を食らっている身としてのささやかな反撃。
にやにやとからかうような笑みを浮かべているリリスに、僕は「そんなの」と赤い双眸を見つめながら答えた。
「償わせるよ。絶対に」
「――――」
僕の答えに、リリスは面食らったような顔をした。
「キミのやったことで悲しんでいる人がいたなら、僕はその人の力になりたい」
「私の味方はしてくれないんだ?」
「ううん。僕はずっとリリスの味方だよ」
「?」
訳が分からない、と首を捻るリリス。僕はそんな彼女の頬に手を添えて、言った。
「キミが償わなきゃいけない罪を背負ってるなら、それを僕が一緒にそれを背負って、一緒に償ってあげる」
「……関係もないのに?」
「関係なくなんかないよ」
だって僕は、
「キミの相棒でしょ」
「――――」
理由は当然それだけじゃないけれど、でも、僕がリリスの傍にいたいことに変わりはないから、リリスがもしも何か重たい十字架を背負っているなら、僕はそれを隣に立って背負いたい。
罪を背負ってまで共に歩みたいくらいには、もう僕はリリスに惹かれているから。
それを聞いたリリスは、呆れたようにふっ、と鼻で笑って。
「ほんと、貴方ってお人好し」
「それくらいリリスのことが好きなんです」
「一応言っておくけど、私にそんなクソ重たい罪科はないわよ。気楽に生きたい私は、そんな重荷なんて持ちたくないからね」
「うん。分かってるよ。リリスは意外といい人だから」
「意外は余計よ」
ムスッとして、それからすぐ堪え切れなくなって吹いたリリスに、僕も同じように笑う。
ひとしきり笑い合って、それからお互いの唇に吸い寄せられるように、
「「――んっ」」
僕たちはキスをした。
それはまるで何かを確かめ合うように強く、けれど相手を受け入れるように優しく、僕とリリスは互いの唇を押し付け合った。
やがて重ね合った唇が相手の熱の余韻を残しながらゆったりと離れると、
「……僕は何があっても、リリスを最後まで信じてるから」
「ほんとお人好し。でも、貴方のそういう所には時々救われるわ」
やっぱり僕が信じるものは何一つ変わらない。
あの人が嘘を吐いているようには思えない。けれど、何かがどこかで捻じれて、そして歪んでしまったのだと思うから――。
「ねぇ、センリ。もう一回、キスしましょ」
「うん。しよっか」
今度はさっきよりも一段と深いキスを交わしながら、僕は密かに、決意を固める。
――やっぱり、もう一度ベルクトさんに会って。ちゃんと話さないと。
「なーに?」
この部屋は会話がなければ基本的に無音だ。時計もなければ音を出す家具もない。
だからこそお互いに話していない時は部屋の静寂さが余計に増す。
いつもは気にしないそれも、今日はやけに重苦しくて。
張り詰めたような空気に耐えられずに口を開いた僕に、リリスはいつものように気の抜けた声で応じた。
「リリスってさ、人に恨まれるようなこと、したことある?」
「なにその質問。そんなの数えきれないくらいあるわよ」
次の問いかけには、わずかに間があって。
「……それじゃあ、人を殺したこととか、あったりする?」
「…………」
リリスはベッドに横たわって、足を壁に懸けた状態のまましばらく沈黙した。数秒後にさら、と髪がシーツに擦れる音がして、
「えぇ。あるわよ」
「……そっか」
「引いた?」
その問いかけに僕は「分からない」と答えた。
「リリスと僕は元々いた世界も違うし、生き方だって違うから。だから当然、そういう価値観も違う。それくらいは判るよ」
「そ。お優しいお子ちゃまにはてっきりドン引きされたまま拒絶されるかと思った」
「僕はリリスが思ってるほど子どもじゃないよ」
「どうかしら。事実を呑み込めても、受け入れることは難しいんじゃない」
そう言いながら更に大きくシーツが擦れる音がして、その後にゆっくりと、背後から覆い被さるようにリリスが僕を抱きしめた。
「……どうやら、その言葉は嘘じゃないみたいね」
「だからそう言ったじゃん」
僕がリリスを突き放すとでも思ったのだろう。リリスは抱きしめて僕が拒絶を示さなかったことに少し驚く。
「優しいんだ」
「優しい、とはまた違うよ。リリスは魔族で僕は人間。こっちの世界じゃ魔族と人間の間にいざこざがあることは、リリスからちょっと教わったしね」
でもそんなことは特に関係ない。
「根本的な部分は違うけど、僕とリリスは本質的には何も変わらない。リリスはお酒とエッチなことが好きな普通の女性で、僕はそんなキミが好きな普通の男」
「……こんな私を好きって時点で、貴方は相当な変わり者よ」
リリスが思わずくすっと笑った。ほらね、こういう所は僕と何も変わらない。
だからこそ、ベルクトさんが言ったことは信じられなくて。
僕はリリスが、誰かの人生を捻じ曲げるようなことをしたとは到底思えない。
「ねぇ、リリス。教えて欲しいことがあるんだ」
「なに……」
僕は一瞬、この先を言うべきか苦悩して、けれど覚悟を決めて、リリスに訊ねた。
「リリスはさ、誰かの家族を奪ったり、その人の故郷を滅ぼしたりしたことってさ、ある」
「……貴方、誰に何を聞いたの?」
「気になっただけだよ」
流石にこの質問には猜疑心を抱かずにはいられなかったリリスが抱きしめる腕を絞めた。
ドクドク、と心音が凄まじい勢いで鳴っている。
リリスは暫く僕のことを睨んだあと、やがて呆れたように大仰なため息を吐いて。
「いくらなんでも私がそんな極悪非道な真似するわけないでしょ。誰よ、私をそんな大魔王に仕向けようとしたヤツは」
「――っ! だよね。そうだよね!」
リリスからの返答はやはり僕の想定通りのもので、不安が一気に晴れた僕はぱっと顔を明るくさせた。
「リリスはお酒とエッチなことには強欲だけど、そんな残虐なことはしないよね!」
「当然でしょ。というか、故郷を滅ぼすって何よ。私にそんな力あると思ってるの?」
「わりとできると思う」
「まぁ本気でやろうと思えばできなくはないわね」
「……できるんだ」
「本気で、よ。そんな面倒なくさそうなことに力なんか使わないわよ」
よかったと、安堵する。心の底から。
「でも、もしも私が貴方の言う村や町を滅ぼしてたら、どうする?」
「それは」
この質問はおそらく僕への意趣返しだろう。さっきから散々、一方的に真意が読めない質問を食らっている身としてのささやかな反撃。
にやにやとからかうような笑みを浮かべているリリスに、僕は「そんなの」と赤い双眸を見つめながら答えた。
「償わせるよ。絶対に」
「――――」
僕の答えに、リリスは面食らったような顔をした。
「キミのやったことで悲しんでいる人がいたなら、僕はその人の力になりたい」
「私の味方はしてくれないんだ?」
「ううん。僕はずっとリリスの味方だよ」
「?」
訳が分からない、と首を捻るリリス。僕はそんな彼女の頬に手を添えて、言った。
「キミが償わなきゃいけない罪を背負ってるなら、それを僕が一緒にそれを背負って、一緒に償ってあげる」
「……関係もないのに?」
「関係なくなんかないよ」
だって僕は、
「キミの相棒でしょ」
「――――」
理由は当然それだけじゃないけれど、でも、僕がリリスの傍にいたいことに変わりはないから、リリスがもしも何か重たい十字架を背負っているなら、僕はそれを隣に立って背負いたい。
罪を背負ってまで共に歩みたいくらいには、もう僕はリリスに惹かれているから。
それを聞いたリリスは、呆れたようにふっ、と鼻で笑って。
「ほんと、貴方ってお人好し」
「それくらいリリスのことが好きなんです」
「一応言っておくけど、私にそんなクソ重たい罪科はないわよ。気楽に生きたい私は、そんな重荷なんて持ちたくないからね」
「うん。分かってるよ。リリスは意外といい人だから」
「意外は余計よ」
ムスッとして、それからすぐ堪え切れなくなって吹いたリリスに、僕も同じように笑う。
ひとしきり笑い合って、それからお互いの唇に吸い寄せられるように、
「「――んっ」」
僕たちはキスをした。
それはまるで何かを確かめ合うように強く、けれど相手を受け入れるように優しく、僕とリリスは互いの唇を押し付け合った。
やがて重ね合った唇が相手の熱の余韻を残しながらゆったりと離れると、
「……僕は何があっても、リリスを最後まで信じてるから」
「ほんとお人好し。でも、貴方のそういう所には時々救われるわ」
やっぱり僕が信じるものは何一つ変わらない。
あの人が嘘を吐いているようには思えない。けれど、何かがどこかで捻じれて、そして歪んでしまったのだと思うから――。
「ねぇ、センリ。もう一回、キスしましょ」
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