××男と異常女共

シイタ

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幽霊女と駄菓子屋ばあちゃん

5-2

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◯私は幽霊になったのだ◯ Sight : ユウノ

 私は死んだ。
 自分が住んでいたアパートで、お母さんと二人で過ごした一つの部屋で、ご飯を食べたり、テレビを見たり、お喋りをしたり、お母さんと一緒に寝たりする場所で、死んだ。
 私は自分がなんで死んだのか分からなかった。

 死んだ日、私はいつも通りの一日を過ごすはずだった。学校に行って、友達と遊んで、家でお母さんの帰りを待つはずだった。
 お母さんは仕事で忙しいから、私が学校から帰ってきても家の中には誰もいない。
 私はお母さんが仕事を終えて帰ってくるまで、いつも一人で時間を潰していた。学校の宿題をしたり、テレビを見たり、本を読んだり、おもちゃで遊んだりして。私はお母さんが帰ってくるのを、いつも一人で待っている。
 ドアの外からわずかに聞こえる足音と、ドアの鍵を開ける音がお母さんが帰ってきた合図だった。

 その日、私はいつものように学校に行って、家に帰ってきた。

 今日は何をしてお母さんを待っていようかなー。

 そんなことを考えて、家に入った。

「ただいまー!」

 返事が返ってこないのを分かっていながら、私はいつもこの挨拶を欠かさない。もしかしたら、お母さんが先に帰っているかもしれないから。
 しかし、当然のように今日も返事はない。私はそれを確認してから、靴を脱いで部屋に向かった。

 よし、今日はお絵描きをして待とう! 

 そう決めて、部屋に入る。

 ――途端、ガツンとした衝撃が頭にきた。

 それが生きていた時の最後の記憶。多分、その時に私は死んだのだ。
 突然で、一瞬だった。だから私は、自分がなんで死んだのか分からなかった。
 家具が倒れてきたのか、何かが上から落ちてきたのか、誰かに頭を殴られたのか……。頭にきた衝撃がなんだったのか、死んでしまった私には分からなかった。


 目が覚めると、私はいつもの部屋に倒れていた。
 起きると部屋は真っ暗で、窓の外も真っ暗だった。私は真っ暗な窓の外を見て、夜になったのだと気づく。
 眠ちゃったのかなと思い、部屋を明るくしようとスイッチがある方を見る。すると、ある二つの違和感が私を襲った。
 一つは、明かりがなく真っ暗なのに、昼間のようにはっきりと見える部屋の中。目が慣れたのかなとも思ったが、それにしては部屋の隅の隅まで見えるのは変な感じだった。

 でも、これは別に大した違和感じゃない。一番の違和感はもう一つだ。そのもう一つの違和感が、強烈だった。
 
「……どこ、ここ?」

 私は一瞬、自分が今いる部屋がお母さんと過ごしたあの部屋だと分からなかった。なぜなら、部屋の中が私の記憶にあるものとは一変していたから。
 隅に置かれていたテレビが、真ん中に置かれていたテーブルが、壁際に置かれていた本棚が、おもちゃが入った箱が、私のランドセルが……。何処にもない、空っぽだ。
 私とお母さんの部屋は、まるで誰も住んでいないかのように、とても寂しく何もない、空っぽになっていた。
 
 何が起きているのか分からず、困惑する。
 私は自分が知っているものをなんとか探そうと、部屋の襖やキッチン、バスタブ、トイレ、廊下、玄関、あらゆるところを見ていった。けれど、家の何処にも私の知っているものは何もない。
 私とお母さんの服もズボンも、私のお気に入りのお皿もお箸もスプーンも、私とお母さんのうがい用のコップもハミガキも、私が落書きしたカレンダーもいつもゴミを捨てるゴミ箱も、私が学校で履いていった靴も雨の日に使う可愛い傘も……。何処にもない。
 先ずもって、もの自体が存在しなかった。本当に空っぽだ。

 そんな何もない空っぽの家に、私ひとり。この家には、私だけしかいない。
 その事実に、私はとてもつもない不安に駆られた。
 一人ぼっちは特に問題じゃない。お母さんを待つときはいつも一人だったため、ぼっちには慣れている。私はこの時まで、そう思っていた。

 しかし、違った。私は自分が一人ぼっちに慣れていたのではないと、この時になって気付いた。
 私は今まで、一人ぼっちに慣れていたのではなく、一人ぼっちを我慢できていたのだ。一人ぼっちを我慢できるアイテムものがここにはあったのだ。
 しかし、今ここには何もない。寂しさを補うものが、虚しさを紛らわせるものが、一人ぼっちを我慢できるものが……。何もない。

 本当の一人ぼっちがこんなに寂しく、辛く、悲しいものだと私は初めて知った。
 泣きそうになるのを我慢して、私はお母さんを待つことにした。お母さんが帰ってくるのを静かに、いい子に待つことにした。
 
 ――朝。

 窓の外から明るい光が入ってきて、部屋の中を照らす。私は壁に背中を預け、膝を抱えて座っていた。
 
 お母さんは――帰ってこなかった。
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