魔王が始める世界征服

積木 

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第二章 『断罪の丘』

五話

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 剣先が天を仰ぎ、降り注ぐ陽の光を反射している。
 建国と同時に着工されたソレは長い月日を得ても尚、朽ちることなく堂々と聳え立っていた。

 神々しいまでの姿をした巨大な白亜の建築物は、法国の首都エレサレムに於ける王城。
 両刃の剣を模した見事な城塞は、聖なる意を込めセントマリアと名付けられていた。

 許可がなくては、門を跨ぐことすら許されない宮城内の一室。
 壁を埋め尽くす棚には、神経質に整頓された本が丁寧に敷き詰められている。
 質の良い調度品が置かれた部屋の中に佇むのは、二人の男。

 一人は、選ばれし勇者の神託を持つ司祭。アルム=ロード。
 もう一人は、法国の信徒を束ねる立場に位置する大司教。グレゴリオ=ハイネス。

「掛け給え」

 落ち着いた静かな声色で、席を促すグレゴリオ。
 アルムは大司教を横目に、立ったままで口を開いた。

「結構です。今すぐにルシルの居場所を教えて下さい」

「……君は愚直だな」

「ルシルは何処にいるんですか!!」

 激情を打ちつけるようにアルムは言い放つ。
 その態度は、一端の司祭が大司教に向ける類のものではない事は確かだ。
 けれど今のアルムに、そんな事を気にしている余裕はなかった。

「聖堂でも言った通り、君に幾つか話しておきたい事がある。それを伝え終わるまでは、ルシル=ルークスの居場所を教える事は出来ない」

「ッッ!!」

 アルムは下唇を噛み締め、拳を強く握りしめる。
 頭に浮かぶのは、先ほどの光景と自分への怒りだ。

 目の前で攻撃を浴びせられ、気を失って運ばれる大切な友人を前に、アルムは数人の司教たちに取り押さえられ何もする事ができなかった。
 
 強引に司教を振り払い、ルシルを助ける為に行動しようとした矢先。
 グレゴリオが『宮殿に出向いてきてほしい。彼の安全は保証する』と口にした。

 怒りに駆られてはいたが、アルムはその言葉を信じた。
 自分がここで無茶をして、ルシルに何かあったら悔やんでも悔やみきれないと思ったからだ。

「そんなに険しい顔をしないでくれ。私は君と敵対しようとは思っていない。法国に於ける戒律に従っているだけだ。それに……私自身、この件に関しては申し訳なく思っている。すまなかった」

 法国を束ねる立場にある者が、恥や外聞を考えずに頭を下げる。
 その行為は、アルムの苛立ちを一時的に収めるには十分効果的だった。

「……頭を上げて下さい、大司教様。……こちらこそ、先ほどの無礼な態度を謝罪します」

「君は優しいな。無礼だなんてとんでもない。非礼を詫びるのは此方の方だ。君の気持ちは十分理解している。激情に駆られるのも無理はない。だが、それでも私と話をしてもらえないだろうか? 君にとっても大切な話になるはずだ」

「……。.testa。畏まりました」

 アルムは指示に従い、席に腰を落ち着かせる。
 グレゴリオは部屋に設置された重厚な机の引き出しから、一冊の本を取り出し長椅子に腰掛けた。

「早速で申し訳ないが、本題に入らせてもらおう。君はこの本を知っているかな?」

「いいえ。初めて目にしました」

 背の低い机の上に差し出された大きな本は、非常に年代を感じさせる一冊だった。
 表紙はかなり古びていているが、大切に保管されていた事が誰にでも容易に判断できる。

 「これは聖典と呼ばれている。我が法国に伝わる、神の教えを説いた大変貴重な元本の一つだ。君達がよく目にしている、教典の元になっている物と言えば解りやすいだろうか? この中には当然、様々な事柄が示されている。君に話しておきたいのは、聖典に記述されている神託について。それも勇者と魔王についての話だ」

「‥‥‥‥」

 アルムは、返事を返す事が出来なかった。
 聖典の話は当然知っている。どれだけ貴重な物なのかも理解している。
 けれど、それよりも魔王という響きが自分の心に確かな暗雲を浮かび上がらせていた。

「その顔はある程度、二つの神託について知っているという事かな?」

「……いえ。勇者はともかく、魔王については初めて耳にしました」

「そうか。なら知っておいて欲しい。これは非常に重要な事だ」

 グレゴリオは聖典を開き、とある項を広げてみせる。
 そこには、アルムに刻まれた紋章と全く同じものが記載されたいた。

「これは……ボクと同じ……?」

「その通り。君の神託は、古くから予言されているものの一つだ。『勇者。それは迷える人々を導く、真なる神の使い。闇が世界を覆う時、勇者は全てを打ち滅ぼす光の剣となる』とここに記述されている」

「神の使い……闇が覆う時……」

 その言葉を耳にして、アルムは複雑な想いに駆られた。
 自分の心に不安を募らせたのは『闇』という表現。

 単純に考えて勇者が現れたという事は、世界が闇に覆われる日が訪れるかもしれないという事だ。
 それを討ち滅ぼす使命を神に遣わされたという内容は、アルムの胸中を強く騒がせた。

「そして、もう一つ。君に知っていて欲しい神託がある」

「これは?!」

 新たに開かれた項を前にして、アルムは大きく双眸を見開く。
 そこには自分に印されたものとは似て非なる、逆十字架が描かれていた。

「君に示された神託とは真逆の紋章だ。『魔王。それは神に仇なす許しがたき反逆者。世界を闇に包み、命あるものを全てを滅ぼす災厄の権化たる孤高の王』……これが、ルシル=ルークスに印された神託だ」

「そんな……し、信じられません!! 何かの間違いです!!」

「信じられないのも無理はない。けれど、決して間違いなどではない。私は確かに目にした。彼の右手に刻まれた紋章は、ここに描かれている紋章と全く同じものだ。それに君も目にしただろう? 水晶に浮かび上がった魔王と書かれた神聖文字を」

「それは……」

 アルムは確かに目にしていた。
 忘れたくても忘れる事のできない、聖堂内での出来事。

 あの時、黒と紫が織りなす光の奔流がルシルの周囲に巻き起こった。
 その後に現れたのは、決して見間違える事のない魔王と記された神聖文字。

「……君は大罪の魔女を知っているか?」

「魔女ですか? それは……あの……?」

 問いかけられた質問に、アルムは疑問符を浮かべる。
 グレゴリオは今まで表した事のない、沈痛な面を向けながら口を開いた。

「君が生まれるより随分と昔の話だ。とある国で神託の授与が行われた。神託を示されたのは、君と対して変わらない、まだ年若い少女だったらしい」

 グレゴリオは話しを続けながら、新たな項を捲る。
 アルムに広げて見せたのは、枯れた花と髑髏が描かれた紋章だった。
 
「彼女に示された神託は、悍ましい髑髏を模した神託だった。それは、世界を混沌に広げる災厄の神託として聖典にも記述されている。この予言が示す通り……彼女は一夜にして、自分の育った国に住まう全ての人を滅ぼした」

「じゃあ、これが……魔女の神託……」

「幾つもの国が魔女の恐怖に怯え、魔女を滅する為に軍を率いた。無論、我が法国の兵も討伐に赴いている。そして数万の軍勢をたった一人の魔女に差し向け、代わりに残ったのは無残にも積み上げられた死体の山だ……」

「じゃあ、大罪の魔女の話は現実の……」

 アルムは、顎を上げ大司教の顔をまっすぐに見据えた。
 法国に於いて、魔女が大虐殺を起こした物語を知らない者は存在しない。

 子供の頃から『悪い事をすると魔女がやってくる』と聞かされて育つからだ。
 魔女に纏わる逸話は数多くあるが、どれも滑稽無糖な話ばかり。
 勿論、アルムも幼い頃から飽きるほど聞かされている。

 それは今まで子供をしつける為に、創作された物語だと思っていた。
 けれど目の前に佇むグレゴリオの真剣な表情からは、嘘の気配は微塵も感じられない。
 
「実際に起こった出来事だ。決してお伽話や夢物語ではない。信じられないかもしれないが、私は魔女との戦いで生き延びた内の一人だ。ここ数十年は、その姿さえ誰も確認できていないが……。それでも今も尚、世界中の国に追われる、紛れもない災厄たる存在だ。アルム=ロード……ここまで話せば、私が何を言いたいのか解るだろうか?」

「なっ?! それは?!」

 アルムは驚きのあまり勢いよく立ち上がった。
 顔には焦りの色が濃くが浮かび、頬からは嫌な汗が伝い落ちていく。

 ーーありえない……考えるな……

 ーーそれだけはダメだ……

 少しでも想像してしまった自分に腹がたつ。
 ありえない事だと理解していても、続く言葉に立ち去る事も耳を塞ぐ事は出来ないでいた。

「はっきりと言おう。このまま、ルシル=ルークスを生かして置く事は出来ない」

「?!」

「彼を放置しておけば、大罪の魔女と同様。いや、それ以上に世界にとって危険な存在になる」

「ッッ!! ……違います!! ルシルは魔女のような事は絶対にしません!」

 アルムは歯を強く食いしばり、声を荒げた。
 大切な友人に対しての扱いに、我慢ならなかったからだ。

 魔女が実際に存在しているのは本当だろう。
 大司教の眼差しは、確かに真実を語っている。

 だが、ソレとコレとは全く別の話だ。
 アルムが知るルシルは、決して話に聞く魔女のように悪い奴じゃない。

 誰よりも妹想いで、心根は誰よりも優しい。
 誰よりも理知に優れ、誰よりも高潔な思想を抱いている。
 それが解っているから、自分は誰よりルシルを心から尊敬しているのだ。
 
「聖典に記述されている予言が全てを語っている。これは世界を守る為だ」

「ルシルはそんな事ができる奴ありません!! 世界を滅ぼそうなんてするわけがない! 今すぐ言葉を撤回してください!!」

 ーーそれだけはダメだ!! 絶対に許せない!!

 ーー何があっても、ルシルは絶対に死なせてはいけないッッ!!

 アルムは強い思いを胸に宿し、何とか打開策を見つけ出そうと頭を働かせる。
 だがアルムが口を開くより先に、グレゴリオは悲しげな表情を浮かべて言葉を紡いだ。

「君が彼を親しい友人として認識しているのは解っている。だが考えて欲しい。もしも彼を生かしたとして、ルシル=ルークスが世界を闇に陥れる日が来た時。それを打ち滅ぼす使命を帯びているのは、誰でもないアルム=ロード、君なんだぞ……」

「ーーーーッッ!!」

「君は大切な友人を、その手で殺める事ができるのか?」
 

 
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