男女比が偏った歪な社会で生き抜く - 僕は女の子に振り回される

わんた

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題名未定

34話

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 二人と合流した後、すぐに体育の授業が始まった。
 今日は体力テスト。

「はじめ! 1、2、3……」

 ジャージ姿の先生が読み上げる数字にあわせて、クラスメイトの女性が懸垂をしている。

 トレーニングをしても筋肉がつかなかった僕から見ると羨ましい。筋肉を鍛えても前世ほど効果が発揮されなかったんだ。効果が出なくても続けられる根性は持っていなかったので、いままもう体を鍛えることを止めてしまった。

 先生に今から懸垂をやれと言われたら、1回もできずに終わっていると思う。最悪ぶら下がることすらできないかも。そのぐらい僕の体は貧弱だ。

 羨ましい気持ちを抱えながらテンポ良く上下する女性を眺めていると、新しい発見があった。思わず声が出てしまう。

「おッ、これは……」

 体を上に持ち上げる瞬間、服に隙間が出来てうっすら割れた腹筋が見えた。

 ほどよく鍛えられた肉体がチラチラと視界に入り、情欲が沸き上がり、いけない気持ちになってしまいそうだ。

 下着が見えても気にしない女性が多いので、腹筋ていどなら普通に見せてくれるだろう。家でも普通に見かける機会は多い。けど、それじゃ意味がないんだ。無意識のうちに見せてしまっている、腹筋だからこそ良いんだ。

 僕が暴走しがちな彩瀬さんに甘くなってしまうのは、活発的な彼女の肉体からたまに見える隠された部分に惹かれて――ハッ! これ以上考えてはダメだ! この妄想はいけない。

 誰かに少しでも惹かれているなんて自覚を持ってしまったが最後。もう外堀は完全に埋まっているから、一人でも手を出してしまえば即結婚コースだ。

 もっと大人になってからだったら何も問題ないけど、まだ高校生で結婚はしたくない。ただでさえ自由に行動できているわけではないので、さらに不自由な身になりたくはないんだ。

 バーチャルタレント活動も始めたばかりだし、もう少しだけ夢を見させてほしいし、夢を見せてあげたい。

 湧き上がってきた感情を鎮めるために、先生と一緒に懸垂の回数を数えることにする。

「20……25……30」

 さすがに疲れてきたのかペースが乱れているけど、まだ止まりそうにない。

「40……50」

 キリが良くなったところで気持ちが切れたのか、ようやく鉄棒から手を放した。
 ハァ、ハァ、と呼吸が乱れて、うっすらと汗が浮かび上がっている。

 前の世界にいた男性だって、懸垂を50回もできた人はほとんどいなかっただろう。
 特に鍛えているというわけではない、一般の女性がクリアできてしまう数字だ。この世界の女性の強さを改めて見せつけられているようだ。

 鉄パイプ程度の武器じゃ自衛すらできなさそうだし、男性一人で歩けない世界だというのも納得できる。

「すごい……」

 思わず褒めてしまった。
 その瞬間、感動を吹き飛ばすような悪寒が全身を襲った。

「えッ……」

 発信元は調べるまでもなく、明らかで、目を細めて歯をむき出しにしている彩瀬さんだ。

 なんで怒っているのか分からないけど、出会ってから初めて見る顔だ。

「あの女、私のユキちゃんに褒められやがった」

 あ、そこが地雷だったんだ……。
 迂闊な発言をしたことに後悔した。

「お、落ち着いて」

 彼女の得意分野でほかの女性が褒められたことが、より怒りを加速させていそうで、僕の声は届いていない。

 隣に座っていた飯島さんが肩に手を置いたら、乱暴に弾かれた。

 二人とも止める手立てが思いつかない。

 先生が次の人を指名しようとしていたら、彩瀬さんがすたすたと歩いて行って、鉄棒にぶら下がる。周囲の批判的な目は気になっていないようだ。

「今度は、私がやります!」

 周囲がざわつくのを無視して先生に言い放った。

「お前はもっと後だろ?」

「ユキちゃんのために、今すぐやりたいんです!!」

 眉間にしわを寄せていた先生は、僕をちらっと見て小さくうなずく。

「お前は……彩瀬か。男に良いところを見せたい、といったところか。まぁ、その気持ちはわかる。私も若いころはいろいろとアピールしたものだ。本来であればそのような我がままは許さないが、男が絡んでいるのであれば仕方がない」

 え? 普通、色恋沙汰のほうがダメなんじゃないの!?
 教師としてその判断はありなの?

「特別にお前のばんにしてやろう! 全力を見せてみろ!」

「はい! 他の女になんて負けないんだから!!」

「いいぞ! その調子だ!」

 あ、ありなんだ……。なんか二人の間では良い話っぽくなっていて、涙がうっすらと溜まっている。先ほどよりも、やる気がすごい。

「よし、はじめ!」

「「1、2、3……」」

 先生と彩瀬さん二人で仲良く数字をカウントしている。
 懸垂のスピードは先ほどの女性より早く、どんどん数字が増えていく。

「「50、51、52……」」

 すぐに記録は更新されて、勝つという目標は達成できたというのに、止まる気配はない。むしろこれからが本番だといいたいのかスピードが上がっていく。

 チラチラと見える引き締まった美しい腹筋が、嫌でも視界に入り、ゴクリとつばを飲み込んむ。

「「99、100、101……」」

 このレベルは女性でも珍しいらしく、クラスメイトたちから「すごい」といった声があがっている。

「彩瀬さんって、結構鍛えているほうなの?」

 まだ終わりそうになかったので、あきれ顔をしている飯島さんに話しかけることにした。

「うん。楓さんと護身術の鍛錬をしているみたいですし、一般の女性よりかは鍛えられていると思います。懸垂で100回を超える人ってほとんどいませんから」

 言い終わってから小声で「いいなぁ」と羨ましそうな表情をしていた。

「体鍛えたい?」

「はい。男性は女性の筋肉が好きですからね……ユキさんも好きですよね?」

 え、そういうことなのか。引き締まった筋肉は一般男性が好む体系なのか。胸の大きさではなく、筋肉が重要だなんて、十数年生きて初めて知った。

「私は体を動かすのが苦手ですし、続かないから彩瀬さんみたいになるのは諦めています」

「筋トレって面倒だもんね。僕も長く続かなかった」

「え? ユキさんは体を鍛えていたんですか?」

「少しだけね。でもこの体は筋肉がつきにくいみたいで、成果が出ないから辞めちゃったよ」

「男性は筋肉がつきにくいですからね」

「やっぱりそうなんだ」

「性別の壁は大きいですから」

「なるほど、性差ね……」

 しばらく空白ができる。
 飯島さんは何かを言おうとして、諦めてを何度か繰り返しているので、ゆっくりと待つことにした。

「もしよければ、私と一緒に体を鍛えませんか?」

 一世一代の告白だったのかもしれない。飯島さんの顔は真っ赤だ。
 そんな彼女の願いを断るわけにはいかないだろう。

「うん。そうしよう」

 それに、筋肉に憧れている同士で励ましあえば、少しは長続きするかもしれない。
 僕は提案を承諾した。

「やった! あ、二人だとほかの方に悪いので、彩瀬さんたちも誘っていいですか?」

 控えめな彼女が喜ぶ姿を見て、僕の決んだんは間違いなかったと確認する。
 みんなでトレーニングするのも良いけど、彩瀬さんと楓さんのコンビが参加するとついていけなさそう。

 ベンチプレスのような本格的な機材を使うのではなく、遊び感覚でできるほうがよさそうだ。

「だったら、ゲームで体を鍛えようか」

 スイッチというハードから発売されたロングフィットは、体を鍛えるためのゲームだ。都合がいいほど僕の目的に合致する。使わない手はないだろう。

「今はやりのゲームですね! 興味があったので楽しみです!」

 よし、飯島さんはOKと。彩瀬さんや楓さんは僕の意見に反対することはほとんどないから問題ないだろう。

 他にも使えそうなゲームだから早めに手に入れておきたい。今日の帰りに寄り道して買おうかな。

「「168、169、170……」」

 思考は深まり、懸垂の回数をカウントする声が遠くから聞こえるように感じる。
 ネットの煩わしいことを忘れるかのように、僕は今後の予定を組み立てることにした。
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