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ふぁ~

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「村長、死ぬ気ですか! 落ち着いてください!!」

 ハラディンの食事を邪魔させないようにと、ポンデルは慌てて怒りで我を忘れそうな老人の前に立つ。

 一日に二度も自慢の家で人を殺されたくないため必死だ。

 流れを変えるべく、必死に話を続ける。

「彼は凄腕の剣士です。傭兵が死ぬところを見た皆さんも分かりますよね?」

「う、うむ……」

 攻撃した瞬間すら目で追えなかったのだ。

 鍛えられた男を瞬殺した実力を否定するなんて不可能である。

 浮浪者に見えるため誤解しそうになるが、目の前にいるハラディンは傭兵よりも強いかもしれなと思い出し、村長は冷静になった。

「でしたら、実力は間違いない。彼は本物なんです!」

 両手を広げ周囲に伝えてから村長を見る。

 悪巧みをするような笑顔を作った。

「傭兵団の殲滅を彼に任せてみませんか?」

 ホンデルにとってここが正念場だ。

 村長さえ認めればハラディンを村に入れた罪は不満となる。逆に反発されれば見捨てられてしまうだろう。そうなってしまえば生きてはゆけない。

 顔をさらに近づけるて圧をかける。

 沈黙が続き……村長が上がった折れた。

「悪くはない案だが金はどうする。ワシはださんからなッ!」

 ボンデルの案をまとまるような発言だ。

 村長に迷惑をかける取引はしてないため、勝ちを確信する。

「実は既に取引は終わっておりまして、食事を提供すれば引き受けてくれるとのことです」

「それは本当か!?」

 あまりにも村に都合の良い話だ。

 すぐには信じられない村長はハラディンを見た。

「間違いない。今日を含めて数日分の食事をもらえるのであれば、なんとか傭兵団とやらは壊滅させてやる」

「後で、やぱり金をよこせなんて言わないか?」

「俺が約束を違えると思っているのか」

 手に持っていた干し肉をテーブルに置くと、ハラディンはすっと立ち上がった。

 長い髪とヒゲによって表情はわかりにくいが、静かな怒りを抱えているように見える。

 緊張感が高まり誰も声を出せない。

 呼吸音だけが聞こえる静かな部屋を進み、村長の前に着くと顔を近づけた。

 息がかかるほどの距離だ。

「約束は絶対に守る」

「わ、わかった。信じよう」

「…………」

 無言でハラディンは村長を睨み続けている。

 まさか暴力を振るうんじゃないかと、周囲が心配しだしたところで顔が離れた。

 席に戻って干し肉を口に入れると、気を利かせたポンデルが木製のコップに水を入れる。ハラディンは一気に飲み干した。

「ふぅ」

 取り込んだ栄養が全身に行き渡っているように感じて、珍しく気持ちが緩んでいる。幸福が全身を包む。他人には気づかれないほどの変化ではあるが笑顔になっていた。

「満足したか?」

「ああ。助かった」

 席を立ち上がると、ハラディンの意識は戦闘モードに切り替わる。

「傭兵団はどこにいる?」

「この村から少し離れたところに小さな湖がある。その近くにある家を占拠して暮らしているようだ。村を出て左側に道があるから、案内がなくても迷わず辿り着けるはずだ」

「わかった。これから倒しに行く」

「今からか!?」

 驚くのも無理はない。もう少ししたら日が落ちる時間だからだ。

 一般的には朝まで待って出発するものだが、ハラディンは霊力によって暗闇でも昼間のように周囲が見えるので問題にはならない。

「仲間を四人も殺したんだ。気づかれる前に攻めるべきだろう」

 村を守ると決めたのだから被害も最小に抑えるべきだと当然のように考えて、あえて攻め込むという選択をしたのである。

「守りは任せた」

 ハラディはポンデルの肩を叩いてから家を出る。

 誰も止めなかった。

 夕日がまぶしい。

 外套に付属しているフードをかぶると村から出る。

 すぐに左へ分岐する道が見えたので、ポンデルの言葉を思い出しながら進む。森の中に入りしばらくすると人の気配がしたので、道をそれて草むらに隠れ、中腰になりな湖へ近づいた。

「ふぁ~」

 手にランタンと槍を持った傭兵が、あくびをしながら警備をしていた。

 後ろには木造で作られた家がある。二階建てだ。傭兵団が作ったにしては作りがしっかりしているのと、色あせている感じから数十年以上も前に建てられているのがわかった。

(村には似つかわしくない立派な建物だ。金持ちの別荘として使われ、放置されていたのか?)

 予想よりもしっかりとした作りではあるが、計画に変更はない。

 観察は十分だと判断して、ハラディンは刀の柄に手を置いた。

 見張りは一人だけ。油断している。

 さらに周囲は暗くなっていて視界は悪い。霊力によって視力を強化してなければ、外の状況なんてハッキリ見えないだろう。

『飛霊斬』

 刀を抜くと白い斬撃が飛び、傭兵の男の首を切断した。何をされたかわからないまま絶命すると、全身から力が抜ける。

 倒れる前に駆けつけたハラディンは体を支えながら、ランタンを掴んだ。

 傭兵が持っていた槍と斬り離された頭が地面に落ちた。

 柔らかい地面と草が衝撃音を吸収して誰も気づけない。

 音を立てずに死体を置くと家の裏手に回る。

 窓から光が漏れているので壁に張り付きながら中を確認すると、傭兵の男たちが酒を飲みながら骨の付いた肉を食べていた。

 宴会をしているようである。外にいても声が聞こえるほど騒がしい。人数は十五人ほど。掃除をするという知性は捨ててしまったようで、床にはゴミが散らばっている。

 夜になったばかりだが酔いは大分回っており、数人はテーブルの上に突っ伏して寝てしまっていた。仲間が戻ってこないことすら気づいてないようだ。

 この様子なら玄関で多少、音が出ても気づかないだろう。

 家をぐるりと回って正面に移動すると、刀でドアを細切りにした。

 玄関は暗く誰もいない。土足のまま中に入ると廊下が見えた。左側に半開きのドアが一つ。先ほど外で確認した宴会場につながっている。

 奥には二階へ上がる階段があり、天井部分がギシギシと音が鳴っているので、無人である可能性はない。誰かが何かをしている。

 愚かなことに誰も侵入者に気づいていない。

 柄に手を軽く乗せたまま宴会場の中に飛び込むと、霊力をまとわせながら刀を抜く。

『飛霊斬・改』

 無数の白い斬撃が飛んだ。

 中にいる人だけでなく、壁、床、天上までも斬り刻んでいく。

 ハラディンが戦場で身につけた霊技によって、一瞬で血の宴会場に変わったのだった。

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