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普通は隠して通り抜けるか

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「あそこにペイジの馬車があるのか?」

「荷台を二つ繋げた中型が保管されています。人間を隠すぐらいなんとでもなりますから、ご安心ください」

 自信ありげに言っていることから、嘘ではないだろうと感じる。戦う以外の能力が高くないハラディンは、信じて裏切られたら全員殺せば良いぐらいのことを考えていた。

「わかった。任せる」

 疑い深いメーデゥは完全に信じることはできず疑いの目を向けているが、表だってハラディンの言葉は否定しない。

 拾ってもらった恩と邪魔をして見捨てられてしまう恐怖が、己の意見を伝えてしまうことに対して躊躇わせているのである。裏切られたときにどう動くかシミュレーションをするぐらいしか、今はすることがない。

 目的地も見えてきたので足取りが軽くなる。

 荷物を載せたロバがマイペースに進み、夕暮れ時になって目的の村に着いた。

 目的地であるバックス港町は、ここから馬車で半日ほど進んだ先にある。

* * *

 ペイジが頻繁に使っている村というのは嘘ではなかった。

 専用の家が用意されていて、何日でも滞在できるように環境が整えられている。

 荷台を運ぶ馬の食事や手入れも村人がしているので元気で機嫌が良い。いつでも出発できそうだ。

 長時間の移動によって汚れている三人は、家に入ると順番に体を洗い食事して一晩過ごす。

 翌朝。

 バックス港町へ向けて出発する日だ。

 床で寝ていたハラディンが目覚めると隣にメーデゥがいた。剣を抱きしめながら体を丸めて寝ている。起きていないようだ。

 静かに立ち上がると外に出る。

 ペイジが荷台に荷物を村で購入した小麦を積み込んでいた。

「お前はまともな商品も取り扱っているのか?」

 荷台の限界ギリギリまで麻薬の原料を乗せると思っていたハラディンが質問をした。

「堂々と扱うわけにはいきませんからね。例のブツを隠すために小麦も取り扱っております」

「ああ、なるほど。普通は隠して通り抜けるか」

「その通りです」

 嘘くさい笑顔を作りながらペイジは荷台に飛び乗ると、小麦袋が置かれていない床を触って押しながらスライドさせる。

 穴が出現した。成人男性が一人は入れるほどのサイズだ。

「二重床か。俺たちをここに入れるつもりなんだな」

「高さは、そこそこあります。例のブツがクッションとなるので、横にになっても快適に過ごせますよ」

 麻薬の原料と一緒に閉じ込められるのは気分が良いものではない。ハラディンは自然と顔が歪んでしまい、入りたくないという気持ちがペイジまで伝わる。

「勘違いしないでください。隠れていただくのは例の少女だけです。ハラディン様は護衛として歩いてもらいます」

「なぜだ?」

「犯罪者でなければ、隠れる必要もありませんので」

 ペイジの発言は正しい。メーデゥは魔物付きであるが故に姿を隠さなければいけないが、ハラディンにそういった事情はない。大陸中に指名手配されている重犯罪人というわけでもないし、通行税さえ支払えば普通に入れるのだ。

 さらに殺してしまった護衛の代わりとして立ち回れば、怪しく感じる者はいないだろう。

「私だけ入るの?」

 寝ていたはずのメーデゥの声がした。

 ハラディンが振り返ると外套で耳と尻尾を隠し、剣を担いでいる姿が視界に入る。起きたばかりで眠そうにしながら目をこすっていた。

「嫌か?」

「ううん。そんなことない。確認しただけ」

 今までの人生で大手を振って歩けたことなんて一度もなかったメーデゥは、見つからないように窮屈な場所に隠れるのは慣れている。どのような環境でも耐えられる自信があった。

「なら決まりだ。残りの荷物も荷台に乗せるから入ってくれ」

「わかった」

 ぴょんと軽く跳躍してから荷台の穴に剣を入れて、メーデゥも入る。下には麻薬の原料たる木の実らしきものが敷かれているため、臭いが充満していたので外套を鼻に近づけておさえると多少はマシになった。

 落ち着いたところで先に入れた剣を引き寄せる。戦う技術を学んで日は浅いが、触っているだけで安心できてしまうほど心の支えになっていた。

「これを渡しておく」

 隠れている空間に、ペイジが水袋と保存食が投げ込んだ。

「それと、これはトイレ代わりに使え」

 渡されたのは空の袋である。

 これから移動する街道は人通りが多いので、何があっても荷台から外には出せない。尿意を覚えてもその場でするしかないのだ。垂れ流しにしたら臭いでバレてしまうので、使用後には紐できつく縛る必要があった。

「ありがとう」

 魔物付きに対して雑な対応をしていた自覚のあったペイジは、お礼を言われて気まずくなった。

 返事をせず、逃げるようにして蓋を閉める。

 板の隙間から太陽の光が差していたが、荷台に小麦袋が積まれていくと真っ暗になる。しばらくして上下に振動を始めた。荷物を積み終えた馬車が動き出したのである。

 背中が痛む。

 麻薬の原料を敷き詰めていても吸収しきれないほどの衝撃があるのだ。

 外の景色が見えないため、今どこにいるのかすら分からない。痛みによって寝ることはできず、メーデゥはじっと耐え続ける。退屈な時間だ。

「痛くはないか?」

 隠れたメーデゥが気になって、馬車の隣を歩くハラディンが声をかけた。

「うん。大丈夫。でも暇。何か話して」

「いきなりむちゃなことを言うなよ……」

「でも、暇だから」

「わかったよ。話ぐらいしてやる。だから黙って良い子にしているんだぞ」
 
 寂しそうに言われてしまえばハラディンは断れない。

 甘やかしすぎているという自覚はあるが、メーデゥを娘のように感じてしまっている時点で負けなのだ。
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