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ふふふーん

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「耳が隠せる確認したい。これをつけてみろ」

「うん」

 悪魔の仮面かぶると、メーデゥの犬耳はすっぽりと角に入った。完全に隠れている。中で動かしても気づかれることはないだろう。

「窮屈じゃないか?」

「大丈夫」

 本人は気に入ったみたいで、部屋に備え付けられた鏡を見て笑っている。

 新しいオモチャを手に入れたみたいに感じていることだろう。

 マントを持ったハラディンが身につけさせると、体が隠れた。腕を下ろせば全身が包まれる仕組みとなっているので、尻尾を腹に巻けば気づかれることはない。仮に見られたとしても、アクセサリーといってしまえば深く追求はされないだろう。

「強そうに見える?」

 これが体格の良い男であれば実力者に思えたかもしれないが、鏡に映っているのは背が低く線の細い少女だ。変装ごっこで遊んでいるようにしか見えない。
 
「そうだな……夜中に会ったら逃げ出したくなる姿をしているな」

「どういこと? 強いの?」

「そうかもな」

「ふふふーん」

 褒められたと思ったメーデゥは、誰も知らない歌を口ずさみながら飽きることなく鏡を見ている。青い剣を持ちだしてポーズまで決めており長引きそうだ。

 無邪気な行動に内心で微笑みながら、ハラディンは視線をペイジの方へ向ける。

 調整作業は終わっていた。

「仮縫いの状態ですが調整は終わりました。もう一度、着てください」

 タキシードを受け取ると身につけていく。先ほど感じた窮屈さはなくなっていた。

 腕を動かしても服が邪魔することはない。しゃがんでから跳躍しても、引っかかる感触はないのでいつも通りに戦えるだろう。

「良い仕上がりだ。裁縫師に転職したらどうだ?」

「止めておきます。あれはきつい仕事なのに儲かりませんから」

 暗い声だったのは気になるが、ハラディンは過去を詮索するつもりはない。

 言いたくなければ言わなければ良い。

 これが彼なりの気づかいだった。

「問題ないようでしたら本縫いするので脱いでもらえますか」

「わかった」

 タキシードを脱ぐとペイジに渡す。さすがに下着姿でうろつくわけにはいかないので、普段着のチェニックを着ることにした。

 メーデゥは鏡の前でポーズを作り続けており、ペイジは裁縫で忙しい。

 やることがないハラディンはベッドに座ると、二人の作業を眺めながら終わるまでぼーっと待つことにする。

 * * *

 準備が終わり夕方になった。

 メーデゥとハラディンは用意された衣装を着ると、武器を身につける。

 見た目が無骨だという理由で鎧などの防具は禁止されているが、襲撃があると分かっているので武器の携帯のみ許可されているのだ。

 三人は宿前に止まった馬車へ乗り込むと、会場に向かって移動する。

 行き先は海が一望できる小高い丘に出来た屋敷だ。領主がパーティーをするためだけに用意した場所である。

 馬車は順調に進み三十分ほどで屋敷の敷地内に入ると、ハラディンは窓から外を見る。

 中庭を巡回する兵が多い。

 三人一組で移動している集団が、少なくとも二組はある。

 またバックス港町に滞在している騎士も数名見かけたので、会場の護衛をするため厳重な警戒態勢であることは、ぱっと見で分かるだろう。

「これを見ても襲撃は起こると思いますか?」

 事件が起こらなければペイジが困る。

 警備を見て不安になり聞いたのだ。
 
「間違いなく」

「断言する根拠があるなら教えてもらえませんか」

 犯人がクレイアだとは言えないが、理由ぐらいは伝えて問題はないだろう。話した結果、警戒がより厳重になるのであれば、彼女は襲撃を諦めてくれるかもしれない。

 そんなあり得ない未来に期待するぐらい、ハラディンは心配しているのである。

「叙任を祝う晴れの舞台を台無しにしようと考えているのだ。そうしなければいけない強い理由があるはず。警備が厳重になったぐらいじゃ退く理由にならんだろ」

「確かに……ただ殺したいだけでしたら、警備が手薄になる移動中や寝室を狙いますね。苦労してまでパーティー会場を選ぶ必要がない」

「その通りだ。恐らく襲撃犯は男爵が幸せの頂点たから叩き落とすために行動する。だから、今日この場所で事件を起こさなければいけない」

「敵の心理まで考えられているとは!! 流石ハラディンさま! すばらしいです!」

 大げさに褒められてしまい、頬をかいたハラディンは顔を背けた。

 純粋で扱いやすい。彼の目的を知らないペイジは、内心でほくそ笑んでいた。



 屋敷の前で馬車が止まると、三人は侍女に案内されて待合室に入った。

 平民のために用意された場所であり、特別なコネクションを持っている商人や上級平民などが集まっている。

 その中に一人、ペイジは会いたくなかった人物がいた。

「おー。なんだお前も来たのか! よく顔を出せたな!」

 金髪をオールバックにした男性だ。深い紺色のスーツを着ていて胸元にはバラが一輪ある。親しみの込めた笑顔を浮かべながらペイジの肩を組んだ。

「久しぶりですね。ボンドさん。今日はいらっしゃったんですね」

「貴族たちに顔を売る絶好のタイミングなんだから当然だろ」

 軽く腹を何度か殴りながら、ボンドと呼ばれた男は偶然の再会を楽しんでいるように見えた。
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