付与師とアーティファクト騒動~実力を発揮したら、お嬢様の家庭教師になりました~

わんた

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英雄

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「もう一度聞くけど、なんでこんなことしたの?」
「…………」

 僕の問いかけに返事はなかった。お互い見つめ合う状況が続き、この場に聞こえる音は乱れた呼吸音だけ。

「……金だよ」

 しびれを切らしたのは、チンピラの男性の方だった。

「あとは、恨みだ」
「恨み?」

 多少脅したりはしたけど、僕を後ろから攻撃されるほど、恨まれるようなことをした覚えはない。腕を折ったのだって襲われた後だ。

 もちろん彼とは初対面であり、過去に何かがあったなんてことは、ありえない。

「その顔、分からないって感じだな」

 僕を侮るように口をゆがめていた。

「別に、お前個人に恨みがあるわけではない。この街で普通に暮らしている奴ら、全員が憎いだけだ」

 目に憎しみの炎が宿り、ただのチンピラだと思っていた相手が、復讐者に豹変した。

「この手でぶっ殺してやりたいぐらいにな!!」

 射殺すような目つきで睨みつけられ、僕は言葉を失って立ち尽くす。

 想像力が足りないだけかもしれないけど、スラム街に住んでいるからといって、ここまで社会を激しく憎悪するとは思えない。

「まだ、わからねぇみたいだな」
「うん。そこまで恨まれる理由がないからね」
「理由がない……腹立たしいが、お前らからしたら、そうかもな」

 ふぅと大きく息を吐いてから、その答えは本人から語られた。

「スラム街の住民が戦争でどんな扱いをされたか知っているか?」
「……知らない」
「敵兵がヘルセに上陸したとき、遠征中にモンスターが襲ってきたとき、そのいずれも肉壁として使われた」

 肉壁――木や鉄といった物質の代わりに人そのものを、外敵から守る盾として扱う行為だ。

 海から強襲され、港町ヘルセが一時的に占領されたが、総力戦の末に奪い返した。その戦いは凄惨だったと聞いていたけど、そうか、彼らの犠牲で獲得した勝利だったのか。

 非人道的な方法で戦ったとは、公爵家はおろか戦いに参加した人のほとんどは公言していないと思う。友人、恋人、家族に自慢できるようなことではないからね。

 だから、戦いに参加した人たちは国を守った高潔な英雄だと賞賛され、僕も同じように思っていた。

「まともな武器を持たせず、相手の動きを止めるための障害物として使われたんだよっ!!! それも、お貴族様だけじゃねぇ。お前ら市民ですら、俺らを物のように扱いやがった!! 逃げだそうとすれば切り捨てられる。当然、戦闘でも真っ先に殺された! 最初は泣き叫んでいたがよ、最後の方は死人のように、静かに命令に従うだけの人形だったさ!」

 あまりにも悲惨な告白に返す言葉が見つからない。

 もし彼らがいなければ、ヘルセを奪還するどころか、戦争に負けていたかもしれない。喜ばないとは思うけど、真っ先に英雄だと讃えられてもおかしくはない。

 それが現実はどうだ? 無理矢理命を奪われ、名声はかすめ取られ、貧民だと蔑まれる。元の生活に戻れば日々の食事にすら苦労している。なるほど、僕らを恨むのは当然だ。

「なぁ、金がないだけで、生まれが悪いだけで、俺らは人ではないのか?」

 前世の日本とは違い生まれが全てで、平民は平民と結婚する。そんな価値観が蔓延しているので、残念ながら否定する人はほとんどいないだろう。

 みんな我慢しているんだから、お前も我慢しろってね。それか諦めろと諭すか。不満は溜まり続けているのでいつかは爆発すると思うけど、そんな、いつ来るかわからない将来の話をしても、なんの慰めにもならない。

 それに僕は違う。生まれだけで人生が決まってしまうことは悪だと、間違っていると、世界の損失だと、前世の教育で知ってしまっているのだ。彼らの想いは痛いほど分かる。前世で、理不尽な理由で大切な家族を失った僕は、彼の主張は否定するどころか強く共感してしまっている。

 現実を知った今、助けてあげたいと、そう強く思ってしまった。

「魔術師なんだから頭が良いんだろっ! 答えろよ!!」

 震える言葉から彼の悲しみが伝わり、唇を強く噛みしめた。

「君たちは人だ。何も悪くない。間違っているのは肉壁として使った人たちだ」
「本当にそう思うなら戦場で言えよ!! なんであの時、助けなかった! なぜ、お前はここにいる!」

 そうだね。助けられなかった僕には、慰める権利はないのかも。過去に戻ればと思いはしたけど、そんなことは出来ないし、仮に出来たとしても僕一人だけじゃ無力だ。

 公爵家の力を借りれば可能性はあるけど、一介の家庭教師のお願いを聞いてもらえるとは思えない。ヘルセを奪還したような、誰もが認める大きな功績が必要だ。

「ごめん、なさい」

 謝罪の言葉しか出ない。でもそれだけで終わらせるほど無情な人間ではない。それに過去に縛られている彼が自分と重なるようで、どうしても見捨てるという選択肢が取れない。

 もし見ないふりをしてしまえば、この先ずっと後悔したままだろう。それだけは、どうしても避けたい。

「だから、君たちが将来、報われるように動くよ」

 今すぐは無理かもしれないけど、勝算はある。

「お前に何が出来るって言うんだ!! なんだ、全財産をくれるってのか?」
「これでも公爵家のお嬢様の家庭教師をしているんだ」
「……だからなんだ?」
「今抱えている問題を僕が解決したら、褒賞がもらえるはず。その時に、ここの環境を良くしてもらうよう、進言するよ」
「信じられないな」
「僕も君の立場なら同じことを言う。だから期待しないで待ってればいいよ。後は全て僕に任せて」
「ちっ、物好きな野郎だ。俺は絶対に信じない! 好きにしろ」
「うん、そうする。で、先ずはこれを渡すね」

 ポーチからニコライじいちゃん特性のポーションを取り出して投げると、彼は反射的キャッチした。手を開いて掴んだものを見ると、驚愕の表情へと変わる。

「飲めば数時間で腕は治るはずだよ。もちろんお金なんてとらない。腕を折ってしまったことへの謝罪の気持ちだと思って欲しい」
「礼は言わないぞ」
「うん、それでいい」

 親指でビンの蓋を開けると、ポーションを一口で飲み干した。突き放すような口調だったけど、毒だと疑わない程度には僕のことを信じてくれているのかもしれない。

 一息ついたところで、財布から金貨を一枚取り出して床に置く。

「それと案内のお礼をおいておくね。僕がいなくなったら回収して」
「金貨をもらうほどの仕事をしたつもりはないが?」
「僕にとって、ここで得た情報は金貨に値する。そう思って欲しい」
「………金だけ置いて、さっさおどっかに行け。目障りだ」

 素直に従ってドアノブを握り、乾いた音と共にドアを開ける。

「…………待て」

 体が半分外に出たところで、後ろから声がかかった。

 彼との会話はもう終わったはず。不審に思いつつも振り返ると、チンピラの男性は部屋の中心をみつめたままだ。独り言のように話し出した。

「お前が探してことは、今日、俺らの仲間が騒動を起こした事件と関係があるのか?」

 顔を合わせずに会話するのが、彼としてギリギリ許せるラインなのだろう。

 一般的に見れば失礼な態度だけど、そんなこと気にはしていられない。

「うん。多分、関係がある」
「そうか……詫び代だとしても多すぎる。代わりに一つ、良いことを教えてやろう。ここを使っていたヤツの中に、ベルクレイド男爵家の使いがいたらしい。俺の仲間が確認した」

 残念ながら聞いたことのない名前だ。平民にとって貴族は距離がありすぎる。男爵程度の家名なんて、ほとんどの人は覚えてないから不思議ではないんだけどね。

「知らないのか? 今の当主は公爵家の長男の家庭教師をしていたはずだ」
「まさか! レオが!?」

 まさかここで名前が出てくるとは思わなかった。

 魔術対決をした後にハーピーに襲撃されてしまったし、その後は色々と忙しかったから、家名を聞いてなかった。いや、言い訳はやめよう。調べれば簡単に分かったはずだけど、僕に関係がないと、興味を持たなかっただけだ。

 ベルクレイド家当主、レオ=ベルクレイド。

 もし事件に関わっているのであれば大問題だ。公爵家に関わる付与師を調査していた。彼は立場上、騎士団にも顔が利くので、情報操作されている可能性は高い。

 必要な素材はすでにそろっていて、術者はレオだ。アミーユお嬢様がさらわれてから数時間たっているし、もう時間はないと思って良いだろ。

 まずは兄さんと合流して、騎士団全体にこの情報を流す。そこから人海戦術でレオの居場所を突き止めるのが最善策だ。問題は信じてくれるかだけど、やるしかない!

「情報ありがとう。調べてみるよ」
「疑わないのか?」

 素直に信じた僕を驚くような表情で見上げていた。この質問の答えはすでに出ている。

「国を守った英雄の言葉を疑う人なんていないよ」

 亡くなった仲間のために怒れる彼が、僕を陥れるために嘘をつくとは思えなかった。時間がないという理由もあるけど、自然と信じて行動しようと思えたんだ。

「くそっ、やりずれぇな……屋敷の地下だ。中庭に隠された入り口がある。一年ほど前から、そこで誘拐した人を監禁しているとの噂だ」
「よく知ってるね」
「スラム街の住民ばかり狙われているからな。自衛のために調べた。いつまでも成長しない、無力なままだと思うなよ」

 懐から紙を取り出すと丸めて僕に向けて投げる。
 慌ててつかみ取ると、紙には簡易地図になっていて、貴族エリアの一カ所に赤い丸が描かれていた。

「屋敷の場所だ。失敗したら笑いものにしてやるから、さっさと解決しろ」
「ありがとう」

 今は俺の言葉だけしか言えないけど、この恩は後で返す。そう心に誓いながら、部屋から出て急いで目的地へと向かって走り出した。
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