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笑わぬ虎は、青瞳を愛する。
episódio.11 啸風子、出奔す
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紆余曲折のすえ、無事着地に成功したのは猫科の性質ゆえかはともかく、異変を知覚した物見櫓の番人が警鐘を鳴らし始めたので、啸風子もとうとう国内での駆け込み寺を失ってしまう。
かくなる上は、亡命するしかない。
啸風子は、哨務人の目を盗んで石垣の峻嶺にも似る城壁をよじ登り、ルンブラン公国を踰越する。
追手のかからぬうちに、密林の奥深くまで分け入って行方をくらました。死に物狂いで走りに走れば、ほどなくして精魂尽き果て、歩度すら伸びなくなってしまうのだった。
啸風子は、小股でたどたどしく歩みながら、思案に暮れる。
なにがどうしてこのような顛末になったのか、みずからの境遇に苦悩した。思い当たるふしがあるとすれば、これはやはり擯斥運動で、ゆえは自分が非国民だからに違いない。
案の定、国籍の知れぬ外蕃ごときが公民を気取ってはならぬのだ。いかにして国に尽くそうとも、一度もつれてしまった糸はたやすくはほどけない。自分が啸風子に変貌させられたのは、きっとひそやかなる強制的な国外退去とした追放流刑の処分だったのだろう。
あの半宵、熱愛を明示してくださったタイラント国王も、かくのごとく腹が黒いのだろうか。
啸風子の脳内は、事件の経緯をいかようにつなげてよいかも不可解なつじつま合わせを模索するのに必死であった。
いったいどれほどさまよったか、やがて啸風子がゆくりなくたどり着いた地区は、なんとくだんの大河であった。
広大な流域をへだてた対岸には、例によって聖騎士の集団がうごめいている。その騎士団の中に、既視感のある人物が一人、見受けられた。
白皙に映える青い目の、鼻染の通るバタくさいかんばせの青年だ。上背があり、亜麻色のちぢれ髪はあいかわらず寝癖に乱れている。ロリカ・ハマタに身をつつみ、四寸伸の竹弓と螺鈿の平胡簶をかついでいた。
啸風子は、そのあまりの艶冶性についわれを忘れて、少時視線が釘付けになる。
すると、その気配に感づいた青年も向こう岸の獣類を看取したようで、眸子の丸々としたつぶらな瞳の啸風子を好奇心のうずくにまかせてまじまじと熟視する。
一頭一人の会遇は、すなわち相互による相見の惑溺が共鳴し合うようであった。
かたときののち、トラの御座るにかつがつ気取った他騎士が、警戒してクロスボウをかまえる。ただし、その武備が躬行される寸前に、青年がそのトリガーに手をかけてさえぎり、後刻の殺生を制した。
生ける無実の動物をむやみにあやめてはならないとしていましめたのだろうか、もしやすればこの青年は窮地にある啸風子の助命嘆願をそれとなく解したのかもしれない。
なにしろ、啸風子は、敵人に乞うというのも屈辱とはいえ切羽詰まった現状のいたしかたなしに「助けてくれ」とめくわせて、ワラにすがるようにおはこの眼力で訴えていたのである。それがよもや、こうして伝心することがあろうか。
その証拠に、青年は言語による意思疎通の困難を承知で、一言このように質問を投げた。
「きみ、人は食う?」
もともと人間である啸風子に、カニバリズムの奇癖なんぞあるわけがない。
啸風子は、「とんでもない」と言わんばかりに首を振って否定した。
したらば青年は、実際まさしく啸風子と言葉が通じたので、あきらかに瞠目するのだった。正直、ほんの軽口をたたいたつもりであったようだが、この珍獣の放つ異彩を予感する。
さするに、青年はほがらかに笑った。
「そうか。じゃあ、きみを信じるよ。どこにも行くあてがないになら、ウチにおいで」
青年は、啸風子を追い払わず、あまつさえかみしもを脱いだ。
責務を課せられぬストレートな「信じる」という言辞は、従前の啸風子に語られた名残として活きていただろうか。思うに、啸風子の奪取してきた信頼とやらは、懸命におもねねば得られぬ表層的な眉唾物ばかりだった。
そんな高級品を、この青年はいともやすやすと啸風子にサービスしたのである。啸風子は、かえってかかる青年の心算をかんぐってしげしげと疑った。
悪獣を安易に信用してさようにも優しく愛想をばらまきおってからに、そのうち本気で食っちまうぞと、つい偽悪的な私情を巡らせる。
しかし、青年が真心のこもった屈託のない朗笑を見せるので、みずからの意地悪な感性に忸怩たる思いの生じる啸風子であった。
さてはてとにもかくにも、かような肉食獣の外見では、さしずめ故郷に帰省しようともタイラント国王に合わせる顔がない。
なお、野生としてのハンティング能力もない一頭が、ほとびた樹海でサバイバルに挑戦したところで、空腹のハゲワシについばまれる生贄へと帰する笑劇と化すのがオチである。
逡巡の果て、畢竟するに啸風子はやむをえず青年の厚意に甘えることにした。
かくなる上は、亡命するしかない。
啸風子は、哨務人の目を盗んで石垣の峻嶺にも似る城壁をよじ登り、ルンブラン公国を踰越する。
追手のかからぬうちに、密林の奥深くまで分け入って行方をくらました。死に物狂いで走りに走れば、ほどなくして精魂尽き果て、歩度すら伸びなくなってしまうのだった。
啸風子は、小股でたどたどしく歩みながら、思案に暮れる。
なにがどうしてこのような顛末になったのか、みずからの境遇に苦悩した。思い当たるふしがあるとすれば、これはやはり擯斥運動で、ゆえは自分が非国民だからに違いない。
案の定、国籍の知れぬ外蕃ごときが公民を気取ってはならぬのだ。いかにして国に尽くそうとも、一度もつれてしまった糸はたやすくはほどけない。自分が啸風子に変貌させられたのは、きっとひそやかなる強制的な国外退去とした追放流刑の処分だったのだろう。
あの半宵、熱愛を明示してくださったタイラント国王も、かくのごとく腹が黒いのだろうか。
啸風子の脳内は、事件の経緯をいかようにつなげてよいかも不可解なつじつま合わせを模索するのに必死であった。
いったいどれほどさまよったか、やがて啸風子がゆくりなくたどり着いた地区は、なんとくだんの大河であった。
広大な流域をへだてた対岸には、例によって聖騎士の集団がうごめいている。その騎士団の中に、既視感のある人物が一人、見受けられた。
白皙に映える青い目の、鼻染の通るバタくさいかんばせの青年だ。上背があり、亜麻色のちぢれ髪はあいかわらず寝癖に乱れている。ロリカ・ハマタに身をつつみ、四寸伸の竹弓と螺鈿の平胡簶をかついでいた。
啸風子は、そのあまりの艶冶性についわれを忘れて、少時視線が釘付けになる。
すると、その気配に感づいた青年も向こう岸の獣類を看取したようで、眸子の丸々としたつぶらな瞳の啸風子を好奇心のうずくにまかせてまじまじと熟視する。
一頭一人の会遇は、すなわち相互による相見の惑溺が共鳴し合うようであった。
かたときののち、トラの御座るにかつがつ気取った他騎士が、警戒してクロスボウをかまえる。ただし、その武備が躬行される寸前に、青年がそのトリガーに手をかけてさえぎり、後刻の殺生を制した。
生ける無実の動物をむやみにあやめてはならないとしていましめたのだろうか、もしやすればこの青年は窮地にある啸風子の助命嘆願をそれとなく解したのかもしれない。
なにしろ、啸風子は、敵人に乞うというのも屈辱とはいえ切羽詰まった現状のいたしかたなしに「助けてくれ」とめくわせて、ワラにすがるようにおはこの眼力で訴えていたのである。それがよもや、こうして伝心することがあろうか。
その証拠に、青年は言語による意思疎通の困難を承知で、一言このように質問を投げた。
「きみ、人は食う?」
もともと人間である啸風子に、カニバリズムの奇癖なんぞあるわけがない。
啸風子は、「とんでもない」と言わんばかりに首を振って否定した。
したらば青年は、実際まさしく啸風子と言葉が通じたので、あきらかに瞠目するのだった。正直、ほんの軽口をたたいたつもりであったようだが、この珍獣の放つ異彩を予感する。
さするに、青年はほがらかに笑った。
「そうか。じゃあ、きみを信じるよ。どこにも行くあてがないになら、ウチにおいで」
青年は、啸風子を追い払わず、あまつさえかみしもを脱いだ。
責務を課せられぬストレートな「信じる」という言辞は、従前の啸風子に語られた名残として活きていただろうか。思うに、啸風子の奪取してきた信頼とやらは、懸命におもねねば得られぬ表層的な眉唾物ばかりだった。
そんな高級品を、この青年はいともやすやすと啸風子にサービスしたのである。啸風子は、かえってかかる青年の心算をかんぐってしげしげと疑った。
悪獣を安易に信用してさようにも優しく愛想をばらまきおってからに、そのうち本気で食っちまうぞと、つい偽悪的な私情を巡らせる。
しかし、青年が真心のこもった屈託のない朗笑を見せるので、みずからの意地悪な感性に忸怩たる思いの生じる啸風子であった。
さてはてとにもかくにも、かような肉食獣の外見では、さしずめ故郷に帰省しようともタイラント国王に合わせる顔がない。
なお、野生としてのハンティング能力もない一頭が、ほとびた樹海でサバイバルに挑戦したところで、空腹のハゲワシについばまれる生贄へと帰する笑劇と化すのがオチである。
逡巡の果て、畢竟するに啸風子はやむをえず青年の厚意に甘えることにした。
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