笑わぬ虎は、青瞳を愛する。

ぼんつく地蔵

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笑わぬ虎は、青瞳を愛する。

episódio.12 聖騎士団総長アルコ

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 以降、青年の案内に従い大河の上流にあるべらぼうに老朽化した丸木橋をつたって渡河する。
 それから青年による先導のもと、密林をひたすら直進してついにシェメッシュ小邦へと到着した。

 ほどよく森林のひらけた原野に、なんとも質素なレイヨナン式のパレスがそびえ立っている。ルンブラン公国の大城郭にはあしからず見劣りするが、そのユニークなデザイン性には感銘を受ける。

 関門における入国審査は、顔の利く青年の場合、あたりまえのように木戸御免であった。
 とりたててコネがあるふうでもなしに、さような野暮な騎士殿御とのごがなぜ一丁前にはぶりが良いのかというと、それは青年に挙手敬礼をした一人の番兵の一言二言で解明する。

「おかえりなさいませ、アルコ総長」

 青年の名前は、アルコと言う。シェメッシュ聖騎士団をたばねる総長である。どうりで、全兵が鑽仰さんぎょうするわけだ。
 おおよそ端武者はむしゃだとばかり思っていた啸風子は、青年に征矢を射られた当時同様のごとく、意想外の逆転にアルコの顔面を二度見するのだった。

 ところで、国内にはこぢんまりとした兵舎が一ヶ所しか設置されていない。このしがない兵舎で、総長アルコも下働き要員と起臥きがをともにしている。啸風子は、当面のねぐらとして、そこへ誘導された。
 それにしても、いまひとつ裕福な日常を暮らしたいとは願わぬのだろうか、さなきだに国家経済が貧乏なのだろう。だのに、原始的アニミズムにこだわるからいつまで経っても繁栄しないのだ。
 啸風子の思想には、やや偏見が目立つ。

 次いで、兵舎までいざなわれた啸風子だったが、垂下の帷幕いばくを前にして急に立ち止まり、門臥し覚悟で座り込んだ。
 かりにアルコがこないなケダモノを幕内にまで招待するような寛大な人柄であっても、騎士生活圏が虎毛の汚穢に侵食されてはさぞかし大迷惑であろう。先方がいかなる土人であろうが、無作法のないエチケットだけはわきまえている啸風子であった。

 ただ、対者に配慮する啸風子とは裏腹に、これのふるまいをご覧じたアルコは、そこはかとなく困惑した表情を浮かべた。

「きみ、外は寒いよ」

 果然、アルコは啸風子の尻に圧力をかけて、このケダモノをいやおうなきままに幕内へとこじ入れてしまうのだった。転がされた啸風子が阿保面で「さしったり」と検討しているうちに、アルコが帷幕を閉鎖する。
 啸風子は、不承不承の上目遣いで幕内に封入されるものの、その目尻はおぼろげに下がっていた。単に兵舎に入構できたのが嬉しかったのではない、アルコの強引なまでのおひとよしな人品からにじみ出るユーモアがなんとも可憐で可笑しかったのだ。

 啸風子は、とりあえず手狭な兵舎の四隅の一角を寝床と定めて、よそよそしく香箱を組む。
 本国に追われる立場として心情はあまり休まらぬが、一時的ではあれど命の狙われない今だけは気分はやすらかであった。

 ややあって、兵団へのトラ同居に関する説明かたがた就寝点呼を済ませたアルコが、深夜と言うにいっさいまどろまない啸風子のとなりへ安座する。

「自己紹介をしていなかったね。僕はアルコ、シェメッシュ聖騎士団の総長だ。よろしく」

 そのようにあいさつするアルコは、千載一遇のえにしにして将来の友好関係をつむぐに必要な締結を成立させるべく、握手を交わそうと左手を差しのべた。
 その矢枕は、普段竹弓につがえた鷲矢を射る際に、親指の母指球に装着しているのであろう指押手による摩擦ゆえか、ひどく赤らびていて痛ましい。啸風子は、外観優美に見える射手の苦心を、少しだけ察した。

 そうしてアルコと手を握り合うに寸陰応じかけた啸風子であったが、組んだ香箱をさらに固める。辺境民と気安く馴れ合いはせぬとばかりに、アルコにはとりすました形相を送りつけた。
 啸風子が呼応しない様子をうかがって、こやつがその気ではないことを悟ったアルコは、しょうがなしに手掌を引っ込めて裾口でいつとはなく染みていた手汗を拭く。

 つかのまの沈黙のあと、再びアルコが口火を切った。

「きみ、名前は?さすがにわからんか」

 人間を襲わぬ啸風子ゆえにそのための手厳しい調教を仕込まれているとも考察したが、口輪首輪のひとつも召していないありさまでは皆目見当がつかない。生粋からして人肉嗜食を好まぬ野生獣か、それとも本当に愛玩虎で鎖を噛みちぎって脱走してきたのか、アルコはこの啸風子の本性を見破りかねた。
 いずれにせよ、いくらトラでも人間をしょくさぬに越したことはない。

 アルコは、またおおらかに笑った。

「じゃあ、きみは今日からルーだ。いいね、ルーだよ。ルー」

 アルコは、啞声で名乗れない啸風子に代わり、新しいいみなを命名するのだった。
 ルーと名付けられた啸風子は、依然としてノーリアクションであったが、その口元はまんざらでもなさげに多少はほころんでいるかのようであった。
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