笑わぬ虎は、青瞳を愛する。

ぼんつく地蔵

文字の大きさ
26 / 35
笑わぬ虎は、青瞳を愛する。

episódio.26 生還したとある人種

しおりを挟む
 ルンブラン公国のコンセントリック・キャッスルたるカーテンウォールは、万里の長城のごとくである。

 しののめ、鬼門にあたる搦手からめての楼閣に、フードをかぶった小柄な地侍らしきなにがしかが訪ねてきた。盤石として封ぜられた門扉の片隅にて衛視している数名の番卒がうかがうに、その地侍の面貌は、かんむるフードによる逆光のせいでよく視認できない。
 いよいよ不審に思った番卒の一人が、討捨うちすてにかかろうとしたとき、地侍がまびさしに手をかけてフードを脱ぐ。さすれば、この素顔たるやあの失踪せしキドンであったので、番卒はあわてて納刀した。

 あやうく切捨御免の被害に遭うところであったキドンの、いかにも釈然としない狐目にたいそう睨まれた番卒は、ただただひたすらに腰を折って陳謝する。
 むろん、それを笑って許すキドンではない。キドンは、叩頭することはなはだしく、ひいては切腹しかねない番卒を、石仏のようにスルーした。

 ともかくして、門扉の内側より、上部切妻造きりづまづくりの屋根裏の滑車から巻き取った鉄鎖を、大型の手動式ボビンで引き回してもらわねば、この落とし格子はひらかない。
 キドンは、重ね重ね平謝りの番卒の尻を足で小突き、開門合図の銅鐸を鳴らすようせかした。番卒はそそくさと走っていき、銅鐸のクラッパーを揺らす。

 するに、鐘鳴を聞きつけた夜警の隊士およそ二十人が集合し、急いでボビンの槓杆こうかんを回転させて落とし格子をまくり上げた。
 かくも暮夜の明けようとする時間になにごとぞと迷惑千万に思う隊士に十人であるが、開扉先にての将帥の立ち姿を見るなり一転してみなともども仰天するのだった。うち一人が都心のカンパニーレへ激走し、吊鐘を三度ほど、間をあけてもう三度ほど音色を街中に響かせる。帰洛せし福音の告知である。

 これにまっさきに機微なる衝迫で反応鋭敏に寝覚めて両目を剥いたのは、キドン蒸発以来の近頃夢寐むびの浅きにかねがね気苦労の絶えなかった国王タイラントであった。
 タイラント国王はシルクローブのナイトウェアのまま、羽毛布団を蹴り飛ばして跳ね起きると、臥房がぼうの板戸も施錠された鍵なんぞを右ねじに回す手間さえ惜しんでちからずくでこじ破って開け放つ。そうして、大理石の階段を駆け降りること全力疾走、城閣を抜け出してカンパニーレへ向かった。

 すると同じく、入城してカンパニーレにて待機していたと思われるキドンの様子が遠目ながらに目視できるが、すでにその周囲は隊士数十人でひしめき合っており、さらに一層重ねて街中の野次馬が殺到中の大混雑を極めるありさまであった。タイラント国王は、さような雑踏をかき分け押し越し、キドンのもとへとひた走る。
 そしてついに恋焦がれたキドンと対面するや、その面相をよくよく確認せずして、間髪もなくその身をしがみつくようにして抱きしめるのだった。

「よくぞ戻った!」

 タイラント国王の随喜の涙に常時ながらなんの応答も返って来ぬあたり、このキドンたる地侍は本物のキドンであること明白にいなむべからざる。タイラント国王は、この無言静粛なるキドンのにどれほど未練の尾を引いたかわからない。
 今かようにして再会を果たすは父なる神のおぼし召しなるばかりと思いて、当夜こそは日頃しぶしぶと浄財を捧げている司祭へ感謝の念に染み入るタイラント国王であった。

 一方、隊士の大半は、一国のすこぶる重要な即戦力たるキドンの生還せし今宵を、ことさら愁眉をひらいて喜び合った。
 されにしも、キドンという一人の人間の生存に対して万歳を掲げているよりは、一戦に不可欠な手楯を再取得できたことに関しての愉楽にひたっているように見える。
 キドンが一個人の尊厳をあまり配慮されないのは、一刀の凶刃として消耗品にすぎない忠節国士隊の一員だからというには、いささか解せぬ断片もある。だが、それも一理あるからして、ややはらわたに残りしわだかまりはきっぱりと閑却するのだった。

 また、キドンの帰着に素直に歓喜する野次馬の中には、それをまがまがしく鼻を曲げる白人主義者なども混じっていた。そやつらは、キドンの耳にうすらぼんやり届く程度で、罵詈雑言のブーイングを、つばを飛ばして吐き散らすのだった。
 そのメンツといえば、黄肌のキドンが忠節国士隊の将帥に陞任しょうにんしたときにも、亜州あしゅうの外来種ごときがなんたる下剋上なるよの反吐が出るわと誹謗したやからでもあった。
 キドンの若干乾燥気味な生肌の、黄色おうしょくなることになにぞや恨み申す宿縁しゅくえんでもあるのだろうか。

 猛獣にしてトラの啸風子でも滞在を許容してくれたシェメッシュ小邦に反し、ルンブラン公国では同類の人間でさえ肌色ひとつ異なるだけで受け入れてもらえない。
 もっとも、タイラント国王はさようにケチ臭きにあらず、キドンとふたたびあいまみえたことには涕泣ていきゅうするほど切実に感慨無量といったところではあるが。タイラント国王の御高庇なるにそれが潔白であることこそ確実なりて、これに関してはいくばくか安堵するキドンであった。

 ただ、シェメッシュ小邦にて公明正大に安逸をむさぼり誰しもに愛されて暮らしたぶん、ルンブラン公国における露骨辛辣な排外的差別視がより浮き彫りになって垣間見える。
 普段であれば馬耳東風と聞き流すはずのささいな悪口とて、本日に限ってはキドンの自尊心にいくばくかのダメージをうがたせた。

 ただ少々首筋に寒気を覚えたのは、どうして行方不明になったのかというキドンへの単純な疑問を、タイラント国王含めみなして誰も唱えずいぶかしがりすらしなかったということだ。
 もしやすれば、この城市全体は、なにかの拍子にどこぞから漏洩したキドン失踪の理由を、暗黙のうちに知っているのかもしれない。はたまた、単に興味がないだけなのだろうか。

 ともかく、啸風子の呪縛から解放され、こうして故郷に帰って来られたのだから、これ以上に喜ばしき吉事はない。
 キドンは、ときおりのところどころで悶々としながらも、帰郷の欣幸に専念するのであった。

 あとあと聞くに、モーティナ王妃はすでにまかり去られていた。
 風の噂では、その死因は首吊り自殺であったという。キドンが啸風子の呪いをかけられた翌日のことで、遺書はなかった。
 当日のモーティナ王妃は、夫タイラントに改まって永劫変わらぬ愛の告白をしたという。しかし、タイラント国王はさように健気な皇后の思いの丈を無下にあしらい、加うるには「ドブねずみの赤子はまだかね」と冷笑したのだった。モーティナ王妃の首吊り自殺に至った要因は、疑う余地なく明白であろう。
 おそらくモーティナ王妃は、タイラント国王の寵愛するキドンさえ葬れば、その慕情は一身に自分が受けるものと思っていたに違いあるまい。しかしその見当が外れたので、みずから命を絶ったわけだ。かかる一連に、タイラント国王はさも後悔をにじませるように、のちほど粛々とおこなわれた妻の葬祭には涙を流して憂いたという。啸風子のまじないは、モーティナ王が土葬されたのを機として解けたのであろう。
 まこと、悲劇なことである。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

上司、快楽に沈むまで

赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。 冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。 だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。 入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。 真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。 ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、 篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」 疲労で僅かに緩んだ榊の表情。 その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。 「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」 指先が榊のネクタイを掴む。 引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。 拒むことも、許すこともできないまま、 彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。 言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。 だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。 そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。 「俺、前から思ってたんです。  あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」 支配する側だったはずの男が、 支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。 上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。 秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。 快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。 ――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。

従僕に溺愛されて逃げられない

大の字だい
BL
〈従僕攻め×強気受け〉のラブコメ主従BL! 俺様気質で傲慢、まるで王様のような大学生・煌。 その傍らには、当然のようにリンがいる。 荷物を持ち、帰り道を誘導し、誰より自然に世話を焼く姿は、周囲から「犬みたい」と呼ばれるほど。 高校卒業間近に受けた突然の告白を、煌は「犬として立派になれば考える」とはぐらかした。 けれど大学に進学しても、リンは変わらず隣にいる。 当たり前の存在だったはずなのに、最近どうも心臓がおかしい。 居なくなると落ち着かない自分が、どうしても許せない。 さらに現れた上級生の熱烈なアプローチに、リンの嫉妬は抑えきれず――。 主従なのか、恋人なのか。 境界を越えたその先で、煌は思い知らされる。 従僕の溺愛からは、絶対に逃げられない。

秘花~王太子の秘密と宿命の皇女~

めぐみ
BL
☆俺はお前を何度も抱き、俺なしではいられぬ淫らな身体にする。宿命という名の数奇な運命に翻弄される王子達☆ ―俺はそなたを玩具だと思ったことはなかった。ただ、そなたの身体は俺のものだ。俺はそなたを何度でも抱き、俺なしではいられないような淫らな身体にする。抱き潰すくらいに抱けば、そなたもあの宦官のことなど思い出しもしなくなる。― モンゴル大帝国の皇帝を祖父に持ちモンゴル帝国直系の皇女を生母として生まれた彼は、生まれながらの高麗の王太子だった。 だが、そんな王太子の運命を激変させる出来事が起こった。 そう、あの「秘密」が表に出るまでは。

青龍将軍の新婚生活

蒼井あざらし
BL
犬猿の仲だった青辰国と涼白国は長年の争いに終止符を打ち、友好を結ぶこととなった。その友好の証として、それぞれの国を代表する二人の将軍――青龍将軍と白虎将軍の婚姻話が持ち上がる。 武勇名高い二人の将軍の婚姻は政略結婚であることが火を見るより明らかで、国民の誰もが「国境沿いで睨み合いをしていた将軍同士の結婚など上手くいくはずがない」と心の中では思っていた。 そんな国民たちの心配と期待を背負い、青辰の青龍将軍・星燐は家族に高らかに宣言し母国を旅立った。 「私は……良き伴侶となり幸せな家庭を築いて参ります!」 幼少期から伴侶となる人に尽くしたいという願望を持っていた星燐の願いは叶うのか。 中華風政略結婚ラブコメ。 ※他のサイトにも投稿しています。

闇に咲く花~王を愛した少年~

めぐみ
BL
―暗闇に咲き誇る花となり、その美しき毒で若き王を  虜にするのだ-   国を揺るがす恐ろしき陰謀の幕が今、あがろうとしている。 都漢陽の色町には大見世、小見世、様々な遊廓がひしめいている。 その中で中規模どころの見世翠月楼は客筋もよく美女揃いで知られて いるが、実は彼女たちは、どこまでも女にしか見えない男である。  しかし、翠月楼が男娼を置いているというのはあくまでも噂にすぎず、男色趣味のある貴族や豪商が衆道を隠すためには良い隠れ蓑であり恰好の遊び場所となっている。  翠月楼の女将秘蔵っ子翠玉もまた美少女にしか見えない美少年だ。  ある夜、翠月楼の二階の奥まった室で、翠玉は初めて客を迎えた。  翠月を水揚げするために訪れたとばかり思いきや、彼は翠玉に恐ろしい企みを持ちかける-。  はるかな朝鮮王朝時代の韓国を舞台にくりひげられる少年の純愛物語。

告白ごっこ

みなみ ゆうき
BL
ある事情から極力目立たず地味にひっそりと学園生活を送っていた瑠衣(るい)。 ある日偶然に自分をターゲットに告白という名の罰ゲームが行われることを知ってしまう。それを実行することになったのは学園の人気者で同級生の昴流(すばる)。 更に1ヶ月以内に昴流が瑠衣を口説き落とし好きだと言わせることが出来るかということを新しい賭けにしようとしている事に憤りを覚えた瑠衣は一計を案じ、自分の方から先に告白をし、その直後に全てを知っていると種明かしをすることで、早々に馬鹿げたゲームに決着をつけてやろうと考える。しかし、この告白が原因で事態は瑠衣の想定とは違った方向に動きだし……。 テンプレの罰ゲーム告白ものです。 表紙イラストは、かさしま様より描いていただきました! ムーンライトノベルズでも同時公開。

邪神の祭壇へ無垢な筋肉を生贄として捧ぐ

BL
鍛えられた肉体、高潔な魂―― それは選ばれし“供物”の条件。 山奥の男子校「平坂学園」で、新任教師・高尾雄一は静かに歪み始める。 見えない視線、執着する生徒、触れられる肉体。 誇り高き男は、何に屈し、何に縋るのか。 心と肉体が削がれていく“儀式”が、いま始まる。

敗戦国の王子を犯して拐う

月歌(ツキウタ)
BL
祖国の王に家族を殺された男は一人隣国に逃れた。時が満ち、男は隣国の兵となり祖国に攻め込む。そして男は陥落した城に辿り着く。

処理中です...