のんびり契約結婚のはずが、王太子妃になってしまいました。

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「ディートハルト様、大丈夫ですか！？」


ディートハルト様は近づく私のほうへ振り向き、心配そうな顔つきのまま再び猫に目をやりました。


「通りかかったら、この猫が倒れていたんだ。よく城に入ってくる猫でね、僕はぶち丸と呼んでるんだ」


「無事ですか？　生きてますか？」


「うん。足が折れてるみたいだけど、息はあるよ。どこかをつたって歩いているときに滑っちゃったのかな」


シルヴィア様の部屋は二階にあり、それなりの高さがありました。そこから落とされたのですから、いかに上手く着地できようと怪我してしまうのは当然です。

私はこのとき、ぶち丸と呼ばれている猫がなぜここで倒れているのか、事情を話そうか話すまいか悩みました。もしディートハルト様もシルヴィア様のことを溺愛しているなら、真実を告げることはすなわちシルヴィア様を悪く言うことにつながってしまいます。嫁いだばかりなのに、軋轢を生みたくないと思いました。



私はひとまず「手当てをします。このままではかわいそうです」と申し上げ、後ろをついてきていたナディエに「包帯と医療具を持ってきて」とお願いしました。

するとディートハルト様はほっとしたように顔をほころばせ、「君は猫に詳しいのかい？」と聞いてきました。

「詳しいというほどではないかもしれませんが、弱った猫をよく保護していたので……手当てには慣れています」

ディートハルト様は「そうなのか、すごいね」と言ってうんうんうなずきながら、「やっぱり君はとても優しくて、素敵な人だね」と続けました。

猫を助ける人間＝優しい、であるのかはわかりませんが、私はナディエの持ってきてくれた包帯でぶち丸の応急処置をしました。



ぶち丸の痛ましい姿を気の毒に感じたディートハルト様は、ご自身の部屋でぶち丸を看病すると決めたました。

このとき初めて、私はディートハルト様の部屋に招かれたのです。結婚して間もないからしかたないとも言えるのですが、ずっと入れていませんでした。とても質素で品が良いお部屋です。ケバケバしい高級品ばかり置いていたシルヴィア様の部屋とは対照的でした。

私はたかぶる気持ちを抑えつつ、ぶち丸のベッドや囲いを作ることに集中しました。共にぶち丸のために処置や用意をしていくうちに、ディートハルト様も私もとても動物好きだとわかりました。「また共通点が一個増えたね」と嬉しそうにするディートハルト様を見て、（ああ、この人が私の旦那様になったのだな……）とうっとりしてしまいました。



「そういえば今日君はシルヴィアと会う予定じゃなかったっけ？」



ぶち丸の処置が一通り終わりお茶を頂いていたときに、ディートハルト様がふと思い出したように私にこう尋ねました。

私は（言う必要ないかな）と思いつつも、やはりシルヴィア様のあの憎たらしい顔が脳裏に浮かび、今日あった出来事を話そうと決めました。


「実は、ディートハルト様に会う前にシルヴィア様とお話しました。なかなか……厳しいご挨拶を受けてしまいました」


意外なことに、ディートハルト様に驚いた様子はありませんでした。むしろ予想通りといった雰囲気です。


「それはすまなかったね。シルヴィアは君にひどいことを言わなかったかい？　根は悪くないと信じてるんだが……子どもっぽさが抜けなくてね。今年やっと結婚できる歳になったのだけど、心配だよ……」


「シルヴィア様は……その……動物がお嫌いなのですか？」


「いや、僕と同じで、好きだって聞いてるよ。でも動物が近くにいるとくしゃみが出ちゃうみたいで、いつもくしゃみをしては笑ってるよ」


私はそれを聞いて黙ってしまいました。やはりシルヴィア様は大好きなディートハルト兄様のために無理をしているのです。好きな人の前で繕ってしまう気持ちはわかるので、その点に関しては同情的になりました。


ディートハルト様は、うつむいた私の顔を覗き込みました。


「シルヴィアと何かあったの？　大丈夫？」