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4 アリアの手紙 4/5
雨の日の寒い夕方のことでした。
私はセリーヌに招かれて、彼女の部屋を訪れていました。部屋の窓には無数の雨粒が窓ガラスを激しく叩きつけており、その一粒一粒が窓越しにはっきりと雨音を生んでいました。
「あいつ、変な噂を立てられて、本当に何を考えているのかしら。いや、何も考えていないからこんな事態になったのね」
セリーヌは怒りに満ちた声でそう言い放つと、ティーカップを乱暴にテーブルに置き、ソファにどさりと身を投げました。
二人きりの空間では子どもの頃のように無邪気に何でも話せるのですが、この日は明らかに様子が違っていました。
彼女の表情には率直な怒りだけではなく、混乱と不安が見え隠れしていました。普段は感情をシンプルに表現するセリーヌなのに、怒りの裏に隠れた不安の影が、その瞳を覆っているように見えました。
ひとまず何の話をしているのかわからなかった私は、「どうかしたの? あいつって誰?」と尋ねました。
セリーヌは私をじっと見た後、私が本当に何も知らないことを察して言いました。
「もちろんフィリップのことよ。あいつ……元婚約者の、あのジョセフィーヌと一緒にいたらしいわよ。誰かが見たのよ。あの人とは家の事情とかなんとかで破談になったはずなのに」
ジョセフィーヌはフィリップが私と婚約する前に婚約していた方です。修道院学校には通っていませんでしたし、一度もお会いしたことはありません。詳細は知りませんが、フィリップの家の事情で婚約解消になったということだけは知っていました。
セリーヌの声には、親友が裏切られた悔しさみたいなものがにじみ出ていました。彼女は友達思いの熱い人で、いつも自分の身になってこちらのことを考えてくれます。
私は唐突にフィリップのことを聞かされたので、ともかく事実を確認しようとしました。
「具体的には何をしていたの? 話してただけ?」
「舞踏会で何度も一緒に踊ったらしいわよ。ジョセフィーヌのほうから積極的に体をくっつけて、何やら楽しそうに話していたって。それを見た誰かが、まるで二人がまだ関係を持っているかのような噂を流したのよ。フィリップはアリアと婚約してるっつうの!」
突然なことではありましたが、セリーヌからフィリップのことを聞かされても、ほとんどショックを受けていない自分に驚きました。まるで他人事のように(ああ、そうですか。で?)という感じで、むしろセリーヌの怒りの大きさに見合っていない出来事な気がして、拍子抜けしたほどです。
私は半分、投げやりだったと思います。
「セリーヌ、それだけで彼を疑うのは早すぎるわ。舞踏会だったらいろんな方と踊るわけだし、それだけでジョセフィーヌと関係を持っているという証拠にはならないわ」
セリーヌに対してなんとなくフィリップをかばっている自分が可笑しくなりました。セリーヌと私の反応はまるであべこべです。
「噂を立てられるっていうだけで脇が甘いのよ! アリアと婚約しているのに、本当にしょうがないやつね! もしかしてアリアと婚約してからもこっそり会っていたんじゃないかしら。ジョセフィーヌの家は最近の飢饉でピンチになってるっていうし、フィリップはその弱みにつけこんで……」
「セリーヌ! 確かなことがわからないのに、妄想を膨らませないでよ! 休日だって私たちはよく遊んでるし、フィリップにそんな様子なかったでしょ? 勘違いじゃないかしら?」
フィリップはセリーヌのことが好きなのだから、婚約破棄したジョセフィーヌとわざわざ関係を続けるメリットがありません。よほどフィリップが性欲に取り憑かれていれば別ですが、そもそも彼は大人しく穏やかな人なので、派手な浮気は想像できませんでした。隠し事が下手なのに愛人を作るなんて話……ないですよね?
夕方の雨はさらに激しさを増し、その雨音はセリーヌの怒りとともに部屋に響いていました。
「アリア、あなたも舐められちゃいけないと思うわ。貴族社会はメンツが命。わたしたちももう子どもじゃないのよ。侮辱されたと思ったら、闘わないと! まだ婚約段階なんだから、間に合うわ」
「間に合うって、何が間に合うのよ」
「当然、婚約破棄に決まってるでしょ! やってやろうじゃないの!」セリーヌはほとんど叫ぶように言いました。
「いやいや、大げさにしすぎよ! フィリップも何か訳があってジョセフィーヌと話していたのかもしれないし」
「甘いわ! アリアは優しすぎるのよ。まあ……そこがいいところでもあるんだけど……。とにかく! アリアを裏切るなんてわたしが許さない。パパにも協力してもらって、徹底的にフィリップを追い込んでやるんだから!」
私はセリーヌに招かれて、彼女の部屋を訪れていました。部屋の窓には無数の雨粒が窓ガラスを激しく叩きつけており、その一粒一粒が窓越しにはっきりと雨音を生んでいました。
「あいつ、変な噂を立てられて、本当に何を考えているのかしら。いや、何も考えていないからこんな事態になったのね」
セリーヌは怒りに満ちた声でそう言い放つと、ティーカップを乱暴にテーブルに置き、ソファにどさりと身を投げました。
二人きりの空間では子どもの頃のように無邪気に何でも話せるのですが、この日は明らかに様子が違っていました。
彼女の表情には率直な怒りだけではなく、混乱と不安が見え隠れしていました。普段は感情をシンプルに表現するセリーヌなのに、怒りの裏に隠れた不安の影が、その瞳を覆っているように見えました。
ひとまず何の話をしているのかわからなかった私は、「どうかしたの? あいつって誰?」と尋ねました。
セリーヌは私をじっと見た後、私が本当に何も知らないことを察して言いました。
「もちろんフィリップのことよ。あいつ……元婚約者の、あのジョセフィーヌと一緒にいたらしいわよ。誰かが見たのよ。あの人とは家の事情とかなんとかで破談になったはずなのに」
ジョセフィーヌはフィリップが私と婚約する前に婚約していた方です。修道院学校には通っていませんでしたし、一度もお会いしたことはありません。詳細は知りませんが、フィリップの家の事情で婚約解消になったということだけは知っていました。
セリーヌの声には、親友が裏切られた悔しさみたいなものがにじみ出ていました。彼女は友達思いの熱い人で、いつも自分の身になってこちらのことを考えてくれます。
私は唐突にフィリップのことを聞かされたので、ともかく事実を確認しようとしました。
「具体的には何をしていたの? 話してただけ?」
「舞踏会で何度も一緒に踊ったらしいわよ。ジョセフィーヌのほうから積極的に体をくっつけて、何やら楽しそうに話していたって。それを見た誰かが、まるで二人がまだ関係を持っているかのような噂を流したのよ。フィリップはアリアと婚約してるっつうの!」
突然なことではありましたが、セリーヌからフィリップのことを聞かされても、ほとんどショックを受けていない自分に驚きました。まるで他人事のように(ああ、そうですか。で?)という感じで、むしろセリーヌの怒りの大きさに見合っていない出来事な気がして、拍子抜けしたほどです。
私は半分、投げやりだったと思います。
「セリーヌ、それだけで彼を疑うのは早すぎるわ。舞踏会だったらいろんな方と踊るわけだし、それだけでジョセフィーヌと関係を持っているという証拠にはならないわ」
セリーヌに対してなんとなくフィリップをかばっている自分が可笑しくなりました。セリーヌと私の反応はまるであべこべです。
「噂を立てられるっていうだけで脇が甘いのよ! アリアと婚約しているのに、本当にしょうがないやつね! もしかしてアリアと婚約してからもこっそり会っていたんじゃないかしら。ジョセフィーヌの家は最近の飢饉でピンチになってるっていうし、フィリップはその弱みにつけこんで……」
「セリーヌ! 確かなことがわからないのに、妄想を膨らませないでよ! 休日だって私たちはよく遊んでるし、フィリップにそんな様子なかったでしょ? 勘違いじゃないかしら?」
フィリップはセリーヌのことが好きなのだから、婚約破棄したジョセフィーヌとわざわざ関係を続けるメリットがありません。よほどフィリップが性欲に取り憑かれていれば別ですが、そもそも彼は大人しく穏やかな人なので、派手な浮気は想像できませんでした。隠し事が下手なのに愛人を作るなんて話……ないですよね?
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「間に合うって、何が間に合うのよ」
「当然、婚約破棄に決まってるでしょ! やってやろうじゃないの!」セリーヌはほとんど叫ぶように言いました。
「いやいや、大げさにしすぎよ! フィリップも何か訳があってジョセフィーヌと話していたのかもしれないし」
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