10 / 20
9 セリーヌの手紙 3/5
しおりを挟む
わたしは動揺のあまり、言葉を発することができませんでした。アリアのほうを見ると、そこにいるのはいつもの穏やかなアリアで、怒っているとか、悲しんでいるといった様子はありません。
心臓にひんやりと氷が触れたような気がしました。
アリアは弱々しく肩をすくめながら、微笑んでいます。優しい雰囲気なのに目を合わせてくれない感じが、その時のわたしには怖かったです。つい黙ってしまいました。
アリアはわたしが困っていることに気づき、焦った様子で手を振りました。
「あ、ごめんね! そんなに真剣にとらえないで! それに……いいのよ。もしフィリップがセリーヌのことを好きだったとしてもね。フィリップは私のことを婚約者として尊重してくれていると思うし、軽はずみなことはしないと思う。私は政略結婚に愛を求める気はないしね……」
わたしはアリアの声にほんの少しですが、震えがあるように思いました。無理をして、自分に言い聞かせているような感じです。
親友として、アリアを励まさないといけないと思いました。
「アリア、初めからそんなに悲観的じゃダメよ。確かに親の都合で結婚させられるんだから、気に食わない男を連れて来られることも世の中にはあると思う。でも結婚前から愛人を認めるなんて、男をつけあがらせるだけ。確かに愛人を作る人もいるけど、作らない人のほうが多いって叔母様は言ってた。家庭内に無駄な不和を生むと、家が安定しないからとか」
アリアは目をつむって微笑んでいました。一瞬泣いているのかなと心配したのですが、泣いてはいませんでした。
「勘違いしないで。私はフィリップに愛人を作ってほしいわけじゃないわ。ただ、もしその相手がセリーヌだったらと考えると……納得しちゃうなあって思って」
身体に悪いタイプの「ドキッ」がわたしを襲います。アリアからの勘違いだけは何としても避けたかったです。
「変なこと言わないでよ! わたしにはガブリエル様がいるし、月に二度くらいは会ってるの。かっこいいし賢いから、わたしは親に感謝してるほどよ。政略結婚にかこつけてイケメンをゲットできたわ!」
この時、自分でもわかるほど不自然な大声でアリアに返事してしまった記憶があります。アリアに誤解されるのだけが怖くて、ざわざわする気持ちを懸命に落ち着かせようとしました。
アリアはわたしの手を握ってくれました。アリアの手は思ったより冷たくて、どうしてこんなに冷たいんだろうと思い、アリアを見ました。
アリアはただ小刻みにうなずいていました。
「ガブリエル様のことが好きなのね、よかった。ガブリエル様が羨ましいなあ。だってセリーヌみたいな女の人、絶対にお嫁さんにしたいもの」
わたしはアリアの優しい声に胸をなでおろしました。
「それはこっちのセリフよ。わたしだって許されるならアリアと結婚したい」
アリアは満面の笑みを見せてくれました。表裏のない、彼女らしい純真な笑顔です。
「残念だったわね、セリーヌ! 私は婚約者と毎日のように愛を深めているわ。修道院学校に入れて運がよかったなと今でも思うのよ。いつも見守ってくれてありがとね、これからもよろしくね!」
空元気なのか、嘘なのか、それとも本心で思っているのか、わたしはアリアがわからなくなりました。”いつものわたしたち”という輪郭をなぞる言葉しか出てきませんでした。
「そうよね! 学校で婚約者と毎日のように会えるなんて、アリアは幸せ者ね! もしフィリップが浮気するようなことがあれば、わたしが絶対に許さないから。パパの権力だろうがなんだろうが全部使って、アリアを守る」
わたしは初めてアリアに対して貴族的な会話をしてしまいました。友達どうしの気遣いとは別物の、もっと乾燥した会話です。
この日以来、わたしはアリアを失うのが急に怖くなりました。わたしの表面的な会話がばれて、絶交されてしまうのではないかと恐れたのです。
そして、か細い神経しか持たないわたしは、ついに過ちを犯してしまいました。
心臓にひんやりと氷が触れたような気がしました。
アリアは弱々しく肩をすくめながら、微笑んでいます。優しい雰囲気なのに目を合わせてくれない感じが、その時のわたしには怖かったです。つい黙ってしまいました。
アリアはわたしが困っていることに気づき、焦った様子で手を振りました。
「あ、ごめんね! そんなに真剣にとらえないで! それに……いいのよ。もしフィリップがセリーヌのことを好きだったとしてもね。フィリップは私のことを婚約者として尊重してくれていると思うし、軽はずみなことはしないと思う。私は政略結婚に愛を求める気はないしね……」
わたしはアリアの声にほんの少しですが、震えがあるように思いました。無理をして、自分に言い聞かせているような感じです。
親友として、アリアを励まさないといけないと思いました。
「アリア、初めからそんなに悲観的じゃダメよ。確かに親の都合で結婚させられるんだから、気に食わない男を連れて来られることも世の中にはあると思う。でも結婚前から愛人を認めるなんて、男をつけあがらせるだけ。確かに愛人を作る人もいるけど、作らない人のほうが多いって叔母様は言ってた。家庭内に無駄な不和を生むと、家が安定しないからとか」
アリアは目をつむって微笑んでいました。一瞬泣いているのかなと心配したのですが、泣いてはいませんでした。
「勘違いしないで。私はフィリップに愛人を作ってほしいわけじゃないわ。ただ、もしその相手がセリーヌだったらと考えると……納得しちゃうなあって思って」
身体に悪いタイプの「ドキッ」がわたしを襲います。アリアからの勘違いだけは何としても避けたかったです。
「変なこと言わないでよ! わたしにはガブリエル様がいるし、月に二度くらいは会ってるの。かっこいいし賢いから、わたしは親に感謝してるほどよ。政略結婚にかこつけてイケメンをゲットできたわ!」
この時、自分でもわかるほど不自然な大声でアリアに返事してしまった記憶があります。アリアに誤解されるのだけが怖くて、ざわざわする気持ちを懸命に落ち着かせようとしました。
アリアはわたしの手を握ってくれました。アリアの手は思ったより冷たくて、どうしてこんなに冷たいんだろうと思い、アリアを見ました。
アリアはただ小刻みにうなずいていました。
「ガブリエル様のことが好きなのね、よかった。ガブリエル様が羨ましいなあ。だってセリーヌみたいな女の人、絶対にお嫁さんにしたいもの」
わたしはアリアの優しい声に胸をなでおろしました。
「それはこっちのセリフよ。わたしだって許されるならアリアと結婚したい」
アリアは満面の笑みを見せてくれました。表裏のない、彼女らしい純真な笑顔です。
「残念だったわね、セリーヌ! 私は婚約者と毎日のように愛を深めているわ。修道院学校に入れて運がよかったなと今でも思うのよ。いつも見守ってくれてありがとね、これからもよろしくね!」
空元気なのか、嘘なのか、それとも本心で思っているのか、わたしはアリアがわからなくなりました。”いつものわたしたち”という輪郭をなぞる言葉しか出てきませんでした。
「そうよね! 学校で婚約者と毎日のように会えるなんて、アリアは幸せ者ね! もしフィリップが浮気するようなことがあれば、わたしが絶対に許さないから。パパの権力だろうがなんだろうが全部使って、アリアを守る」
わたしは初めてアリアに対して貴族的な会話をしてしまいました。友達どうしの気遣いとは別物の、もっと乾燥した会話です。
この日以来、わたしはアリアを失うのが急に怖くなりました。わたしの表面的な会話がばれて、絶交されてしまうのではないかと恐れたのです。
そして、か細い神経しか持たないわたしは、ついに過ちを犯してしまいました。
75
あなたにおすすめの小説
悪役令嬢は永眠しました
詩海猫(8/29書籍発売)
ファンタジー
「お前のような女との婚約は破棄だっ、ロザリンダ・ラクシエル!だがお前のような女でも使い道はある、ジルデ公との縁談を調えてやった!感謝して公との間に沢山の子を産むがいい!」
長年の婚約者であった王太子のこの言葉に気を失った公爵令嬢・ロザリンダ。
だが、次に目覚めた時のロザリンダの魂は別人だった。
ロザリンダとして目覚めた木の葉サツキは、ロザリンダの意識がショックのあまり永遠の眠りについてしまったことを知り、「なぜロザリンダはこんなに努力してるのに周りはクズばっかりなの?まかせてロザリンダ!きっちりお返ししてあげるからね!」
*思いつきでプロットなしで書き始めましたが結末は決めています。暗い展開の話を書いているとメンタルにもろに影響して生活に支障が出ることに気付きました。定期的に強気主人公を暴れさせないと(?)書き続けるのは不可能なようなのでメンタル状態に合わせて書けるものから書いていくことにします、ご了承下さいm(_ _)m
【完結】婚約破棄はしたいけれど傍にいてほしいなんて言われましても、私は貴方の母親ではありません
すだもみぢ
恋愛
「彼女は私のことを好きなんだって。だから君とは婚約解消しようと思う」
他の女性に言い寄られて舞い上がり、10年続いた婚約を一方的に解消してきた王太子。
今まで婚約者だと思うからこそ、彼のフォローもアドバイスもしていたけれど、まだそれを当たり前のように求めてくる彼に驚けば。
「君とは結婚しないけれど、ずっと私の側にいて助けてくれるんだろう?」
貴方は私を母親だとでも思っているのでしょうか。正直気持ち悪いんですけれど。
王妃様も「あの子のためを思って我慢して」としか言わないし。
あんな男となんてもう結婚したくないから我慢するのも嫌だし、非難されるのもイヤ。なんとかうまいこと立ち回って幸せになるんだから!
【完結】私を捨てて駆け落ちしたあなたには、こちらからさようならを言いましょう。
やまぐちこはる
恋愛
パルティア・エンダライン侯爵令嬢はある日珍しく婿入り予定の婚約者から届いた手紙を読んで、彼が駆け落ちしたことを知った。相手は同じく侯爵令嬢で、そちらにも王家の血筋の婿入りする婚約者がいたが、貴族派閥を保つ政略結婚だったためにどうやっても婚約を解消できず、愛の逃避行と洒落こんだらしい。
落ち込むパルティアは、しばらく社交から離れたい療養地としても有名な別荘地へ避暑に向かう。静かな湖畔で傷を癒やしたいと、高級ホテルでひっそり寛いでいると同じ頃から同じように、人目を避けてぼんやり湖を眺める美しい青年に気がついた。
毎日涼しい湖畔で本を読みながら、チラリチラリと彼を盗み見ることが日課となったパルティアだが。
様子がおかしい青年に気づく。
ふらりと湖に近づくと、ポチャっと小さな水音を立てて入水し始めたのだ。
ドレスの裾をたくしあげ、パルティアも湖に駆け込んで彼を引き留めた。
∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞
最終話まで予約投稿済です。
次はどんな話を書こうかなと思ったとき、駆け落ちした知人を思い出し、そんな話を書くことに致しました。
ある日突然、紙1枚で消えるのは本当にびっくりするのでやめてくださいという思いを込めて。
楽しんで頂けましたら、きっと彼らも喜ぶことと思います。
『婚約破棄はご自由に。──では、あなた方の“嘘”をすべて暴くまで、私は学園で優雅に過ごさせていただきます』
佐伯かなた
恋愛
卒業後の社交界の場で、フォーリア・レーズワースは一方的に婚約破棄を宣告された。
理由は伯爵令嬢リリシアを“旧西校舎の階段から突き落とした”という虚偽の罪。
すでに場は整えられ、誰もが彼女を断罪するために招かれ、驚いた姿を演じていた──最初から結果だけが決まっている出来レース。
家名にも傷がつき、貴族社会からは牽制を受けるが、フォーリアは怯むことなく、王国の中央都市に存在する全寮制のコンバシオ学園へ。
しかし、そこでは婚約破棄の噂すら曖昧にぼかされ、国外から来た生徒は興味を向けるだけで侮蔑の視線はない。
──情報が統制されている? 彼らは、何を隠したいの?
静かに観察する中で、フォーリアは気づく。
“婚約破棄を急いで既成事実にしたかった誰か”が必ずいると。
歪んだ陰謀の糸は、学園の中にも外にも伸びていた。
そしてフォーリアは決意する。
あなた方が“嘘”を事実にしたいのなら──私は“真実”で全てを焼き払う、と。
【完結】私が愛されるのを見ていなさい
芹澤紗凪
恋愛
虐げられた少女の、最も残酷で最も華麗な復讐劇。(全6話の予定)
公爵家で、天使の仮面を被った義理の妹、ララフィーナに全てを奪われたディディアラ。
絶望の淵で、彼女は一族に伝わる「血縁者の姿と入れ替わる」という特殊能力に目覚める。
ディディアラは、憎き義妹と入れ替わることを決意。
完璧な令嬢として振る舞いながら、自分を陥れた者たちを内側から崩壊させていく。
立場と顔が入れ替わった二人の少女が織りなす、壮絶なダークファンタジー。
義母と義妹に虐げられていましたが、陰からじっくり復讐させていただきます〜おしとやか令嬢の裏の顔〜
reva
ファンタジー
貴族の令嬢リディアは、父の再婚によりやってきた継母と義妹から、日々いじめと侮蔑を受けていた。
「あら、またそのみすぼらしいドレス? まるで使用人ね」
本当の母は早くに亡くなり、父も病死。残されたのは、冷たい屋敷と陰湿な支配。
けれど、リディアは泣き寝入りする女じゃなかった――。
おしとやかで無力な令嬢を演じながら、彼女はじわじわと仕返しを始める。
貴族社会の裏の裏。人の噂。人間関係。
「ふふ、気づいた時には遅いのよ」
優しげな仮面の下に、冷たい微笑みを宿すリディアの復讐劇が今、始まる。
ざまぁ×恋愛×ファンタジーの三拍子で贈る、スカッと復讐劇!
勧善懲悪が好きな方、読後感すっきりしたい方にオススメです!
【完結】婚約破棄?勘当?私を嘲笑う人達は私が不幸になる事を望んでいましたが、残念ながら不幸になるのは貴方達ですよ♪
山葵
恋愛
「シンシア、君との婚約は破棄させてもらう。君の代わりにマリアーナと婚約する。これはジラルダ侯爵も了承している。姉妹での婚約者の交代、慰謝料は無しだ。」
「マリアーナとランバルド殿下が婚約するのだ。お前は不要、勘当とする。」
「国王陛下は承諾されているのですか?本当に良いのですか?」
「別に姉から妹に婚約者が変わっただけでジラルダ侯爵家との縁が切れたわけではない。父上も承諾するさっ。」
「お前がジラルダ侯爵家に居る事が、婿入りされるランバルド殿下を不快にするのだ。」
そう言うとお父様、いえジラルダ侯爵は、除籍届けと婚約解消届け、そしてマリアーナとランバルド殿下の婚約届けにサインした。
私を嘲笑って喜んでいる4人の声が可笑しくて笑いを堪えた。
さぁて貴方達はいつまで笑っていられるのかしらね♪
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる