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番外編 アドルフのその後
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俺はかつて伯爵家の跡取り息子だった。親父と仕事も始めていたし、順調だったんだ。
でも、リディアと出会ってからすべてが変わってしまった。
婚約者のクロエはいい人だったし、幼なじみで親しかった。でもリディアはクロエとは真逆の、危険な匂いのする女。それに惹かれてしまい……結果的にすべてを失ってしまった。振り返ってみると、どうしてあんな女に入れ込んでいたのだろう。よく見ればブサイクだし、話も合わなかった。俺はただ自分にかまってくれる女を好きになっていただけなのかもしれない。相手に魅力なんて感じてなかったんだ。
今さら後悔をしても遅いけど、後悔しかできない人生になった。前を見ても明るい展望はないから、ひたすら昔の思い出に浸るしかなかった。離縁して夜は全然眠れなくなって、枕を顔に押し当てて叫びながら迎えた朝もあった。
新婚のために買った家も手放して、クロエの家に支払う慰謝料にあてた。俺は親父やおふくろに見放され、居場所をなくした。結局実家も追い出された。昔は「いつでも実家なんて出て行ってやる」と思っていたが、いざ住む家もなく出ていくと、どこに行けばいいのかわからない。悲しかった。心細かった。
ひとまず俺は一日歩けば辿り着ける外れの街に行った。本当は王都に行きたかったけど、知り合いが多くて無理だと思った。こんなみすぼらしい姿、誰にも見られたくない。友達の顔も浮かんだけど、どうせ俺なんかリディアがそうしたように、また見捨てられる。いや、相手にすらしてくれないだろう。なんとなくそれだけはわかった。
外れの街での生活は、俺の想像以上に厳しかった。何軒も探して小さな部屋を借りるのがやっとだった。よりによって、よそ者を嫌う街だった。でももう手持ちの金もないので、とどまるしかなかった。選択肢がない。
仕事は日雇いの労働者として荷物を運ぶことから始めた。かつての貴族としての威厳や教育は、この新しい環境では何の役にも立たなかった。毎日が生きるための闘いで、常に腹が減っている。かつての食卓の美味しい肉料理を何度も思い出した。
街のやつらはなぜかわからないが、俺を一目で貴族の落ちぶれ者と見抜いていた。どう思われようが、しかたなかった。知り合いに会わないだけましだった。面識のない下層民のことなんてどうでもよかった。たまに同情的なやつもいたが、ほとんどは嘲笑を浴びせてきた。お前らだって底辺の生活を送っているくせに、どうして俺のことを笑う?
日雇いの肉体労働は俺には無理だとすぐにわかった。体力がない。だから弟子募集の張り紙を見て、陶器作りを始めた。でも、親方に言われたことができず、身につかなかった。できなくて何度も殴られて、悔しい気持ちをバネにしたつもりだったけど、それでもだめだった。「お前みたいに才能がない男は初めて見た」とまで言われてしまった。
次に試したのは革細工。これも身につかない。注文はほとんど入らず、諦めた。そもそも手作業で何かを作るのに向いていないのはわかったけど、金を稼ぐ必要があった。衣服の修繕や木工、さらには鍛冶仕事にも手を出したが、どれも成功せず、俺は次第に街の最底辺に追いやられていった。もう街にまともな居場所はなかった。
そしてとうとう借金をするようになり、当たり前のように返せなくなった。間借りしていた部屋まで追い出されて、暗くて湿った地下や廃屋を転々とした。貴族が没落したどころの話ではなく、庶民を没落したやつらがそこにはいた。人生のどこかで道を踏み外し、社会から見放されたやつらの巣窟。臭くて、汚くて……簡単に言うと、”終わりの場所”かな。落ちるところまで落ちたという感じだった。
最低層の浮浪者どもは、そもそもコミュニケーションもまともに取れなかった。それでも協力し合わないと死ぬから、協力し合う。廃材で作った火を囲んで暖を取る。やつらの会話内容は、炊き出しがいつ行われるかとか、いかに物乞いをするかとか、そんなこと。俺はもう人と話す気力も失った。気がつけば、立派な一員になっていた。
恥を忍んでもう一度実家に行こうかとも思ったし、せめて王都に行けないかと思った。
でも、遅かった。俺は浮浪者に靴を盗まれそうになって揉み合いになった時、足を捻挫した。腫れが治らなくて、そのままになっている。歩くことすらままならず、俺は浮浪者から施しを受けるようになった。治す薬もないし、起きる気力もない。
ああ、もう考える力もないや。
リディアといた時の俺の性衝動って、何だったんだろう。今は何も感じないのに――あの時は心臓に巣食う悪魔のように、俺を突き動かしていた。
時間を巻き戻せたらなあ。
クロエと婚約していたあの頃に……。
でも、リディアと出会ってからすべてが変わってしまった。
婚約者のクロエはいい人だったし、幼なじみで親しかった。でもリディアはクロエとは真逆の、危険な匂いのする女。それに惹かれてしまい……結果的にすべてを失ってしまった。振り返ってみると、どうしてあんな女に入れ込んでいたのだろう。よく見ればブサイクだし、話も合わなかった。俺はただ自分にかまってくれる女を好きになっていただけなのかもしれない。相手に魅力なんて感じてなかったんだ。
今さら後悔をしても遅いけど、後悔しかできない人生になった。前を見ても明るい展望はないから、ひたすら昔の思い出に浸るしかなかった。離縁して夜は全然眠れなくなって、枕を顔に押し当てて叫びながら迎えた朝もあった。
新婚のために買った家も手放して、クロエの家に支払う慰謝料にあてた。俺は親父やおふくろに見放され、居場所をなくした。結局実家も追い出された。昔は「いつでも実家なんて出て行ってやる」と思っていたが、いざ住む家もなく出ていくと、どこに行けばいいのかわからない。悲しかった。心細かった。
ひとまず俺は一日歩けば辿り着ける外れの街に行った。本当は王都に行きたかったけど、知り合いが多くて無理だと思った。こんなみすぼらしい姿、誰にも見られたくない。友達の顔も浮かんだけど、どうせ俺なんかリディアがそうしたように、また見捨てられる。いや、相手にすらしてくれないだろう。なんとなくそれだけはわかった。
外れの街での生活は、俺の想像以上に厳しかった。何軒も探して小さな部屋を借りるのがやっとだった。よりによって、よそ者を嫌う街だった。でももう手持ちの金もないので、とどまるしかなかった。選択肢がない。
仕事は日雇いの労働者として荷物を運ぶことから始めた。かつての貴族としての威厳や教育は、この新しい環境では何の役にも立たなかった。毎日が生きるための闘いで、常に腹が減っている。かつての食卓の美味しい肉料理を何度も思い出した。
街のやつらはなぜかわからないが、俺を一目で貴族の落ちぶれ者と見抜いていた。どう思われようが、しかたなかった。知り合いに会わないだけましだった。面識のない下層民のことなんてどうでもよかった。たまに同情的なやつもいたが、ほとんどは嘲笑を浴びせてきた。お前らだって底辺の生活を送っているくせに、どうして俺のことを笑う?
日雇いの肉体労働は俺には無理だとすぐにわかった。体力がない。だから弟子募集の張り紙を見て、陶器作りを始めた。でも、親方に言われたことができず、身につかなかった。できなくて何度も殴られて、悔しい気持ちをバネにしたつもりだったけど、それでもだめだった。「お前みたいに才能がない男は初めて見た」とまで言われてしまった。
次に試したのは革細工。これも身につかない。注文はほとんど入らず、諦めた。そもそも手作業で何かを作るのに向いていないのはわかったけど、金を稼ぐ必要があった。衣服の修繕や木工、さらには鍛冶仕事にも手を出したが、どれも成功せず、俺は次第に街の最底辺に追いやられていった。もう街にまともな居場所はなかった。
そしてとうとう借金をするようになり、当たり前のように返せなくなった。間借りしていた部屋まで追い出されて、暗くて湿った地下や廃屋を転々とした。貴族が没落したどころの話ではなく、庶民を没落したやつらがそこにはいた。人生のどこかで道を踏み外し、社会から見放されたやつらの巣窟。臭くて、汚くて……簡単に言うと、”終わりの場所”かな。落ちるところまで落ちたという感じだった。
最低層の浮浪者どもは、そもそもコミュニケーションもまともに取れなかった。それでも協力し合わないと死ぬから、協力し合う。廃材で作った火を囲んで暖を取る。やつらの会話内容は、炊き出しがいつ行われるかとか、いかに物乞いをするかとか、そんなこと。俺はもう人と話す気力も失った。気がつけば、立派な一員になっていた。
恥を忍んでもう一度実家に行こうかとも思ったし、せめて王都に行けないかと思った。
でも、遅かった。俺は浮浪者に靴を盗まれそうになって揉み合いになった時、足を捻挫した。腫れが治らなくて、そのままになっている。歩くことすらままならず、俺は浮浪者から施しを受けるようになった。治す薬もないし、起きる気力もない。
ああ、もう考える力もないや。
リディアといた時の俺の性衝動って、何だったんだろう。今は何も感じないのに――あの時は心臓に巣食う悪魔のように、俺を突き動かしていた。
時間を巻き戻せたらなあ。
クロエと婚約していたあの頃に……。
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