上 下
1 / 1

浮気の手紙で、愛は消え去ってしまったのでしょうか?

しおりを挟む
ラヴィアール伯爵と、彼の妻アデリーヌは、豪華な邸宅に住み、その権威は国の広範囲に及んでいた。三人の子どもにも恵まれ、誰もが彼らの幸せを疑っていなかった。

しかしある日、アデリーヌは夫の不貞の噂を耳にした。彼が、公爵の娘マリアンヌと不適切な関係にあるというのだ。アデリーヌは悲しみに打ちのめされつつも、夫を問い詰めようと決意した。

月明かりだけが広大な邸宅を照らす中、アデリーヌは薄暗い廊下を進み、夫の部屋を訪れた。

「あなた……話があるの」

ラヴィアールは本のページをめくる手を止め、眠たげな視線をアデリーヌに移した。

「何か悩み事でもあるのかい? いやにあらたまっているね」

「私たちは誓いを交わし、神の前で夫婦となりました。でも、噂によればあなたは、マリアンヌという女性と……」アデリーヌの声は震えていた。最後まで言い切ることができなかった。

ラヴィアールは動揺を見せたが、すぐに穏やかな表情を作った。

「アデリーヌ、それは誤解だ。マリアンヌと僕はただの友人だよ」

とっさに言い訳したものの、ラヴィアールはついにこの日が来てしまったかという後悔でいっぱいだった。わかりきっていた未来であったが、それがまさか今日来るとは思っていなかった。彼にとって未来は、ただ現実になってほしくないというわがままの化身でしかなかった。今の彼の心には、妻へ心から言い訳したいという気持ちと、義務感から言い訳せざるをえないという気持ちとが混ざり合っていた。

アデリーヌは、ラヴィアールの口調に初めて聞くような弱々しさ、迷いを感じ取った。それは夫婦を十年以上続け、彼と共に生活をしてきた彼女だからこそわかるものだった。彼女は納得できなかった。

「あなたがマリアンヌに宛てた手紙を、私は見てしまいました。あなたの言葉、あなたの筆跡、その全てが私を……裏切っていたわ」

アデリーヌは手に持っていた手紙をラヴィアールに見せた。その手紙は洒落た包装がなされており、ただの友人に宛てた手紙とは到底思えないものだった。ラヴィアールのサインが、力強い筆致で刻まれている。

ラヴィアールは息を呑んだ。一瞬、時が止まったかのような沈黙が部屋を包んだ。マリアンヌ宛の手紙を、妻が従者から取り上げたのだろうと推測した。彼は少し考えた後、ゆっくりと言葉を選ぶようにして、アデリーヌに語った。

「それは確かに僕の手紙だ。けど、その真意を君に説明したい。マリアンヌと僕は友人だ。彼女は、父親の公爵様を亡くしたばかりなんだよ。この世界に対して、孤独と絶望を感じている。手紙をやり取りしているのは、ただ彼女の心を慰めるためさ。浮気などという下劣な行為を僕がするわけがない。君こそ、僕の心の唯一だ」

アデリーヌは夫の言葉をじっと聞いていた。その瞳には悲しみと疑念が重なり、まるで暗い海に浮かぶ月のように揺れ動いていた。だが同時に、彼女の心の奥底には理解も見えた。夫の言葉に耳を傾け、その真実を探ろうとした。だがその真実は、手が触れられない深海のように、彼女に遠く感じられた。彼女は夫を愛しており、彼が言っていることを信じたいと思っていた。しかし、手紙の中身は何でもないような言葉の連なりだったからこそ、彼女はマリアンヌという女性への嫉妬に苦しめられたのだった。

「あなたを信じたいわ、ラヴィアール。でも、あなたの心がどこにあるのか、私には分からない。私たちの愛がどうなってしまったのか……私には分からない」

ラヴィアールはアデリーヌの言葉に心臓が裂けるような思いがし、言葉を失った。彼は自分の心がどこへ向かおうとしているのか、自分でも確信が持てなかった。愛する妻を裏切るつもりはなかったが、マリアンヌとの関係が深まるにつれ、その境界が曖昧になっていた。

「アデリーヌ、僕は……僕は……」

彼の言葉は途切れた。彼はただ、アデリーヌの悲しみを見て、自分の無力さに押し潰された。



それからの日々、二人の間には微妙な距離が生まれた。

ラヴィアールはマリアンヌとの関係を断ったものの、アデリーヌへの罪悪感と愛情で葛藤した。彼は何度も鏡の前で、自分自身を見つめながら、本当に大切なものは何なのかと深く考えた。そして彼はついに自身の過ちと向き合い、妻と子どもたちこそ最大の宝なのだと再認識した。

一方、アデリーヌは、夫がもはやマリアンヌと繋がりを持っていないと知っていながらも、心のもやもやがなくならなかった。彼女は結婚初期の無垢な愛が失われたことを悼んだ。子どもたちには夫の裏切りを明かさなかったけれど、父親と母親が急に不仲になった様子を見て、彼らも何かがおかしいと勘づいていた様子だった。しかしアデリーヌは子どもたちには関わりのない話だと割り切り、ラヴィアールを半分は許して、家庭生活を営んだ。彼女は夫に対する怒り、失望、そして裏切られたという感情をすべて認め、その上で、彼を再び信じてみることにした。

夫婦はまず、夜に静かに二人で話をする時間を持つことにした。仕事、社交、家庭、子どもたちのことで忙殺される日々の中で、互いの心の中を正直に語り合い、気持ちを知る時間とした。そうして夫婦は、互いの間に生じた距離を少しずつ縮めていった。

ラヴィアールとマリアンヌの愛は、無邪気な喜びに満ちたものから、深みと理解に満ちたものへと変化した。それは、愛が時間の流れと共に変化し、成長し、時には痛みを伴うという真実を映し出していた。

確かに、手紙が露わにした真実を知る前の、安穏とした夫婦生活には戻らなかったかもしれない。しかし、アデリーヌはラヴィアールの愛を感じ続けていたし、妻として夫を愛し続けるよう努めた。結婚当初のような愛情とは違ったものだったとしても、それもまた一つの愛のかたちだった。彼らは互いを新たな光で見つめ直すことで、再び愛の絆を育んだのであった。
しおりを挟む

この作品の感想を投稿する

1 / 5

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

助けてと泣く座敷童は不幸を呼ぶ

キャラ文芸 / 完結 24h.ポイント:21pt お気に入り:0

極悪チャイルドマーケット殲滅戦!四人四様の催眠術のかかり方!

現代文学 / 連載中 24h.ポイント:298pt お気に入り:35

月が導く異世界道中

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:58,127pt お気に入り:53,917

処理中です...