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第一幕
5 人さらい
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図体のデカい男は、足が遅いらしい。もう遠くへ行ってしまったかもしれない、と必死に走ったシェララだったが、程なくして男の背中を捕らえていた。
物陰から様子を伺うと、どうやら男は村外れに向かっているらしいのだが、人目を避けて選んだ路地は地元民でも迷う程入り組んでいるため、迷っているようでキョロキョロと辺りを見回している。シェララは道すがら拝借してきた、店の裏手に置かれていた一本のホウキを握り締めた。
「待て!」
男に向かって声をかけると、ゆっくりとした動作で男は振り返る。その死角から飛び出したシェララは、ホウキの柄の先で相手の脇腹を突いた。
痛みによろめく男の肩から、少女の体がずり落ちる。その瞬間、少女の体を半ばひったくるように抱え込み、シェララは自分の体を反転させ、少女ごと地面に倒れた。
背中に走る痛みに息が詰まる。しかし、なんとか少女を抱え起こすと、こちらを振り向く男と対峙した。
「なんだぁ……? さっきの坊主か?」
少女の兄だと思ったのだろう。しかし、しばらくシェララを凝視した男は判別はつかなかったようで、長いため息をついた。
「早く頭のとこに戻んなきゃなんねぇのに……」
ぶつぶつと呟きながら、男はゆっくりとシェララたちに近付いてくる。シェララは震えて声もでない少女を背に隠し、小さな声で少女に問いかけた。
「走れる?」
シェララの服を掴んでくる少女の手にそっと触れると、視界の端で少女が小さく頷いたのが見えた。本当は怖くて動けないはずだ。しかし、彼女を守りながらこの男と戦う余裕はない。
なんとしても彼女だけは助けなければ。その思いから、シェララは優しく少女に指示をする。
「合図したら男の左をとにかく走り抜けて。そしたら、大通りへ向かうの。道は分かる?」
また少女が頷く。それを見て、シェララは微笑んだ。
「偉いね。じゃあ、大通りへ出たら、近くの家に助けを求めて。お願いできる?」
「お兄ちゃん……」
「お兄ちゃんは大丈夫。きっとあなたを待ってるから、力一杯走って?」
もう男との距離は間近だ。じりじりと後ずさっていたシェララと少女の背に、壁が迫っている。
「大人しくしろ、怪我はさせるなって言われてるんだ」
男の言葉に怪我をさせないように捕まえようと、間合いを取っていることが知れる。シェララは腕が届くかという位置で立ち止まった男に、立ち上がる際に握りしめていた砂を思い切り投げ付けた。
「走って!」
「くっ……このっ……!」
目に命中した砂に、視界を奪われた男がよろめいたと同時に少女の背を軽く押す。半ばつんのめるように駆け出した少女を捕らえようと伸ばされた男の腕を、ホウキの柄で叩き落とした。
「ぐっ!」
少女がこちらを振り返る。不安げな少女に微笑んでみせ、シェララは走るように目で促した。
「くっそ……いってぇ……」
目に入った砂を取ろうともがく男の背後に回るようにして、シェララは少女が走り去った広場の出口に背を向けた。この男の足なら、このまま逃げても良いかもしれない。けれど、そのまま逃がしてしまってはまた同じことの繰り返しだ。それに先程のこの男の言葉が気になっていた。
『早く頭のとこに戻んなきゃなんねぇのに……』
つまり、人さらいはこの男の単独犯ではない。この男を使う『頭』の存在を押さえなくてはならないのだ。だからこそ、せめて知らせを受けた自警団だ来るまでは時間稼ぎをしようと決めた。ところが。
背後で聞こえた小さな悲鳴。その声に思わず振り返ったシェララは、自分が甘かったことを思い知った。
物陰から様子を伺うと、どうやら男は村外れに向かっているらしいのだが、人目を避けて選んだ路地は地元民でも迷う程入り組んでいるため、迷っているようでキョロキョロと辺りを見回している。シェララは道すがら拝借してきた、店の裏手に置かれていた一本のホウキを握り締めた。
「待て!」
男に向かって声をかけると、ゆっくりとした動作で男は振り返る。その死角から飛び出したシェララは、ホウキの柄の先で相手の脇腹を突いた。
痛みによろめく男の肩から、少女の体がずり落ちる。その瞬間、少女の体を半ばひったくるように抱え込み、シェララは自分の体を反転させ、少女ごと地面に倒れた。
背中に走る痛みに息が詰まる。しかし、なんとか少女を抱え起こすと、こちらを振り向く男と対峙した。
「なんだぁ……? さっきの坊主か?」
少女の兄だと思ったのだろう。しかし、しばらくシェララを凝視した男は判別はつかなかったようで、長いため息をついた。
「早く頭のとこに戻んなきゃなんねぇのに……」
ぶつぶつと呟きながら、男はゆっくりとシェララたちに近付いてくる。シェララは震えて声もでない少女を背に隠し、小さな声で少女に問いかけた。
「走れる?」
シェララの服を掴んでくる少女の手にそっと触れると、視界の端で少女が小さく頷いたのが見えた。本当は怖くて動けないはずだ。しかし、彼女を守りながらこの男と戦う余裕はない。
なんとしても彼女だけは助けなければ。その思いから、シェララは優しく少女に指示をする。
「合図したら男の左をとにかく走り抜けて。そしたら、大通りへ向かうの。道は分かる?」
また少女が頷く。それを見て、シェララは微笑んだ。
「偉いね。じゃあ、大通りへ出たら、近くの家に助けを求めて。お願いできる?」
「お兄ちゃん……」
「お兄ちゃんは大丈夫。きっとあなたを待ってるから、力一杯走って?」
もう男との距離は間近だ。じりじりと後ずさっていたシェララと少女の背に、壁が迫っている。
「大人しくしろ、怪我はさせるなって言われてるんだ」
男の言葉に怪我をさせないように捕まえようと、間合いを取っていることが知れる。シェララは腕が届くかという位置で立ち止まった男に、立ち上がる際に握りしめていた砂を思い切り投げ付けた。
「走って!」
「くっ……このっ……!」
目に命中した砂に、視界を奪われた男がよろめいたと同時に少女の背を軽く押す。半ばつんのめるように駆け出した少女を捕らえようと伸ばされた男の腕を、ホウキの柄で叩き落とした。
「ぐっ!」
少女がこちらを振り返る。不安げな少女に微笑んでみせ、シェララは走るように目で促した。
「くっそ……いってぇ……」
目に入った砂を取ろうともがく男の背後に回るようにして、シェララは少女が走り去った広場の出口に背を向けた。この男の足なら、このまま逃げても良いかもしれない。けれど、そのまま逃がしてしまってはまた同じことの繰り返しだ。それに先程のこの男の言葉が気になっていた。
『早く頭のとこに戻んなきゃなんねぇのに……』
つまり、人さらいはこの男の単独犯ではない。この男を使う『頭』の存在を押さえなくてはならないのだ。だからこそ、せめて知らせを受けた自警団だ来るまでは時間稼ぎをしようと決めた。ところが。
背後で聞こえた小さな悲鳴。その声に思わず振り返ったシェララは、自分が甘かったことを思い知った。
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