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第二幕

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 廊下まで漂ってきた香ばしい香りに、ギルバートはポケットの懐中時計を取り出した。指し示されていた時刻は、あと少しで正午を迎える時分。彼はポケットに時計を戻すと、香りの出所である厨房へと足を向けた。

「まぁ……美味しい!」

「本当? 良かった」

 厨房から聞こえてきたのは、若い女性たちのはしゃぐ声。今まで静まり返っていた屋敷に最近になって響くようになった楽しげな声に、ギルバートの頬が緩みかけた。しかし、すぐに無表情に戻った彼は、厨房へ足を踏み入れ、軽く咳払いをした。

「お嬢様方、つまみ食いですか?」

「ギルバート様! こ、これは、味見ですっ!」

 突如現れたギルバートに慌てふためくのは、二年前、この屋敷にやって来たメイドのリラ。そして、その横で口に頬張ったばかりのものを必死に飲み込もうとしているのは、ギルバートと同じく、幼い頃から住み込みで仕えているメイドのライラだ。
 そして、オーブンから最後の鉄板を取り出し、こちらに笑顔を向けたのは、一ヶ月前にこの屋敷にやって来た少女、シェララ・スターリンクだった。

「ギルさんも味見、いかがですか?」

 ギルバートを愛称で呼び、にこやかに焼きたての一口パイを差し出してきた良家のお嬢様に、彼は小さく首を振った。

「いえ、私は……」

「そんなにこと言わず、まだ試行錯誤中でいろんな人の意見が聞きたいんです。だから、お願いします」

 目の前に差し出された見るからに美味しそうなパイ。そして、それを差し出す少女の屈託のない笑顔に、ギルバートはとうとう折れて、手渡されたパイを口に運んだ。

「……美味しい。これは、メディカの実ですか?」

「あ、当たりです。実は、メディカの実を荒微塵切りにしてパイで包んでみたんです。お茶菓子にいいでしょう?」

 口の中に広がる甘酸っぱい味。メディカの実はグロース国の特産で、小さな三角の実が特徴だ。種も小さく、実と一緒に食べられるほどで大半はそのまま潰してソースにしたり、ジャムにして主食であるパンに塗って食べる。
 ジャムにすると大量の砂糖を加えるため、甘いものが得意ではないギルバートの口には合わないが、塩気の利いたパイとメディカの実本来の甘酸っぱさがちょうどよかった。

「ギルバート様がこれなら食べやすいんじゃないかって、シェララ様が考案されたんですよ」

 ライラの言葉にギルバートは驚いてシェララを見た。すると、彼女は照れ臭そうに笑う。

「ギルさん、ジャムのパイはあまり手に取られないでしょう? でも、メディカの実自体はお好きみたいだったから、ジャムにする前にパイに入れたらダメかしらって……お気に召したなら良かったです」

 シェララの言葉に、ギルバートは目を丸くする。この少女はここへ来てからと言うもの、自分たちのことを良く見てくれている。
 最初は心配と緊張でギクシャクしていた自分たちが、この短期間で自然に接することができたのも、彼女の気配りがあったからだ。しかし、だからこそ、また別の不安にギルバートはかられてしまう。
 その原因は何を隠そう、彼らの主であるアルバース・ロズウェルのことだった。
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