5 / 12
5
しおりを挟む
「っっ」
一瞬というべき0.01秒間。その0.01秒だけは、2人だけの世界があった。多分。
あなたは……………………………忘れもしない。あなたは………。
脱力感の最高潮にある愛奈は、膝から崩れて、ひざまづいた。うつ伏せになったスマートフォンに、転がり続けるリップクリームは、そこらの石ころにしか感じられなかった。頭の中が真っ白だ。顔を見て少し、ぼやけはじめていた記憶が、すっかり鮮明にかたどられた。そうだ、この人は……。
男とぶつかって3秒後のことだった。胸の高鳴りが倍増した。苦しい。おさまってくれ。
「すいません、本当に」
男はスマホを拾い上げ、画面を確認した。
「割れてる……」
画面は弾を撃ち込まれた防弾ガラスのように、ヒビが入っていた。
「弁償します、」
男は財布をポケットからあたふたと出した。愛奈は声が出ず、あぁ、あぁと適当な返しを続けていた。男の言っていたセリフはほとんど耳に入っていない。やがて、男は弁償しようと現金を差し出そうとしていることに気づいた。
「いや、そんな大金は・・・」
男は、じゃあどうすれば……といった表情を見せた。すると、愛奈は口が勝手に動く。
「ご飯でもご馳走してください」
そんな話あるものか。見ず知らず(関係上は)の男と、食事…………?有り得ない。今の言葉は、自分の意思に反したのか否か。どちらとも言えなかった。それを区別するにはやるせない気持ちでいっぱいになった。そんな言葉を放った自分に、愛奈は驚いていた。そして、半ば呆れていた。男も少々驚いた顔をしていた。その表情で正解だ。しかし、一拍置いた後に彼が出した答えは、Yesだった。まさか。普通断らないかと男の用心の浅さが見えた。私がどこの誰かもわからないのに。
「どこへ行きますか」
「えっ?」
「ちょうどお昼時ですし、どこでも構わないです」
「どこでもって・・・」
頭の中に数々の飲食店を思い浮かべた。どこがいいだろうかと考えている間に、お腹が鳴った。しかしここでは、それを恥じる必要はない。そんな軽い音は人混みや車の群れが巻き起こすノイズに掻き消されるからだ。鳴っているのは愛奈しか知らない。
「うーん、どこにしたら・・・」
駄目だ、この世界には飲食店が多すぎて選び出せない。頭の中に候補を上げるのをやめ、愛奈は辺りを見渡した。すると、先ほど渡った横断歩道の向こうにファストフード店が見えた。そこでいいや………。スマホの金額とは釣り合わない店という事に少し迷いを感じたが、辺りを見渡す限りそこしかなかった。
「そこで・・・」
愛奈はファストフード店を指差して言った。
「おっけーです」
男はホッとしているだろうな。もし、私が高級料理店の名前を出していたら、どんな顔をしただろうか。その時の顔を想像して愛奈はクスッと笑った。
「何故笑うんです?」
「いいえ、何も」
男の端整な顔立ちの中にはどこかあどけなさが感じられた。ぶつかって3分。自分が今奇跡のような体験をしていることに実感を持ち始めた。あの人と、今私は話している…………。まさか、まさか、まさか本当に会えるなんて。この1週間その事をずっと夢に思っていた。でも今日会えるなんて、夢にも思ってはいなかった。幸せ。そう感じた。3分前、男の顔を見た時、奇跡への恐怖すら感じた。仮想現実、という言葉がよぎった。むしろそっちの方が納得のいく考えだった。そんな彼と、今から一緒に昼食を………。1週間前の自分に教えてあげたくなった。まぁ、信じはしないだろうな。
横断歩道渡った2人はファストフード店の自動ドアを抜けた。
「あそこ、空いてます」
男はテーブル席を指差した。その後各々の食べたい物を頼み、ファストフードらがテーブルの上に並んだ。愛奈はテリヤキバーガーを。男はチーズバーガーを。ハンバーガーからただれる照り焼きソースが光沢を放つ。そして何よりこの店内の匂いは食欲をそそる。しかし2人はテーブルにモノが並んでもそれに手をつけなかった。
「た、たべましょう。いただきます」
謎の空白を男が突き破ってくれた。この時愛奈は、心の中、くだらない葛藤があった。「え、食べないの? なんでじっと座って下向いてるの! 私が先に食べ始めるべきなの? もしかして………具合でも悪いの? もぅ、どーするのよこの状況!」といった、くだらない葛藤を。しかし彼がやっと放った一言で葛藤は終結を迎えた。もっと早く言いなさいよ、もう。
「君はーいくつなの?」
「17です」
「え、未成年? とても見えないな」
「何、それ。老けてるって言いたいんですかー?」
「ち、ちがうよ。大人っぽいって言いたかったんだ、ごめんよ」
「それもイヤ」
男は頭をぽりぽりと書いた。女の子って難しいなぁと顔が言っている。
「あなたは・・・何歳の人?」
「21だよ」
げっ。4歳も上だ、大人だ。背丈は高いが、ギリギリ19とかそんなものかなと思っていた。
その後、お互いの基本的なインフォメーションを明かし合った。テーブルの上が空になっても、口は止まらなかった。…………楽しかった。何故だろう、何故こんなにも話しが合うのだろう。何故私も、こんなに楽しそうに話せるのだろう。相手は、初対面の相手なのに。愛奈の頭に、軽々しく、運命という言葉が往来していた。いけない、いけない。一体私は何を考えている。
「愛奈さん、もうそろそろ出ないと。用事があるんだ」
「あっ」
愛奈は、"待って"と言おうとしたその口をつぐんだ。ここで別れたら、合うことなんて二度とない。それには確証がある。
「電話番号・・・聞いても・・・」
それが、つぐんだ口を開いた次に出た言葉だった。あぁ、私の愚か者め。おかしいだろう、そんな話。
「えぇっ」
男は引き気味な驚き方をした。
「じゃないと……このスマホ、弁償してもらいます」
男はさらに引いた。顔が引きつっていた。また、愛奈もそれは同じだった。この時、自分が自分ではないようだった。コントロールのきかない、ポンコツだった。
「うっ。それは・・・。はぁ・・・わかったよ、仕方ないね」
その日から、愛奈の日常は変わり始めた。
一瞬というべき0.01秒間。その0.01秒だけは、2人だけの世界があった。多分。
あなたは……………………………忘れもしない。あなたは………。
脱力感の最高潮にある愛奈は、膝から崩れて、ひざまづいた。うつ伏せになったスマートフォンに、転がり続けるリップクリームは、そこらの石ころにしか感じられなかった。頭の中が真っ白だ。顔を見て少し、ぼやけはじめていた記憶が、すっかり鮮明にかたどられた。そうだ、この人は……。
男とぶつかって3秒後のことだった。胸の高鳴りが倍増した。苦しい。おさまってくれ。
「すいません、本当に」
男はスマホを拾い上げ、画面を確認した。
「割れてる……」
画面は弾を撃ち込まれた防弾ガラスのように、ヒビが入っていた。
「弁償します、」
男は財布をポケットからあたふたと出した。愛奈は声が出ず、あぁ、あぁと適当な返しを続けていた。男の言っていたセリフはほとんど耳に入っていない。やがて、男は弁償しようと現金を差し出そうとしていることに気づいた。
「いや、そんな大金は・・・」
男は、じゃあどうすれば……といった表情を見せた。すると、愛奈は口が勝手に動く。
「ご飯でもご馳走してください」
そんな話あるものか。見ず知らず(関係上は)の男と、食事…………?有り得ない。今の言葉は、自分の意思に反したのか否か。どちらとも言えなかった。それを区別するにはやるせない気持ちでいっぱいになった。そんな言葉を放った自分に、愛奈は驚いていた。そして、半ば呆れていた。男も少々驚いた顔をしていた。その表情で正解だ。しかし、一拍置いた後に彼が出した答えは、Yesだった。まさか。普通断らないかと男の用心の浅さが見えた。私がどこの誰かもわからないのに。
「どこへ行きますか」
「えっ?」
「ちょうどお昼時ですし、どこでも構わないです」
「どこでもって・・・」
頭の中に数々の飲食店を思い浮かべた。どこがいいだろうかと考えている間に、お腹が鳴った。しかしここでは、それを恥じる必要はない。そんな軽い音は人混みや車の群れが巻き起こすノイズに掻き消されるからだ。鳴っているのは愛奈しか知らない。
「うーん、どこにしたら・・・」
駄目だ、この世界には飲食店が多すぎて選び出せない。頭の中に候補を上げるのをやめ、愛奈は辺りを見渡した。すると、先ほど渡った横断歩道の向こうにファストフード店が見えた。そこでいいや………。スマホの金額とは釣り合わない店という事に少し迷いを感じたが、辺りを見渡す限りそこしかなかった。
「そこで・・・」
愛奈はファストフード店を指差して言った。
「おっけーです」
男はホッとしているだろうな。もし、私が高級料理店の名前を出していたら、どんな顔をしただろうか。その時の顔を想像して愛奈はクスッと笑った。
「何故笑うんです?」
「いいえ、何も」
男の端整な顔立ちの中にはどこかあどけなさが感じられた。ぶつかって3分。自分が今奇跡のような体験をしていることに実感を持ち始めた。あの人と、今私は話している…………。まさか、まさか、まさか本当に会えるなんて。この1週間その事をずっと夢に思っていた。でも今日会えるなんて、夢にも思ってはいなかった。幸せ。そう感じた。3分前、男の顔を見た時、奇跡への恐怖すら感じた。仮想現実、という言葉がよぎった。むしろそっちの方が納得のいく考えだった。そんな彼と、今から一緒に昼食を………。1週間前の自分に教えてあげたくなった。まぁ、信じはしないだろうな。
横断歩道渡った2人はファストフード店の自動ドアを抜けた。
「あそこ、空いてます」
男はテーブル席を指差した。その後各々の食べたい物を頼み、ファストフードらがテーブルの上に並んだ。愛奈はテリヤキバーガーを。男はチーズバーガーを。ハンバーガーからただれる照り焼きソースが光沢を放つ。そして何よりこの店内の匂いは食欲をそそる。しかし2人はテーブルにモノが並んでもそれに手をつけなかった。
「た、たべましょう。いただきます」
謎の空白を男が突き破ってくれた。この時愛奈は、心の中、くだらない葛藤があった。「え、食べないの? なんでじっと座って下向いてるの! 私が先に食べ始めるべきなの? もしかして………具合でも悪いの? もぅ、どーするのよこの状況!」といった、くだらない葛藤を。しかし彼がやっと放った一言で葛藤は終結を迎えた。もっと早く言いなさいよ、もう。
「君はーいくつなの?」
「17です」
「え、未成年? とても見えないな」
「何、それ。老けてるって言いたいんですかー?」
「ち、ちがうよ。大人っぽいって言いたかったんだ、ごめんよ」
「それもイヤ」
男は頭をぽりぽりと書いた。女の子って難しいなぁと顔が言っている。
「あなたは・・・何歳の人?」
「21だよ」
げっ。4歳も上だ、大人だ。背丈は高いが、ギリギリ19とかそんなものかなと思っていた。
その後、お互いの基本的なインフォメーションを明かし合った。テーブルの上が空になっても、口は止まらなかった。…………楽しかった。何故だろう、何故こんなにも話しが合うのだろう。何故私も、こんなに楽しそうに話せるのだろう。相手は、初対面の相手なのに。愛奈の頭に、軽々しく、運命という言葉が往来していた。いけない、いけない。一体私は何を考えている。
「愛奈さん、もうそろそろ出ないと。用事があるんだ」
「あっ」
愛奈は、"待って"と言おうとしたその口をつぐんだ。ここで別れたら、合うことなんて二度とない。それには確証がある。
「電話番号・・・聞いても・・・」
それが、つぐんだ口を開いた次に出た言葉だった。あぁ、私の愚か者め。おかしいだろう、そんな話。
「えぇっ」
男は引き気味な驚き方をした。
「じゃないと……このスマホ、弁償してもらいます」
男はさらに引いた。顔が引きつっていた。また、愛奈もそれは同じだった。この時、自分が自分ではないようだった。コントロールのきかない、ポンコツだった。
「うっ。それは・・・。はぁ・・・わかったよ、仕方ないね」
その日から、愛奈の日常は変わり始めた。
0
あなたにおすすめの小説
もしもゲーム通りになってたら?
クラッベ
恋愛
よくある転生もので悪役令嬢はいい子に、ヒロインが逆ハーレム狙いの悪女だったりしますが
もし、転生者がヒロインだけで、悪役令嬢がゲーム通りの悪人だったなら?
全てがゲーム通りに進んだとしたら?
果たしてヒロインは幸せになれるのか
※3/15 思いついたのが出来たので、おまけとして追加しました。
※9/28 また新しく思いつきましたので掲載します。今後も何か思いつきましたら更新しますが、基本的には「完結」とさせていただいてます。9/29も一話更新する予定です。
※2/8 「パターンその6・おまけ」を更新しました。
※4/14「パターンその7・おまけ」を更新しました。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
繰り返す夜と嘘 〜【実録】既婚の僕と後輩の彼女、あの夜のキスから始まった13年の秘密〜
まさき
恋愛
結婚して半年の僕と、同じ職場の彼女。
出会った頃は、ただの先輩と新入社員だった。
互いに意識しながらも、
数年間、距離を保ち続けた。
ただ見つめるだけの関係。
けれど――
ある夏の夜。
納涼会の帰り道。
僕が彼女の手を握った瞬間、
すべてが変わった。
これは恋でも、友情でもない。
けれど理性では止められない、
名前のない関係。
13年続いた秘密。
誓約書。
そして、5年の沈黙。
これは――
実際にあった「夜」の記録。
~春の国~片足の不自由な王妃様
クラゲ散歩
恋愛
春の暖かい陽気の中。色鮮やかな花が咲き乱れ。蝶が二人を祝福してるように。
春の国の王太子ジーク=スノーフレーク=スプリング(22)と侯爵令嬢ローズマリー=ローバー(18)が、丘の上にある小さな教会で愛を誓い。女神の祝福を受け夫婦になった。
街中を馬車で移動中。二人はずっと笑顔だった。
それを見た者は、相思相愛だと思っただろう。
しかし〜ここまでくるまでに、王太子が裏で動いていたのを知っているのはごくわずか。
花嫁は〜その笑顔の下でなにを思っているのだろうか??
【完結】恋の終焉~愛しさあまって憎さ1000倍~
つくも茄子
恋愛
五大侯爵家、ミネルヴァ・リゼ・ウォーカー侯爵令嬢は第二王子の婚約者候補。それと同時に、義兄とも婚約者候補の仲という複雑な環境に身を置いていた。
それも第二王子が恋に狂い「伯爵令嬢(恋人)を妻(正妃)に迎えたい」と言い出したせいで。
第二王子が恋を諦めるのが早いか。それとも臣籍降下するのが早いか。とにかく、選ばれた王子の婚約者候補の令嬢達にすれば迷惑極まりないものだった。
ミネルヴァは初恋の相手である義兄と結婚する事を夢見ていたというに、突然の王家からの横やりに怒り心頭。それでも臣下としてグッと堪えた。
そんな中での義兄の裏切り。
愛する女性がいる?
その相手と結婚したい?
何を仰っているのでしょうか?
混乱するミネルヴァを置き去りに義兄はどんどん話を続ける。
「お義兄様、あなたは婿入りのための養子縁組ですよ」と言いたいのをグッと堪えたミネルヴァであった。義兄を許す?許さない?答えは一つ。
サレ妻の娘なので、母の敵にざまぁします
二階堂まりい
大衆娯楽
大衆娯楽部門最高記録1位!
※この物語はフィクションです
流行のサレ妻ものを眺めていて、私ならどうする? と思ったので、短編でしたためてみました。
当方未婚なので、妻目線ではなく娘目線で失礼します。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる