見えない君と恋をする。

きーち

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「っっ」
一瞬というべき0.01秒間。その0.01秒だけは、2人だけの世界があった。多分。 
あなたは……………………………忘れもしない。あなたは………。
脱力感の最高潮にある愛奈は、膝から崩れて、ひざまづいた。うつ伏せになったスマートフォンに、転がり続けるリップクリームは、そこらの石ころにしか感じられなかった。頭の中が真っ白だ。顔を見て少し、ぼやけはじめていた記憶が、すっかり鮮明にかたどられた。そうだ、この人は……。
男とぶつかって3秒後のことだった。胸の高鳴りが倍増した。苦しい。おさまってくれ。
「すいません、本当に」
男はスマホを拾い上げ、画面を確認した。
「割れてる……」
画面は弾を撃ち込まれた防弾ガラスのように、ヒビが入っていた。
「弁償します、」
男は財布をポケットからあたふたと出した。愛奈は声が出ず、あぁ、あぁと適当な返しを続けていた。男の言っていたセリフはほとんど耳に入っていない。やがて、男は弁償しようと現金を差し出そうとしていることに気づいた。
「いや、そんな大金は・・・」
男は、じゃあどうすれば……といった表情を見せた。すると、愛奈は口が勝手に動く。
「ご飯でもご馳走してください」
そんな話あるものか。見ず知らず(関係上は)の男と、食事…………?有り得ない。今の言葉は、自分の意思に反したのか否か。どちらとも言えなかった。それを区別するにはやるせない気持ちでいっぱいになった。そんな言葉を放った自分に、愛奈は驚いていた。そして、半ば呆れていた。男も少々驚いた顔をしていた。その表情で正解だ。しかし、一拍置いた後に彼が出した答えは、Yesだった。まさか。普通断らないかと男の用心の浅さが見えた。私がどこの誰かもわからないのに。
「どこへ行きますか」
「えっ?」
「ちょうどお昼時ですし、どこでも構わないです」
「どこでもって・・・」
頭の中に数々の飲食店を思い浮かべた。どこがいいだろうかと考えている間に、お腹が鳴った。しかしここでは、それを恥じる必要はない。そんな軽い音は人混みや車の群れが巻き起こすノイズに掻き消されるからだ。鳴っているのは愛奈しか知らない。
「うーん、どこにしたら・・・」
駄目だ、この世界には飲食店が多すぎて選び出せない。頭の中に候補を上げるのをやめ、愛奈は辺りを見渡した。すると、先ほど渡った横断歩道の向こうにファストフード店が見えた。そこでいいや………。スマホの金額とは釣り合わない店という事に少し迷いを感じたが、辺りを見渡す限りそこしかなかった。
「そこで・・・」
愛奈はファストフード店を指差して言った。
「おっけーです」
男はホッとしているだろうな。もし、私が高級料理店の名前を出していたら、どんな顔をしただろうか。その時の顔を想像して愛奈はクスッと笑った。
「何故笑うんです?」
「いいえ、何も」
男の端整な顔立ちの中にはどこかあどけなさが感じられた。ぶつかって3分。自分が今奇跡のような体験をしていることに実感を持ち始めた。あの人と、今私は話している…………。まさか、まさか、まさか本当に会えるなんて。この1週間その事をずっと夢に思っていた。でも今日会えるなんて、夢にも思ってはいなかった。幸せ。そう感じた。3分前、男の顔を見た時、奇跡への恐怖すら感じた。仮想現実、という言葉がよぎった。むしろそっちの方が納得のいく考えだった。そんな彼と、今から一緒に昼食を………。1週間前の自分に教えてあげたくなった。まぁ、信じはしないだろうな。
横断歩道渡った2人はファストフード店の自動ドアを抜けた。
「あそこ、空いてます」
男はテーブル席を指差した。その後各々の食べたい物を頼み、ファストフードらがテーブルの上に並んだ。愛奈はテリヤキバーガーを。男はチーズバーガーを。ハンバーガーからただれる照り焼きソースが光沢を放つ。そして何よりこの店内の匂いは食欲をそそる。しかし2人はテーブルにモノが並んでもそれに手をつけなかった。
「た、たべましょう。いただきます」
謎の空白を男が突き破ってくれた。この時愛奈は、心の中、くだらない葛藤があった。「え、食べないの? なんでじっと座って下向いてるの! 私が先に食べ始めるべきなの? もしかして………具合でも悪いの? もぅ、どーするのよこの状況!」といった、くだらない葛藤を。しかし彼がやっと放った一言で葛藤は終結を迎えた。もっと早く言いなさいよ、もう。
「君はーいくつなの?」
「17です」
「え、未成年? とても見えないな」
「何、それ。老けてるって言いたいんですかー?」
「ち、ちがうよ。大人っぽいって言いたかったんだ、ごめんよ」
「それもイヤ」
男は頭をぽりぽりと書いた。女の子って難しいなぁと顔が言っている。
「あなたは・・・何歳の人?」
「21だよ」
げっ。4歳も上だ、大人だ。背丈は高いが、ギリギリ19とかそんなものかなと思っていた。
その後、お互いの基本的なインフォメーションを明かし合った。テーブルの上が空になっても、口は止まらなかった。…………楽しかった。何故だろう、何故こんなにも話しが合うのだろう。何故私も、こんなに楽しそうに話せるのだろう。相手は、初対面の相手なのに。愛奈の頭に、軽々しく、運命という言葉が往来していた。いけない、いけない。一体私は何を考えている。
「愛奈さん、もうそろそろ出ないと。用事があるんだ」
「あっ」
愛奈は、"待って"と言おうとしたその口をつぐんだ。ここで別れたら、合うことなんて二度とない。それには確証がある。
「電話番号・・・聞いても・・・」
それが、つぐんだ口を開いた次に出た言葉だった。あぁ、私の愚か者め。おかしいだろう、そんな話。
「えぇっ」
男は引き気味な驚き方をした。
「じゃないと……このスマホ、弁償してもらいます」
男はさらに引いた。顔が引きつっていた。また、愛奈もそれは同じだった。この時、自分が自分ではないようだった。コントロールのきかない、ポンコツだった。
「うっ。それは・・・。はぁ・・・わかったよ、仕方ないね」

その日から、愛奈の日常は変わり始めた。 
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