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ー太学編ー
第二章 夢
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殿下と出逢ってから五年後、星雪《せいせつ》は十四になった。
星雪は官吏《かんり》になる、という夢の実現のため、偉い官吏の養子となった。
(こんな軽々と、養子にしてもらえるとは…)
星雪が養子になれた理由は、人並外れた能力を持っていたからだろう。
「星雪さま。賜恭さまがお呼びです」
程 賜恭《てい しきょう》は、星雪を養子にしてくれた人だ。
「どう…なさいました?」
星雪は机《つくえ》をじっと見た。
「いや。今日は…掃除をしてしまったのかな、と思って…」
机の埃《ほこり》を指で取ろうとするが、埃は指にくっついてこなかった。
「はい。掃除をするのも、我々の仕事のひとつですから」
「はぁ…。ここに来てからというもの、草抜きをしていなければ、掃除もしていない…」
してくれるのはありがたいが、何か物足りない。
「何をおっしゃるのです?!あなたさまは、戸部尚書《こぶしょうしょ》であらせられる、賜恭さまの養子です!」
この者が言った通りだ。戸部尚書は、正三品《しょうさんぼん》の官吏でかなりの高官。その高官の養子が草抜きをしていた、と噂になれば、賜恭の名誉に傷がつく。
(我慢…するか…)
侍従は星雪のうしろをついてくる。
「なぜついてくる」
と、星雪が渋い顔で聞く。
「主人の共をするのも、侍従の大事な役目です。お赦しください」
「はぁ…」
(これだから貴族は…)
なんてことは、口が裂けても言えない。言えば殺されるだけだからだ。
「あれっ…?ここ…どこだ…?」
貴族の屋敷は無駄に広く、また迷ってしまった。
屋敷をぐるぐると回り、やっと賜恭の部屋に着いた。
「お、遅くなり、大変申し訳ございません!」
「また迷ったのか?方向音痴め」
賜恭は優しい口調でそう言った。起こってはなさそうだ。
「怒ってはいないが、気をつけなさい。朝廷《ちょうてい》で迷っていたら、洒落《しゃれ》にならない」
星雪は跪き、「気をつけます」と言った。
「さて、君の…これからの話だ。しっかり、聞くんだよ?」
この穏やかそうな人が、国を滅ぼそうと考えていることはまだ、このときの星雪にはわからなかった。
「はい。義父上《ちちうえ》」
賜恭は名を呼ばれるより、「義父上」と呼ばれる方が喜ぶ。
そのことを知ってからは、「義父上」と呼ぶようにしている。
「科挙《かきょ》を受けてもらう」
あまりにも唐突すぎて、驚きを隠せない。
「へ…?科挙…?って…あの科挙…?…科挙?!」
やっとわかった。理解するのに少々遅い気もするが、理解できたのでよしとしよう。
「ああ。科挙だ。夢が変わっていないようだから言う。私の養子だが、君は、元は平民。平民が官吏になるということはどういうことか…賢い君なら、わかるだろう?」
恐らく、屈辱に耐えられるか、と聞きたいのだ。
「はい!私を、官吏にしてください!どんな屈辱にも耐えてみせます!…だから…お願いします…!」
「よかろう。官吏に…いや。若き皇帝を支える官吏にらなりなさい。これが、私に対する恩だと思いなさい。…恩など、いらないのだけれどね」
賜恭は軽くわらった。まるで、何か企んでいるような笑いだ。
(この笑い…。どういう笑いだ…)
追求するのはやめた。
ー世の中、追求していいことと、悪いことがある。覚えておいて損はない。
以前、賜恭から言われた言葉だ。
「必要なものは、こちらで手配しよう。君は、勉強することだけを考えなさい」
科挙を受けるためにまず、太学《たいがく》というところに入り、科挙を受ける資格を得なければならない。授業費がとても高いため、平民では支払うことができない。だからこうして、高官の養子になるのだ。
「頑張りなさい。己を…失わない程度に…」
はい、と返事をしておきながら、星雪はその意味を理解していなかった。
星雪は官吏《かんり》になる、という夢の実現のため、偉い官吏の養子となった。
(こんな軽々と、養子にしてもらえるとは…)
星雪が養子になれた理由は、人並外れた能力を持っていたからだろう。
「星雪さま。賜恭さまがお呼びです」
程 賜恭《てい しきょう》は、星雪を養子にしてくれた人だ。
「どう…なさいました?」
星雪は机《つくえ》をじっと見た。
「いや。今日は…掃除をしてしまったのかな、と思って…」
机の埃《ほこり》を指で取ろうとするが、埃は指にくっついてこなかった。
「はい。掃除をするのも、我々の仕事のひとつですから」
「はぁ…。ここに来てからというもの、草抜きをしていなければ、掃除もしていない…」
してくれるのはありがたいが、何か物足りない。
「何をおっしゃるのです?!あなたさまは、戸部尚書《こぶしょうしょ》であらせられる、賜恭さまの養子です!」
この者が言った通りだ。戸部尚書は、正三品《しょうさんぼん》の官吏でかなりの高官。その高官の養子が草抜きをしていた、と噂になれば、賜恭の名誉に傷がつく。
(我慢…するか…)
侍従は星雪のうしろをついてくる。
「なぜついてくる」
と、星雪が渋い顔で聞く。
「主人の共をするのも、侍従の大事な役目です。お赦しください」
「はぁ…」
(これだから貴族は…)
なんてことは、口が裂けても言えない。言えば殺されるだけだからだ。
「あれっ…?ここ…どこだ…?」
貴族の屋敷は無駄に広く、また迷ってしまった。
屋敷をぐるぐると回り、やっと賜恭の部屋に着いた。
「お、遅くなり、大変申し訳ございません!」
「また迷ったのか?方向音痴め」
賜恭は優しい口調でそう言った。起こってはなさそうだ。
「怒ってはいないが、気をつけなさい。朝廷《ちょうてい》で迷っていたら、洒落《しゃれ》にならない」
星雪は跪き、「気をつけます」と言った。
「さて、君の…これからの話だ。しっかり、聞くんだよ?」
この穏やかそうな人が、国を滅ぼそうと考えていることはまだ、このときの星雪にはわからなかった。
「はい。義父上《ちちうえ》」
賜恭は名を呼ばれるより、「義父上」と呼ばれる方が喜ぶ。
そのことを知ってからは、「義父上」と呼ぶようにしている。
「科挙《かきょ》を受けてもらう」
あまりにも唐突すぎて、驚きを隠せない。
「へ…?科挙…?って…あの科挙…?…科挙?!」
やっとわかった。理解するのに少々遅い気もするが、理解できたのでよしとしよう。
「ああ。科挙だ。夢が変わっていないようだから言う。私の養子だが、君は、元は平民。平民が官吏になるということはどういうことか…賢い君なら、わかるだろう?」
恐らく、屈辱に耐えられるか、と聞きたいのだ。
「はい!私を、官吏にしてください!どんな屈辱にも耐えてみせます!…だから…お願いします…!」
「よかろう。官吏に…いや。若き皇帝を支える官吏にらなりなさい。これが、私に対する恩だと思いなさい。…恩など、いらないのだけれどね」
賜恭は軽くわらった。まるで、何か企んでいるような笑いだ。
(この笑い…。どういう笑いだ…)
追求するのはやめた。
ー世の中、追求していいことと、悪いことがある。覚えておいて損はない。
以前、賜恭から言われた言葉だ。
「必要なものは、こちらで手配しよう。君は、勉強することだけを考えなさい」
科挙を受けるためにまず、太学《たいがく》というところに入り、科挙を受ける資格を得なければならない。授業費がとても高いため、平民では支払うことができない。だからこうして、高官の養子になるのだ。
「頑張りなさい。己を…失わない程度に…」
はい、と返事をしておきながら、星雪はその意味を理解していなかった。
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