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ー太学編ー

第三章 条件

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「待ちなさい」
賜恭の部屋を出ようとすると、なぜか呼び止められた。
「ひとつ、条件がある」
いつも優しい顔の賜恭が、厳しい顔をしている。
「は、はい!なんでも!」
「科挙に、三位以内で合格しなさい」
「…はい…?」
科挙を受ける人たちは、人並外れた天才ばかり。昔から、高度な教育を受けてきた人たちに、星雪が敵うとは到底思えない。
「む、むむむ、無理です!義父上ちちうえ!そんなこと、平民の私ができません!」
全力で拒否すると、賜恭は持っていた扇子せんすを机に叩きつけた。
「…ひえっ!」
驚きすぎて、変な声が出てしまう。
「学問に、身分など関係ない。と、いうことで、頑張りなさい」
この人はわかっていない。いかに、平民は貴族に侮られるかを。
「無理です!いくら義父上の願いでも、それだけは!!」
太学に入るのはいいが、侮辱に耐え切れる自信がない。ただそれだけだ。
「星雪。なぜ、君を養子にしたか、わかるない?」
賜恭は星雪の頭を、包み込むように撫でた。
「それは…私が、あまりにも必死そうだったから…ですよね…?」
「違う。あのときわかっていたのだ。そなたは、人並外れた志があるということを」
賜恭が、とある玉佩ぎょくはいをくれた。
「これは、翡翠ひすいの玉佩だ。必ず持っていなさい。寂しくなったら私のことを思い出しなさい。あのとき、君を拾った私のことを」
(知りたくなかった…。でも、おかしいとは思っていた…。私は、知らなければならなかったのだ…)
ずっとこのままでは駄目だった。これから散々、利用されるだろう。その覚悟をして、翡翠の玉佩を受け取った。恩返しはしたいから。
(いくら、利用されるのがいやでも、恩返しだけはしない。私を拾ってくれた恩返し…)
星雪は跪き、礼を言った。今日で最後になるだろう。こうやって話すのは。
今日から星雪は、賜恭の駒だ。
(この人は、隠しているつもりなのだろう)
「行ってきなさい。蘇 星雪」
やはり、前の姓のままだ。賜恭は星雪を、自分の子のように思っていなかった。
(恩返しをしたら、あなたとは縁を切ります…!)
どんなに嫌われてもいい。利用されるくらいなら、縁を切る。
(こんなに早く、気づいてしまうとは…。私が、馬鹿ならよかったのに…)
少しだけ、後悔している。こんなに賢くなくてよかったのではと。
「今まで、ありがとう…ございました…」
「こちらこそ、今までありがとう。君と過ごした時間は、とても楽しかった。身体《からだ》に気をつけて、頑張りなさい」
そんなこと、少しも思っていないはずだ。本当の家族ではないから。
頭を下げずに部屋を出た。
部屋を出たあと、全速力で部屋に戻る。
(いやだ…!こんなの…!)
利用されるなど、思ってもいなかった。
(そうか…。私は、駒だったのだな…)
自室に戻り、部屋に閉じこもる。
「星雪さま?!扉をお開けください!星雪さま!」
星雪の侍従が心配して来た。
「うるさい!!ひとりに…してくれ…」
今の星雪には、怒鳴る気力もなかった。
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