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2.鹿の青年
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雑木林の中をぐんぐんと進む坊ちゃんは、さながら恐れを知らぬ勇士でした。私と手は繋いだままでしたが。
療養所の辺りは手入れが行き届いていましたが、少し進むと草やぶが坊ちゃんの前進を阻みましたので、坊ちゃんはえいやえいやと小枝のつるぎで薙ぎ倒しながら進むのでした。
しばらく進んだ辺りで、妙な風がざわわと吹きました。一瞬舞い上がった落ち葉やらが視界を埋めて、坊ちゃんは慌てて目をつむりました。
そしてそっと目を開くと、目の前に見たことのない美しいらせん階段がそびえたっているのでした。
本当に美しかったのです。よく手入れをされているのかどこを見てもぴかぴかに磨きあげられていて、煌びやかな銀の光沢をまとっていました。それが雲の上まで続くのです。果てしない高さのらせんに坊ちゃんも私も立ちすくみました。
「やぁ、お客さんかい?」
驚いて声の方を見るとらせん階段の横に小さな椅子があり、青年が腰掛けておりました。しかもこの青年は鎖骨の辺りから上はまるで鹿の姿をしているのです!
「…鹿がこんな格好はおかしいかい?」
驚くことばかりで坊ちゃんは息も止まりそうでしたが、
「そりゃ、あなたのようなかっこの鹿は見たことがないだけだい!」
と反論しました。坊ちゃんは勇ましいのです。
さて、改めて鹿の青年をよく見ますと、こちらもまた美しい鹿でした。薄水色のシャツと黒いズボンで、決して飾り気はありませんがなんだか親しみやすい雰囲気で、大きな袋と文庫本を片手に、黒い瞳でおだやかに微笑んでいるのでした。
「そうかもしれない、僕も僕のような格好の仲間にはあったことがないからね」
鹿の青年は言いました。
坊ちゃんははっと我に帰ったようで、
「ぼくは母さまと一緒にここに来たものです。あなたは一体、何者でしょうか?」
と丁寧に鹿の青年に話しかけました。
「そうだねぇ、特に何か決まっているものではないけれど、簡単に言うならこのらせん階段の番人だ」
「番人?」
「案内人と言った方がいいかもしれない」
鹿の青年はすっと上の方を指差しました。
「この階段はずぅっと上の方まで続いていて、雲の上を突き抜けているんだ。みんなひとりで昇っていくのだけれど、話し相手もいないと不安になるだろう?だからここで階段の上は何にも大丈夫だからって説明する者がいるんだよ」
「階段の上ってどんなところ?」
「さぁ?」
坊ちゃんは、他人に大丈夫と言って、先を知りもしない階段を昇らせるだなんてとてもひどい話だなと少し思いました。
けれど鹿の青年もらせん階段も、不思議な空気をまとっていて、何だかそれが当たり前の話のように聞こえて仕方がありませんでした。
「ぼくも昇っていい?」
「決まった日にしか昇れないんだよ。君はまだ日が決まっていないよ」
聞きたいことは山ほどあるのに何を口にすればいいか、坊ちゃんはわかりませんでした。皆さまは美しいものに心奪われたことはありませんか?頭がぼんやりとして、考えていたことなんか忘れてしまうくらいに見惚れてしまう、坊ちゃんも私もそんな心地だったのです。
「そんなことより君も僕の隣においでよ、ほら!」
鹿の青年は自分の後ろに置いていた大きな袋を開いてみせました。中には山のように本が入っておりました。坊ちゃんくらいの子が好きそうな絵本も入っておりました。
「好きなの選んで読んでいいよ。読んでもらう方が好きなら僕が読んであげよう」
坊ちゃんは絵本がとても好きでしたから、目を輝かせながら絵本を選びました。鹿の青年の声は朗々と林に響きました。
夕ご飯の時間が近づくとふたりは本を閉じて、袋の中に戻しました。
「明日も来ていいかな?」
おずおずと坊ちゃんが言いますと、青年は嬉しそうに頷きました。こうしてふたりは大変仲良くなりました。
療養所の辺りは手入れが行き届いていましたが、少し進むと草やぶが坊ちゃんの前進を阻みましたので、坊ちゃんはえいやえいやと小枝のつるぎで薙ぎ倒しながら進むのでした。
しばらく進んだ辺りで、妙な風がざわわと吹きました。一瞬舞い上がった落ち葉やらが視界を埋めて、坊ちゃんは慌てて目をつむりました。
そしてそっと目を開くと、目の前に見たことのない美しいらせん階段がそびえたっているのでした。
本当に美しかったのです。よく手入れをされているのかどこを見てもぴかぴかに磨きあげられていて、煌びやかな銀の光沢をまとっていました。それが雲の上まで続くのです。果てしない高さのらせんに坊ちゃんも私も立ちすくみました。
「やぁ、お客さんかい?」
驚いて声の方を見るとらせん階段の横に小さな椅子があり、青年が腰掛けておりました。しかもこの青年は鎖骨の辺りから上はまるで鹿の姿をしているのです!
「…鹿がこんな格好はおかしいかい?」
驚くことばかりで坊ちゃんは息も止まりそうでしたが、
「そりゃ、あなたのようなかっこの鹿は見たことがないだけだい!」
と反論しました。坊ちゃんは勇ましいのです。
さて、改めて鹿の青年をよく見ますと、こちらもまた美しい鹿でした。薄水色のシャツと黒いズボンで、決して飾り気はありませんがなんだか親しみやすい雰囲気で、大きな袋と文庫本を片手に、黒い瞳でおだやかに微笑んでいるのでした。
「そうかもしれない、僕も僕のような格好の仲間にはあったことがないからね」
鹿の青年は言いました。
坊ちゃんははっと我に帰ったようで、
「ぼくは母さまと一緒にここに来たものです。あなたは一体、何者でしょうか?」
と丁寧に鹿の青年に話しかけました。
「そうだねぇ、特に何か決まっているものではないけれど、簡単に言うならこのらせん階段の番人だ」
「番人?」
「案内人と言った方がいいかもしれない」
鹿の青年はすっと上の方を指差しました。
「この階段はずぅっと上の方まで続いていて、雲の上を突き抜けているんだ。みんなひとりで昇っていくのだけれど、話し相手もいないと不安になるだろう?だからここで階段の上は何にも大丈夫だからって説明する者がいるんだよ」
「階段の上ってどんなところ?」
「さぁ?」
坊ちゃんは、他人に大丈夫と言って、先を知りもしない階段を昇らせるだなんてとてもひどい話だなと少し思いました。
けれど鹿の青年もらせん階段も、不思議な空気をまとっていて、何だかそれが当たり前の話のように聞こえて仕方がありませんでした。
「ぼくも昇っていい?」
「決まった日にしか昇れないんだよ。君はまだ日が決まっていないよ」
聞きたいことは山ほどあるのに何を口にすればいいか、坊ちゃんはわかりませんでした。皆さまは美しいものに心奪われたことはありませんか?頭がぼんやりとして、考えていたことなんか忘れてしまうくらいに見惚れてしまう、坊ちゃんも私もそんな心地だったのです。
「そんなことより君も僕の隣においでよ、ほら!」
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夕ご飯の時間が近づくとふたりは本を閉じて、袋の中に戻しました。
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