黒曜の誓い、竜を狩る者たち

ンヴ

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エルネスト魔術師団長から託された情報と、王宮から支給された防寒具や装備を整え、俺たち蛮族討伐隊とルナ、そしてエルネスト自身も加わった一行は、嘆きの氷原へと向かうべく王都を出発した。道中は、エルネストが手配した馬車での移動が主となったが、北へ進むにつれて気候は厳しさを増し、馬車の揺れも激しくなっていく。

ルナは、初めて見る雪景色に最初は目を輝かせていたが、吹きすさぶ冷たい風と、どこまでも続く白い大地に、次第に口数も少なくなっていった。俺は、そんなルナの小さな肩をそっと抱き寄せ、自分の体温で少しでも温めようとした。

「大丈夫か、ルナ? 寒くないか?」

「うん……ちょっとだけ……でも、ウルフルムが一緒だから、平気だよ」
ルナは、俺の腕の中で小さな声でそう言った。その言葉に、俺は胸が温かくなるのを感じた。

数週間にも及ぶ過酷な旅の末、俺たちはついに嘆きの氷原の入り口へと到達した。そこは、まさに世界の果てと呼ぶにふさわしい、荒涼とした場所だった。鋭い氷の柱が林立し、地面は厚い氷と雪で覆われている。そして、常にゴウゴウと音を立てて吹き荒れるブリザードが、視界を遮り、体温を容赦なく奪っていく。

「ここが……嘆きの氷原か……」
ガランが、厳しい表情で呟いた。その顔には、これまでのどんな戦場とも違う、極限の環境に対する警戒感が浮かんでいる。

「この先は、さらに危険が増すだろう。邪神の怨念の影響で、この地の魔獣は異常なまでに凶暴化している。そして、いつ氷の魔女が現れるかも分からない。くれぐれも油断するな」
エルネストが、一行に注意を促した。

俺たちは、馬車を降り、徒歩で氷原の奥へと進み始めた。足元は滑りやすく、一歩一歩が慎重になる。ブリザードはますます勢いを増し、互いの声も聞き取りにくいほどだった。

「ルナ、大丈夫か? 無理はするなよ」
俺は、すぐ隣を歩くルナに声をかけた。彼女は、小さな体を懸命に動かし、必死に俺たちについてきている。

「うん……! 大丈夫……!」
ルナは、力強く答えたが、その顔は寒さで真っ白になっていた。

しばらく進むと、前方に巨大な氷の洞窟が見えてきた。エルネストによれば、邪神が封印された祭壇は、この洞窟の最深部にあるという。

「この中に入るしかないようだな……」
ガランが、洞窟の入り口を見上げながら言った。洞窟の入り口からは、不気味な冷気と共に、何かの獣の唸り声のようなものが微かに聞こえてくる。

俺たちは、松明に火を灯し、慎重に洞窟の中へと足を踏み入れた。洞窟の内部は、まるで氷の迷宮のように複雑に入り組んでおり、壁や天井からは鋭い氷柱がいくつも垂れ下がっている。

「気をつけろ! 何か来るぞ!」
先頭を進んでいたザナックが、鋭く叫んだ。

その瞬間、洞窟の奥から、数体の巨大な白い影が飛び出してきた。それは、氷でできた狼のような姿の魔獣だった。その目は赤く血走り、鋭い牙と爪を剥き出しにして、俺たちに襲いかかってくる。

「氷狼(アイスウルフ)か! こいつら、邪神の怨念で凶暴化している!」
エルネストが叫ぶ。

「総員、迎撃せよ!」
ガランの号令と共に、戦闘が開始された。俺はレプリカを起動し、氷狼に斬りかかる。氷狼の動きは素早く、その爪は鋼鉄のように硬い。ザナックや他の隊員たちも、それぞれ得意の武器で応戦するが、敵の数は多く、苦戦を強いられる。

ルナは、俺の後ろで、調和のオーブを握りしめ、小さな体で必死に何かをしようとしていた。
「わたしも……戦わなきゃ……!」

「ルナ、無理だ! お前はまだ……!」
俺が制止しようとしたその時、ルナの体から、再びあの柔らかな白い光が放たれた。そして、その光は、近くで戦っていたザナックを包み込んだ。ザナックは、氷狼の爪で腕に傷を負っていたが、光に包まれた瞬間、その傷がみるみるうちに癒えていくのが見えた。

「おお……! 傷が……! ルナちゃん、ありがとう!」
ザナックが、驚きと感謝の声を上げる。

「やった……! 『癒しの光』が、少し強くなったみたい……!」
ルナは、嬉しそうに言った。彼女の力は、確実に成長している。

しかし、戦況は依然として厳しい。氷狼は次から次へと現れ、キリがない。俺たちの体力も徐々に削られていく。

「このままでは埒が明かん! 一旦、態勢を立て直すぞ!」
ガランが叫び、俺たちは一旦洞窟の入り口近くまで後退した。

その時だった。
洞窟の奥から、ひときわ大きな冷気が吹き付けてきた。そして、その冷気と共に、美しい、しかしどこか哀しげな女性の声が響き渡った。

「……よくぞ来たれり、異邦の者たちよ。この聖なる氷原を穢す愚か者どもめ……」

声の主は、ゆっくりと闇の中から姿を現した。
それは、まるで氷の彫刻のように美しい女性だった。長い銀髪は氷のように輝き、青白い肌は透き通るようだ。そして、その手には、氷でできた杖が握られている。その瞳は、凍てつく湖のように冷たく、一切の感情を映し出していない。

「お前が……氷の魔女か……!」
エルネストが、緊張した面持ちで呟いた。

「いかにも。私は、この嘆きの氷原と、我が主である偉大なる邪神様の封印を守護する者。お前たちのような不浄な存在に、これ以上好き勝手はさせぬ」
氷の魔女は、静かに、しかし威圧的な口調でそう言った。その体からは、周囲の気温をさらに下げるかのような、強大な冷気が放たれている。

「我々は、邪神の怨念を鎮め、この地と王国を救うために来た! お前こそ、邪神の復活などという愚かな企みをやめろ!」
ガランが、怒りを込めて叫んだ。

「愚かだと……? 我が主の復活こそが、この穢れた世界を浄化し、真の安寧をもたらす唯一の道なのだ。お前たちには、それが理解できぬか」
氷の魔女は、哀れむような目で俺たちを見下ろした。

「問答無用! お前を倒し、祭壇へ行く!」
俺は、レプリカを構え、氷の魔女に向かって斬りかかった。

しかし、氷の魔女は微動だにしない。彼女が杖を軽く振るうと、俺の足元から巨大な氷の棘がいくつも突き出し、俺の動きを封じようとしてきた。

「くっ……!」
俺は、咄嗟に後方へ飛び退き、氷の棘を回避する。

「愚かな……。お前たちの熱き血も、この絶対零度の前には無力だと知れ」
氷の魔女は、そう言うと、杖を天に掲げた。すると、洞窟の天井から、無数の巨大な氷柱が降り注いできた。

「危ない!」
エルネストが叫び、魔術の障壁を展開する。しかし、氷柱の威力は凄まじく、障壁はあっという間に砕け散る。

俺たちは、必死に氷柱を避けながら、氷の魔女に反撃を試みる。ガランの邪神の宝石のレプリカから放たれる黒いビーム、ザナックの渾身の斬撃、そして他の隊員たちの連携攻撃。しかし、その全てが、氷の魔女が作り出す氷の盾や、絶対零度の冷気によって阻まれてしまう。

「なんて強さだ……! これが、伝説の氷の魔女の力か……!」
ガランが、苦々しげに歯を食いしばる。

その時、ルナが俺の前に飛び出した。
「わたしが……みんなを守る!」
ルナの体から、再び白い光が溢れ出す。その光は、氷の魔女の放つ冷気を和らげ、俺たちの体を温める。

「ほう……。あれが、噂のドラゴンの娘か。確かに、清浄な力を持っているようだな。だが……それも、我が主の怨念の前には、いずれ消えゆく運命だ」
氷の魔女は、ルナの力にわずかに目を見張ったものの、すぐに冷酷な表情に戻った。

そして、氷の魔女は、その美しい唇で、恐ろしい言葉を紡ぎ始めた。
「さあ、絶望するがいい。この嘆きの氷原は、お前たちの墓場となるのだから」

彼女の言葉と共に、洞窟全体が激しく揺れ動き始めた。そして、周囲の氷壁から、氷でできた巨大なゴーレムのようなものが、次々と姿を現し始めたのだ。

「まずい……! あれは、氷の魔女の僕(しもべ)、アイスゴーレムだ!」
エルネストが、絶望的な声を上げる。

アイスゴーレムたちは、その巨体で俺たちに迫ってくる。その数は、数十体にも及ぶだろうか。
氷狼、氷の魔女、そしてアイスゴーレム。
俺たちは、完全に包囲され、絶体絶命の危機に陥っていた。

(ここまでなのか……? 俺たちは、ここで……)

俺の心に、諦めの念がよぎりかけた、その時。
ルナの小さな手が、俺の手を強く握った。

「諦めちゃダメ、ウルフルム! みんなで力を合わせれば、きっと勝てる!」
ルナの瞳には、一点の曇りもない、強い光が宿っていた。

その言葉に、俺はハッとした。
そうだ、まだ終わったわけじゃない。俺たちには、仲間がいる。そして、希望の光となる、ルナがいる。

「ああ……そうだな、ルナ! 俺たちは、絶対に諦めない!」
俺は、ルナの手を握り返し、力強く頷いた。

絶望的な状況の中で、俺たちの最後の戦いが始まろうとしていた。
果たして、俺たちは氷の魔女を打ち破り、邪神の怨念を鎮めることができるのだろうか。
その答えは、まだ誰も知らない。
しかし、俺たちは信じている。
仲間との絆と、ルナの奇跡の力を――。
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