黒曜の誓い、竜を狩る者たち

ンヴ

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忘れられた約束の谷に立ち込める不穏な空気は、虚無の残響・エコーの存在によって、さらに重く、そして冷たく俺たちを包み込んでいた。エコーから発せられる囁きは、俺たちの心の奥底に潜む孤独感や無力感を巧みに刺激し、仲間同士の間にさえ、微かな疑念の影を落とそうとしてくる。

「ウルフルム、お前は本当に仲間を信じているのか? 彼らもまた、いつかお前を裏切るかもしれないのだぞ……」
「ルナ、お前のその優しさは、時に残酷な結果を招く。お前は、本当に全ての人を救えると思っているのか……?」

「黙れ、エコー! お前の言葉に、俺たちの心は揺らがない!」
俺は、虹色に輝く魂の剣を構え、エコーの囁きを振り払った。しかし、その声は執拗に俺たちの精神を蝕もうとしてくる。

「ザナックさん、カイさん、気をつけて! エコーは、私たちの心の隙間に入り込もうとしています!」
リアラが、鋭い声で警告する。彼女の持つ星詠騎士団の力は、精神的な攻撃に対する耐性も高いようだ。

「ククク……無駄な抵抗だ。お前たちの心は、いずれ虚無に染まる……」
エコーは、嘲るように言うと、その不定形の体から無数の黒い影の腕を伸ばし、俺たちを捕らえようとしてきた。同時に、谷に響き渡るその囁きは、二つの部族の集落にも届き、彼らの不信感をさらに増幅させているようだった。

「このままでは、二つの部族が本当に争いを始めてしまう……!」
ルナが、悲痛な表情で言った。彼女の聖なる光も、エコーの放つ虚無のオーラの前では、その輝きを十分に発揮できないでいた。

「ウルフルム殿、あの石碑の亀裂を何とかしなければ、エコーの力は増すばかりです!」
アルドリスが、石碑を指さしながら叫んだ。石碑の亀裂からは、不気味な紫色のオーラが絶えず漏れ出し、エコーの力となっているようだ。

「分かった! 俺とルナであの石碑を浄化する! ザナックさん、カイさん、リアラさん、アルドリスさん、リオ、セナ! 俺たちが石碑を浄化するまで、エコーを食い止めてくれ!」
俺は、仲間たちに指示を出した。

「任せろ!」
「必ず、時間を稼いでみせる!」
仲間たちは、力強く頷き、それぞれエコーの分身や影の腕に立ち向かっていく。

俺とルナは、エコーの妨害を掻い潜り、亀裂の入った石碑へと向かった。石碑に近づくにつれて、エコーの囁きはさらに強くなり、俺の心の中にも、言いようのない虚無感が広がり始める。

(ダメだ……! 負けるな、俺……!)

俺は、必死に意識を保ち、ルナと共に石碑の前に立った。
「ルナ、頼む! 君の光で、この石碑の闇を祓ってくれ!」

「うん!」
ルナは、調和のオーブと、彼女自身の魂の力を最大限に解放し、清浄な白い光を石碑の亀裂へと注ぎ込んだ。その光は、石碑にまとわりつく紫色のオーラを少しずつ浄化していく。

しかし、エコーも黙ってはいなかった。
「小賢しい真似を……! お前たちの希望など、この虚無の前には無力だ!」
エコーは、その本体と思われる巨大な黒い霧を、俺とルナに向かって集中させてきた。その圧倒的な虚無の力は、ルナの聖なる光さえも飲み込もうとする。

「ルナを守る!」
俺は、虹色の剣を振るい、エコーの攻撃を必死で防ぐ。しかし、相手の力はあまりにも強大で、俺の体は徐々に闇に侵食されていくのを感じた。

(くそっ……! このままでは……!)

その時、俺の脳裏に、森の賢者の言葉が蘇った。
『あなたのその剣に宿るレプリカの力……それは、邪神の力であると同時に、使い方によっては強大な守りの力ともなり得る。その真の可能性を引き出すのです』
そして、サラシエルの形見の柄頭から感じた、あの温かい光……。

(そうだ……俺の力は、闇だけじゃない……! 光も、そして仲間たちとの絆も、全てが俺の力なんだ!)

俺は、心の奥底から叫んだ。
「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!」

俺の体から、虹色のオーラが迸った。それは、邪神の闇の力、精霊の光の力、そして仲間たちとの絆の力が完全に融合し、昇華した、究極の「調和の力」だった。

その力は、エコーの虚無のオーラを打ち破り、そして、ルナの聖なる光と共鳴し、石碑の亀裂へと流れ込んでいく。

「なっ……!? ば、馬鹿な……! この私が……こんな、温かい光に……!?」
エコーが、初めて狼狽の色を見せた。その不定形の体が、激しく揺らめき始める。

「これが……俺たちの……『絆』の力だ!」
俺は叫び、さらに力を込めた。

すると、石碑の亀裂から放たれていた紫色のオーラは完全に消え失せ、代わりに、温かく、そして力強い精霊の光が溢れ出した。その光は、谷全体を包み込み、エコーの存在そのものを浄化していく。

「ああ……ああ……。これが……『繋がり』……というものか……。私は……ずっと……一人だった……」
エコーは、最期に何かを悟ったかのように、そう呟くと、光の粒子となって静かに消滅していった。その声には、もはや嘲りも絶望もなく、ただ、ほんのわずかな安らぎが感じられた。

エコーが消滅すると同時に、谷に立ち込めていた不穏な空気も消え去り、二つの部族の集落からも、敵意の代わりに、安堵と戸惑いが入り混じったようなざわめきが聞こえてきた。

石碑は、元の輝きを取り戻し、そこに刻まれた古代の誓いは、再び力強く谷全体を守護し始めた。

「……やった……のか……?」
俺は、その場に膝をつき、荒い息をついた。全身の力は抜けきっていたが、心の中には、確かな達成感が満ちていた。

「ウルフルム! ルナちゃん!」
ザナックたちが、駆け寄ってきた。彼らもまた、エコーの分身との戦いで疲弊しきっていたが、その顔には笑顔が浮かんでいる。

「ありがとう……みんな……」
ルナが、涙を浮かべながら微笑んだ。

「これで、この谷の平和は守られた。そして、カイロスの企みも、また一つ阻止できたはずだ」
アルドリスが、安堵のため息をついた。

しかし、俺たちの戦いはまだ終わっていない。
カイロス、そして彼に仕える最後の災厄の使徒。
そして、アトロポスが残した「最も大切な絆を標的とする」という不気味な言葉。

俺たちは、休息もそこそこに、次なる戦いに備えなければならなかった。
世界の「絆」そのものを巡る戦いは、クライマックスへと近づきつつあった。

ガランは、王都でこの勝利の報を受け、二つの部族の代表者たちを招き、改めて和平の誓いを立てさせるための準備を進めていた。彼の外交手腕とリーダーシップが、この谷に真の平和をもたらすだろう。

俺たちは、仲間たちとの絆を、そして心の中に灯る希望の光を、さらに強く握りしめた。
どんな絶望が待ち受けていようとも、俺たちは決して諦めない。
世界の未来を、この手で守り抜くために――。
そして、物語は、いよいよ最終局面へと向かっていく。
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