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第一部 恵の選択
第四十六章 強い女
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【啓介と同居 四ヶ月目】
【20●1年4月4日 AM9:00】
翌朝。
キッチンで。
※※※※※※※※※※※※※※※
鼻歌が漏れていた。
雪飾りのような洗剤の泡に包まれた、小さな手が奏でる食器の音に合わせながら。
元気良く出勤していった夫の唇の余韻が、天使に微笑を作らせる。
今、恵は最高に幸せであった。
愛する夫にはこれ以上無いと思われる位、喜びに溢れる「営み」への賛辞をもらった。
妻を征服したという思いは武に自信を与え、仕事への足取りも軽やかに去っていった。
昨夜、寝室へ戻ってからの二度目の「営み」は更に激しかった。
いつもの腫れ物に触るような前戯は無く、欲望に任せた愛撫はそれでも十分、恵を濡れさせ、気分良く貫いていったのだ。
あれ程不感症でセックス嫌いだった妻が、武の背中に爪を立てて叫んでいる。
それは男の快感を数倍に増幅するに値する光景なのだ。
かくして強い夫に変貌した武を見送った後、「新しい恋人」を迎える喜びに胸をときめかせる恵であった。
そう、恵は幸せなはずだった。
綻ばせた口元がしぼみ、急に襲った心の痛みに歪んでしまうまでは。
鼻歌は止まり、雪飾りの泡をただの空気の粒に変えてしまう水の流れ出す音がキッチンを支配していった。
エプロンをまとった天使の細い肩が小刻みに震え出す頃、水が貯まっていくシンクの中には幾つかの涙の水滴が落ちていた。
(それほど・・・)
水に映る自分の顔に問いかける。
(強い女じゃぁ・・ないよね・・・?)
落ちていく涙が作る波紋が輪郭を歪めていく。
いくら夫が浮気していたとしても。
新しい愛が全てを投げ出す程、甘美な興奮を与えてくれようとも。
涙が溢れてくる。
一度堰を切ると、止まらなくなる。
水を更に強く流した。
嗚咽の音をかき消したい。
恵は泣いた。
二人の愛に貫かれた官能の記憶は決して消える事無く、恵を獣に変えていくだろう。
もう、戻れない。
だが、それでも無くしてしまった心の支えが愛おしかった。
少女の頃にあった純粋さを追いかけていきたかった。
ズルイ、女だ。
もう一人の恵が責める。
つい最近までは普通の主婦であったのに。
あの日も泣いていた。
泣いて全てを認めた時、恋を自覚した。
愛してしまった。
手放したくない。
どの位、時間が経ったのであろう。
涙が枯れる頃、隠れていた感情が姿を現わした。
そう、それが恵の本当の気持ちなのだ。
男を愛している。
義父のことを。
そして、夫も。
どちらも離したくない。
心地良い疲労感が身体中を包む。
二人とした「営み」の余韻だ。
愛されたのだ。
それで、いいじゃないか。
そう、今はそれしか思いつかない。
明日も泣くかもしれない。
それでもいい。
涙は女の最大の武器だ。
どんな強い男も虜にしてしまう。
涙は心の薬である。
あれ程悲しい気持ちも癒してくれた。
微笑みに変わった頬に涙の跡が突っ張る。
恵は潤んだ瞳でゆっくりと後を振り返った。
そこに愛しい恋人を見つけると、白い歯をこぼした。
「どこかへ行こか・・・?」
男は照れくさそうに言った。
「私・・・海が、見たい・・・」
女は弾けるような笑顔を見せて言った。
【20●1年4月4日 AM9:00】
翌朝。
キッチンで。
※※※※※※※※※※※※※※※
鼻歌が漏れていた。
雪飾りのような洗剤の泡に包まれた、小さな手が奏でる食器の音に合わせながら。
元気良く出勤していった夫の唇の余韻が、天使に微笑を作らせる。
今、恵は最高に幸せであった。
愛する夫にはこれ以上無いと思われる位、喜びに溢れる「営み」への賛辞をもらった。
妻を征服したという思いは武に自信を与え、仕事への足取りも軽やかに去っていった。
昨夜、寝室へ戻ってからの二度目の「営み」は更に激しかった。
いつもの腫れ物に触るような前戯は無く、欲望に任せた愛撫はそれでも十分、恵を濡れさせ、気分良く貫いていったのだ。
あれ程不感症でセックス嫌いだった妻が、武の背中に爪を立てて叫んでいる。
それは男の快感を数倍に増幅するに値する光景なのだ。
かくして強い夫に変貌した武を見送った後、「新しい恋人」を迎える喜びに胸をときめかせる恵であった。
そう、恵は幸せなはずだった。
綻ばせた口元がしぼみ、急に襲った心の痛みに歪んでしまうまでは。
鼻歌は止まり、雪飾りの泡をただの空気の粒に変えてしまう水の流れ出す音がキッチンを支配していった。
エプロンをまとった天使の細い肩が小刻みに震え出す頃、水が貯まっていくシンクの中には幾つかの涙の水滴が落ちていた。
(それほど・・・)
水に映る自分の顔に問いかける。
(強い女じゃぁ・・ないよね・・・?)
落ちていく涙が作る波紋が輪郭を歪めていく。
いくら夫が浮気していたとしても。
新しい愛が全てを投げ出す程、甘美な興奮を与えてくれようとも。
涙が溢れてくる。
一度堰を切ると、止まらなくなる。
水を更に強く流した。
嗚咽の音をかき消したい。
恵は泣いた。
二人の愛に貫かれた官能の記憶は決して消える事無く、恵を獣に変えていくだろう。
もう、戻れない。
だが、それでも無くしてしまった心の支えが愛おしかった。
少女の頃にあった純粋さを追いかけていきたかった。
ズルイ、女だ。
もう一人の恵が責める。
つい最近までは普通の主婦であったのに。
あの日も泣いていた。
泣いて全てを認めた時、恋を自覚した。
愛してしまった。
手放したくない。
どの位、時間が経ったのであろう。
涙が枯れる頃、隠れていた感情が姿を現わした。
そう、それが恵の本当の気持ちなのだ。
男を愛している。
義父のことを。
そして、夫も。
どちらも離したくない。
心地良い疲労感が身体中を包む。
二人とした「営み」の余韻だ。
愛されたのだ。
それで、いいじゃないか。
そう、今はそれしか思いつかない。
明日も泣くかもしれない。
それでもいい。
涙は女の最大の武器だ。
どんな強い男も虜にしてしまう。
涙は心の薬である。
あれ程悲しい気持ちも癒してくれた。
微笑みに変わった頬に涙の跡が突っ張る。
恵は潤んだ瞳でゆっくりと後を振り返った。
そこに愛しい恋人を見つけると、白い歯をこぼした。
「どこかへ行こか・・・?」
男は照れくさそうに言った。
「私・・・海が、見たい・・・」
女は弾けるような笑顔を見せて言った。
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