74 / 77
第一部 恵の選択
第七十四章 あなた
しおりを挟む
【啓介と同居 六ヶ月目】
【20●1年5月21日 PM7:00】
翌日の夕食。
ダイニングで。
※※※※※※※※※※※※※※※
「おかわりっ・・・」
武が元気良く空になった茶碗を差出す。
恵が嬉しそうにアツアツのご飯をよそう。
「よー、食うやっちゃなー・・・?」
武の父である啓介があきれた顔で言った。
「そん・・な・・・
オヤジだって、おかわりしてんじゃん?」
話すのも、もどかしそうにつめ込んでいく。
そんな二人のやり取りを恵は幸せそうに見つめていた。
右手と左手の薬指のリングが光っている。
武がそれを発見した時、恵はごく自然に答えた。
※※※※※※※※※※※※
『いいでしょ、これ・・・?
へそくりで買っちゃったの・・・
もう貯金する必要も無いし、安かったから・・・』
『へぇ・・・幾らしたんだい?』
武は疑う事もせずに聞いた。
『五万円くらい・・・かな?』
『じゃあ、まだ俺の方が高いな・・・。
いいじゃないか、それ・・カッコイイよ』
『うん、この頃不況で
宝石も安くなってるから・・・』
そう言って舌を出して笑う天使に、夫は愛おしさを込めて抱きしめるのであった。
『でも、左手の方も大事にしてくれよな?』
『当り前じゃない・・・』
そして夫の腕の中で甘える声を出している。
恵はスッカリ子悪魔になっていた。
何の良心の呵責もなく、嘘をつく。
でも、それでいいのだと思う。
その方が、みんなが幸せになれるのだ。
義父にもらった誓いのリングは、武の物よりも数十倍はする値段である。
わざと目立たぬデザインにはなっているものの、ブランドの超高級品であった。
恵の身の廻りにはそうした義父からのプレゼントがさり気なく溢れているのだが、武は無頓着なのか気付く様子もない。
まあ、ずっと倹約してきた恵の性格を知る夫からすると無理もない事ではあったのだが。
※※※※※※※※※※※※
そんな夫に対して義父とは違った愛を感じる。
恵は慈しみの眼差しを武に向けた。
武の湯呑が空になっている。
「あなた・・お茶のおかわりはどう?」
【おう・・・】
武と啓介が同時に湯呑を差出すと、思わず互いの顔を見合わせた。
武が不思議そうに父の顔を見ている。
「あっ・・・俺も・・な・・お茶・・・
あぁ・・え、ええわ・・もぅ・・・
美味かった・・ごっそさん・・・」
啓介はわざとらしく言葉を残すと、階段を昇って二階に消えていった。
武は別段気にも止めず、美味しそうに妻の入れてくれた御茶を啜っている。
恵は自分の顔を見られまいと、急いで食器を片付け始めた。
耳元まで真っ赤に染めている。
そう・・・。
今、恵には夫が二人いるのだった。
【20●1年5月21日 PM7:00】
翌日の夕食。
ダイニングで。
※※※※※※※※※※※※※※※
「おかわりっ・・・」
武が元気良く空になった茶碗を差出す。
恵が嬉しそうにアツアツのご飯をよそう。
「よー、食うやっちゃなー・・・?」
武の父である啓介があきれた顔で言った。
「そん・・な・・・
オヤジだって、おかわりしてんじゃん?」
話すのも、もどかしそうにつめ込んでいく。
そんな二人のやり取りを恵は幸せそうに見つめていた。
右手と左手の薬指のリングが光っている。
武がそれを発見した時、恵はごく自然に答えた。
※※※※※※※※※※※※
『いいでしょ、これ・・・?
へそくりで買っちゃったの・・・
もう貯金する必要も無いし、安かったから・・・』
『へぇ・・・幾らしたんだい?』
武は疑う事もせずに聞いた。
『五万円くらい・・・かな?』
『じゃあ、まだ俺の方が高いな・・・。
いいじゃないか、それ・・カッコイイよ』
『うん、この頃不況で
宝石も安くなってるから・・・』
そう言って舌を出して笑う天使に、夫は愛おしさを込めて抱きしめるのであった。
『でも、左手の方も大事にしてくれよな?』
『当り前じゃない・・・』
そして夫の腕の中で甘える声を出している。
恵はスッカリ子悪魔になっていた。
何の良心の呵責もなく、嘘をつく。
でも、それでいいのだと思う。
その方が、みんなが幸せになれるのだ。
義父にもらった誓いのリングは、武の物よりも数十倍はする値段である。
わざと目立たぬデザインにはなっているものの、ブランドの超高級品であった。
恵の身の廻りにはそうした義父からのプレゼントがさり気なく溢れているのだが、武は無頓着なのか気付く様子もない。
まあ、ずっと倹約してきた恵の性格を知る夫からすると無理もない事ではあったのだが。
※※※※※※※※※※※※
そんな夫に対して義父とは違った愛を感じる。
恵は慈しみの眼差しを武に向けた。
武の湯呑が空になっている。
「あなた・・お茶のおかわりはどう?」
【おう・・・】
武と啓介が同時に湯呑を差出すと、思わず互いの顔を見合わせた。
武が不思議そうに父の顔を見ている。
「あっ・・・俺も・・な・・お茶・・・
あぁ・・え、ええわ・・もぅ・・・
美味かった・・ごっそさん・・・」
啓介はわざとらしく言葉を残すと、階段を昇って二階に消えていった。
武は別段気にも止めず、美味しそうに妻の入れてくれた御茶を啜っている。
恵は自分の顔を見られまいと、急いで食器を片付け始めた。
耳元まで真っ赤に染めている。
そう・・・。
今、恵には夫が二人いるのだった。
1
あなたにおすすめの小説
還暦の性 若い彼との恋愛模様
MisakiNonagase
恋愛
還暦を迎えた和子。保持する資格の更新講習で二十代後半の青年、健太に出会った。何気なくてLINE交換してメッセージをやりとりするうちに、胸が高鳴りはじめ、長年忘れていた恋心に花が咲く。
そんな還暦女性と二十代の青年の恋模様。
その後、結婚、そして永遠の別れまでを描いたストーリーです。
全7話
わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...
MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。
ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。
さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?
そのほかに外伝も綴りました。
母の下着 タンスと洗濯籠の秘密
MisakiNonagase
青春
この物語は、思春期という複雑で繊細な時期を生きる少年の内面と、彼を取り巻く家族の静かなる絆を描いた作品です。
颯真(そうま)という一人の高校生の、ある「秘密」を通して、私たちは成長の過程で誰もが抱くかもしれない戸惑い、罪悪感、そしてそれらを包み込む家族の無言の理解に触れます。
物語は、現在の颯真と恋人・彩花との関係から、中学時代にさかのぼる形で展開されます。そこで明らかになるのは、彼がかつて母親の下着に対して抱いた抑えがたい好奇心と、それに伴う一連の行為です。それは彼自身が「歪んだ」と感じる過去の断片であり、深い恥ずかしさと自己嫌悪を伴う記憶です。
しかし、この物語の核心は、単なる過去の告白にはありません。むしろ、その行為に「気づいていたはず」の母親が、なぜ一言も問い詰めず、誰にも告げず、ただ静かに見守り続けたのか——という問いにこそあります。そこには、親子という関係を超えた、深い人間理解と、言葉にされない優しさが横たわっています。
センシティブな題材を、露骨な描写や扇情的な表現に頼ることなく、あくまで颯真の内省的な視点から丁寧に紡ぎ出しています。読者は、主人公の痛みと恥ずかしさを共有しながら、同時に、彼を破綻から救った「沈黙の救済」の重みと温かさを感じ取ることでしょう。
これは、一つの過ちと、その赦しについての物語です。また、成長とは時に恥ずかしい過去を背負いながら、他者の無償の寛容さによって初めて前を向けるようになる過程であること、そして家族の愛が最も深く現れるのは、時に何も言わない瞬間であることを、静かにしかし確かに伝える物語です。
どうか、登場人物たちの静かなる心の襞に寄り添いながら、ページをめくってください。
17歳男子高生と32歳主婦の境界線
MisakiNonagase
恋愛
32歳の主婦・加恋。冷え切った家庭で孤独に苛まれる彼女を救い出したのは、ネットの向こう側にいた二十歳(はたち)と偽っていた17歳の少年・晴人だった。
「未成年との不倫」という、社会から断罪されるべき背徳。それでも二人は、震える手で未来への約束を交わす。少年が大学生になり、社会人となり、守られる存在から「守る男」へと成長していく中で、加恋は自らの手で「妻」という仮面を脱ぎ捨てていく…
上司、快楽に沈むまで
赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。
冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。
だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。
入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。
真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。
ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、
篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」
疲労で僅かに緩んだ榊の表情。
その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。
「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」
指先が榊のネクタイを掴む。
引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。
拒むことも、許すこともできないまま、
彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。
言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。
だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。
そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。
「俺、前から思ってたんです。
あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」
支配する側だったはずの男が、
支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。
上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。
秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。
快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。
――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる