聴こえない声たち

水守 葉

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第九章

音の輪郭

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雨があがった森は、どこか音の輪郭がやわらかくなっていた。
水を含んだ木々が、空気を吸いこみ、吐き出すように呼吸をしている。

蓮は、小さなテーブルの上に録音機を並べ、幾つかの音声ファイルを順に再生していた。

音を録り始めてから、もう幾日が経っている。
気がつけば、彼の手元にはたくさんの“音”が集まっていた。
どれも色がなく、手で触れることもできない。
けれど、それらは確かに「世界のかけら」だった。

蓮は静かに、ひとつひとつ耳を澄ませる。

風が葉を揺らす音。
木の実が土に落ちる音。
鳥の飛び立つ羽ばたきの音。
そして、少しずつ——自分の声も混ざっていた。

「……これは、数日前の僕の声だ」

ふと気づいた。
音は変わらないはずだった。
けれど、自分の声が、ほんのわずかに、違って聴こえる。

最初の録音には、どこか距離があった。
言葉の間合いが長く、音の先に“届く相手”を想定していない声。
それは、森に話しかけているようで、実際には自分の中に吸い込まれていく音だった。

けれど、最近の録音には、かすかに「輪郭」があった。

語尾のやわらかさ、
言葉の選びかた、
吐息の混じり方。
それらが、誰かに触れようとする意志を帯びていた。

蓮は、それが「変化」だとは思わなかった。
ただ、自分の声が“まるく”なっていることに気づいただけだった。

「……誰かに、聴いてほしかったんだな」

呟いた声は、空間に吸いこまれていった。
誰にも届かないようでいて、どこかに滲んでいく。
そんな感覚があった。

彼は再び、録音を流した。
自分の声と、森の音が重なる。
そして、その重なりのなかに、彼はもう「孤独」だけではない感情を聴いていた。

それは、希望とも、願いとも、はっきり名付けられない。
けれど、確かに“ぬくもり”があった。

蓮はふと、録音機に触れた指先をそっと離した。
掌には、やはり何の感触もなかった。
けれど、音が残してくれた「痕跡」は、確かにあった。

人は、触れなくても繋がれるのかもしれない。
そう思うことが、以前よりも自然になっていた。

窓の外で、風が小さく草を揺らした。
その音を、蓮は目を閉じて聴いた。

まるで、自分の声が、風になって森に帰っていったかのようだった。
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