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第十五章
木洩れ日のあいだに
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森の音は、いつもと同じようで、少しだけ違っていた。
風が吹き抜ける速さ、葉が触れ合う強さ、水音の遠さ。
それらが微かに変わるだけで、蓮には空気の調子が分かった。
——誰かがいる。
その姿は見えない。
けれど、森の深さが呼吸しているような静けさのなかに、
ほんのかすかに、異なるリズムが混ざっていた。
蓮は、それを「拒まれていない」と感じた。
それは、誰かが耳を澄ませている証だった。
彼は、その日も録音機を木の根元に置いた。
そっとマイクを風の流れる方向へ向ける。
そして、自分の足音も、声も、なるべく響かせないようにただそこに“いた”。
数十メートル向こうの木陰。
少女もまた、同じように録音機をそっと地面に置いていた。
森の中央を挟んで、ふたりはそれぞれの位置で音を録っていた。
姿は見えず、声もかけない。
けれど、どこかで「この音を、あなたに聴かせたい」と思っている。
鳥が鳴く。
風が二度通る。
虫が葉を這う。
そして、ほんの一瞬——
二人の録音機が、同じタイミングで「カチッ」とスイッチを切る音が、森に重なった。
直接の言葉は、ひとつも交わされない。
だがその静かな交差は、互いの存在を確かに「感じさせる」何かを持っていた。
—
蓮は、録音した音を再生しながら思った。
この森が、声を伝えている。
言葉ではないが、音を通して、誰かの「気配」が染み込んでいる。
それは、もしかすると彼がずっと探していた感覚だったのかもしれない。
触れることも、見つめ合うこともできない。
けれど、確かに「ともにいる」と思える時間。
蓮はそっと呟いた。
「この音が、君に届けばいい」
録音機はそれを収めた。
誰にも聞かれないかもしれない。
けれど、その音は世界に放たれた。
森というひとつの器を通して。
—
少女は、その帰り道で耳を澄ませながら再生した録音のなかに、
誰かの足音と、葉の揺れる方向に合わせて囁くような声を聴いた。
「……この音が、君に届けばいい」
ほんの一瞬だった。
けれど、それは誰かが確かに“向けて発した声”だった。
少女は返事をしなかった。
けれど、その日の夜、家の静かな部屋で、録音機に向かって音を吹き込んだ。
風の音にあわせて、ひとことだけ。
「——聴いています」
—
ふたりは出会わない。
けれど、森をはさんで音が交わる。
まるで、手紙のかわりに響きだけを送るように。
蓮は知らない。
その返事が届いたかどうかも。
けれど、どこかで心の奥が「返された気がした」と囁いていた。
それで、じゅうぶんだった。
風が吹き抜ける速さ、葉が触れ合う強さ、水音の遠さ。
それらが微かに変わるだけで、蓮には空気の調子が分かった。
——誰かがいる。
その姿は見えない。
けれど、森の深さが呼吸しているような静けさのなかに、
ほんのかすかに、異なるリズムが混ざっていた。
蓮は、それを「拒まれていない」と感じた。
それは、誰かが耳を澄ませている証だった。
彼は、その日も録音機を木の根元に置いた。
そっとマイクを風の流れる方向へ向ける。
そして、自分の足音も、声も、なるべく響かせないようにただそこに“いた”。
数十メートル向こうの木陰。
少女もまた、同じように録音機をそっと地面に置いていた。
森の中央を挟んで、ふたりはそれぞれの位置で音を録っていた。
姿は見えず、声もかけない。
けれど、どこかで「この音を、あなたに聴かせたい」と思っている。
鳥が鳴く。
風が二度通る。
虫が葉を這う。
そして、ほんの一瞬——
二人の録音機が、同じタイミングで「カチッ」とスイッチを切る音が、森に重なった。
直接の言葉は、ひとつも交わされない。
だがその静かな交差は、互いの存在を確かに「感じさせる」何かを持っていた。
—
蓮は、録音した音を再生しながら思った。
この森が、声を伝えている。
言葉ではないが、音を通して、誰かの「気配」が染み込んでいる。
それは、もしかすると彼がずっと探していた感覚だったのかもしれない。
触れることも、見つめ合うこともできない。
けれど、確かに「ともにいる」と思える時間。
蓮はそっと呟いた。
「この音が、君に届けばいい」
録音機はそれを収めた。
誰にも聞かれないかもしれない。
けれど、その音は世界に放たれた。
森というひとつの器を通して。
—
少女は、その帰り道で耳を澄ませながら再生した録音のなかに、
誰かの足音と、葉の揺れる方向に合わせて囁くような声を聴いた。
「……この音が、君に届けばいい」
ほんの一瞬だった。
けれど、それは誰かが確かに“向けて発した声”だった。
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「——聴いています」
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蓮は知らない。
その返事が届いたかどうかも。
けれど、どこかで心の奥が「返された気がした」と囁いていた。
それで、じゅうぶんだった。
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