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第十七章
差し出す手のかたち
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朝の森は、音が淡い。
昼よりも光が届かず、夜よりも気配が開かれている。
葉のすれる音が、水に触れたようにまろやかで、
鳥の声も、どこか問いかけるように聞こえた。
蓮はその日、録音機を森の中に置かなかった。
代わりに、ひとつの封筒を、一本の木の根元にそっと置いた。
中には、音の入ったUSBと、短い手紙。
きみがこの森に、耳を澄ませてくれていることが
音で伝わってきました。
これは、僕の音です。
もしよかったら、誰かに聴かせてあげてください。
森のこと、風のこと、僕たちのことを。
会わなくても、交わらなくても、
音は届く。そう思えるようになりました。
それは、彼にとって初めての“差し出す”手紙だった。
受け取ってもらえるかはわからない。
けれど「受け取られてもいい」と思えるだけで、
世界は静かに広がったように感じられた。
—
その翌日。
少女は、森へ向かった。
音を録るのではなく、ただ聴くために。
木々の間を歩きながら、風の向きに注意を払う。
足音はあえて残し、葉の上をすこしだけ擦るように歩く。
蓮と交わした言葉のない交信が、
自分の歩き方にも何かを変えていた。
彼女がいつもの倒木に腰かけたとき、
視線の先に、木の根元に差し出された封筒が見えた。
中身を確かめ、USBを再生する。
流れてきたのは、蓮の音。
風の強さが違う日。水音が近くにある場所。
そして、彼の声。
「……誰かに届いてくれるなら、
この音はもう、僕ひとりのものじゃない。」
少女はそっと、イヤホンを外した。
そして、顔をあげ、空を見上げた。
そのとき、自分のなかで静かに何かが変わった。
この音を、誰かに届けたい。
蓮が自分にしてくれたように。
森の外にいる、誰か静かな場所を探している人へ。
彼女は封筒を鞄にしまい、歩き出す。
森を出て、街に戻って。
音のなかにあった温度と静けさを、
別の誰かの耳に届けるために。
—
森の中で、蓮はその日、録音はしなかった。
ただ、そっと耳を澄ませていた。
音を録るためではなく、誰かがその音を“連れて出て行く”音を感じるために。
そして、かすかに草が揺れる音を聴いた。
葉が折れる音。小石が踏まれる音。
それは、自分が出した音ではない。
けれど、どこか懐かしい歩調だった。
蓮は、微笑むことはしなかった。
けれど、風の音が少しだけ胸に入り込むのを感じた。
——この森を、出ていく音がある。
それは、はじまりの音でもあるのかもしれない。
昼よりも光が届かず、夜よりも気配が開かれている。
葉のすれる音が、水に触れたようにまろやかで、
鳥の声も、どこか問いかけるように聞こえた。
蓮はその日、録音機を森の中に置かなかった。
代わりに、ひとつの封筒を、一本の木の根元にそっと置いた。
中には、音の入ったUSBと、短い手紙。
きみがこの森に、耳を澄ませてくれていることが
音で伝わってきました。
これは、僕の音です。
もしよかったら、誰かに聴かせてあげてください。
森のこと、風のこと、僕たちのことを。
会わなくても、交わらなくても、
音は届く。そう思えるようになりました。
それは、彼にとって初めての“差し出す”手紙だった。
受け取ってもらえるかはわからない。
けれど「受け取られてもいい」と思えるだけで、
世界は静かに広がったように感じられた。
—
その翌日。
少女は、森へ向かった。
音を録るのではなく、ただ聴くために。
木々の間を歩きながら、風の向きに注意を払う。
足音はあえて残し、葉の上をすこしだけ擦るように歩く。
蓮と交わした言葉のない交信が、
自分の歩き方にも何かを変えていた。
彼女がいつもの倒木に腰かけたとき、
視線の先に、木の根元に差し出された封筒が見えた。
中身を確かめ、USBを再生する。
流れてきたのは、蓮の音。
風の強さが違う日。水音が近くにある場所。
そして、彼の声。
「……誰かに届いてくれるなら、
この音はもう、僕ひとりのものじゃない。」
少女はそっと、イヤホンを外した。
そして、顔をあげ、空を見上げた。
そのとき、自分のなかで静かに何かが変わった。
この音を、誰かに届けたい。
蓮が自分にしてくれたように。
森の外にいる、誰か静かな場所を探している人へ。
彼女は封筒を鞄にしまい、歩き出す。
森を出て、街に戻って。
音のなかにあった温度と静けさを、
別の誰かの耳に届けるために。
—
森の中で、蓮はその日、録音はしなかった。
ただ、そっと耳を澄ませていた。
音を録るためではなく、誰かがその音を“連れて出て行く”音を感じるために。
そして、かすかに草が揺れる音を聴いた。
葉が折れる音。小石が踏まれる音。
それは、自分が出した音ではない。
けれど、どこか懐かしい歩調だった。
蓮は、微笑むことはしなかった。
けれど、風の音が少しだけ胸に入り込むのを感じた。
——この森を、出ていく音がある。
それは、はじまりの音でもあるのかもしれない。
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