真実の愛を守るため、悪役令息に婚約破棄を突き付けた【完結】

星森 永羽(ほしもりとわ)

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図書室での遭遇

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 季節が春から夏になりかけていた。

 中庭のテーブルには、王家が用意したランチボックスのみが並んでいた。
 白いクロスの上に整然と置かれた料理は彩りがよく、香りも豊かだ。

 ルネの弁当があまりにみすぼらしかったため、彼には手ぶらで来させている。

 その少年が、遠慮がちに口を開いた。

「あの……厚かましい、お願いですが」

「うん?」

「詩の課題が出てしまって、アドバイスを貰えないでしょうか」

「普通に書けば良いではないか」

「いいえ、詩なんて書いたことないので」

「「「……」」」

 ナディアが、眼鏡の位置を直しながら問う。

「参考までに、平民の学校で何を習ったか聞いても?」

 少年は指を折りながら答えた。

「読み書き、畑のおこしかた、家畜の世話、税金と算盤くらいで……」

 ロナンザが呆れたように眉を上げる。

「よく編入試験に受かったな」

「父上が無理して寄付金積んだと──あ……」

 空気が止まった。

「「「……」」」

 ナディアが静かに言った。

「貴族など、そんなものでしょう。
 その分、充分に学ばねばなりません」

「はい」

「なら、帰りに図書館にいくか。
 ナディア、いくつかわかりやすいものを選んでやれ」

 私の提案に、ロナンザが慌てて手を挙げた。

「あー、ダメダメ。ナディアの“わかりやすい”の基準が普通と違いますから。
 私が選びましょう」

「それもそうか」



 放課後の図書館は、夕陽が差し込み、静かな金色の光に満ちていた。
 高い書架が影を落とし、紙の匂いが心地よい。

 奥の席に、深いワインレッドの髪が見えた。

 クラウスが本を閉じ、こちらへ軽く頭を下げた。

「珍しいですね」

「ああ。
 ……彼はルネだ。フィリップス男爵令息」

「存じてます。
 殿下の婚約者のクラウス・フォン・ヴァレンシュタインだ」

「こ、こ、婚約者?!」

 ピンクの瞳が丸くなる。
 明らかに動揺している。

 ……何故?

「そうだが……」

 ロナンザが眉をひそめた。

「なんだよ?」

「あ、いえ、よろしくお願いします!」

「ああ」

 クラウスは淡々と返すが、その瞳の奥に一瞬だけ揺らぎが見えた気がした。

「じゃあ、わらわ達は詩のコーナーに行く。こちらは気にするな」

「はい」

 クラウスは本へ視線を戻したが、ページはめくられないままだった。




 数日後。
 中庭に向かう途中、甲高い声が響いた。

「王女様!」

 ルネが全力で飛びついてきた。
 次の瞬間、体がぶつかり腕が回される。

 中庭が悲鳴に包まれた。

「貴様! 斬ってやる!」

 ロナンザが剣を抜き、鋭い光が走る。

「やめろ」

「しかし!」

「ルネ、学園で走ってはいけないと教えたはずだ」

「あ、すす、すいません! 嬉しくて、つい……」

 慌てて離れ、縮こまる。

「何が嬉しかったんだ?」

「詩を提出したら合格でした! 皆さんのお陰です!」

 そう言うと、少年は1人ずつ手を取って握手を始めた。

 ロザンナもナディアも、完全に固まった。

 ナディアが咳払いをして言う。

「フィリップス男爵令息。女性に気安く触ってはいけません」

「あ、すいません。気を付けます」

「少しずつ慣れていけばいい。
 ただし、ほとんどの生徒には婚約者がいる。
 距離を保たなければいけない。それはわかるか?」

「は、はい。わかりました」

 少年は素直に頷き、瞳をきらきらさせて笑った。  
 その無邪気さが、胸の奥に小さな波紋を落としていく。



 王宮内にある自室で外出の準備をしながら、机の上に置いていたクッキーを1つつまんだ。
 ルネが差し出した、素朴な甘さの焼き菓子だ。
 プロの菓子とは違うが、どこか温かい味がする。

 そこへ扉がノックされ、深いワインレッドの髪を整えた男が姿を見せた。
 礼装の黒がよく似合い、端正な顔立ちは冷たく美しい。

「お迎えに上がりました」

 視線が私の手元のクッキーに落ち、わずかに眉が動いた。
 微妙な顔だ。

「もう、そんな時間か」

 私は軽く頷き、外套を羽織って部屋を出た。



 劇場は豪奢な装飾に満ち、赤い絨毯と黄金の装飾が眩しいほどだった。

 観客席には貴族たちが並び、舞台には王家を讃える紋章が掲げられている。

 内容は、王家を裏切った者が粛正されるという、あからさまなプロパガンダ劇だった。
 俳優たちは誇張された演技で忠誠を叫び、裏切り者は派手に断罪される。

 私は途中から意識が遠のき、ただ光と音だけが流れていくように感じていた。

 やがて幕が下り、拍手が響く。

「殿下?」

「え?」

「終わりました。帰りましょう」

「ああ……」

 クラウスにエスコートされ、劇場を後にした。



 馬車の中は静かで、揺れが心地よい。
 窓の外を流れる街灯の光が、クラウスの横顔を照らしていた。

「どうしました? ボーッとして」

「友人が『観劇したことない』と言っていた。
 帝都劇場も、もう少し門戸を開くべきでは?」

「格式ある場所と、そうでない場所は分けるべきです」

「……そうか」

 彼の価値観は、いつも揺らがない。
 完璧で、冷たく、変わらない。

「その、お友達と言うのはフィリップス男爵令息ですか?」

「そうだが?」

「少し距離が近いのでは?」

「あれは学園に馴染めないのだ。保護する必要がある」

「男に対して“保護”というのは、いささかプライドに触ります」

「あれは、そういうタイプではない」

「さようですか」

 クラウスの声は静かだが、どこか硬い。  
 ワインレッドの瞳がわずかに揺れ、馬車の灯りに反射していた。

 その沈黙が、重く感じられた。





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