3 / 12
図書室での遭遇
しおりを挟む季節が春から夏になりかけていた。
中庭のテーブルには、王家が用意したランチボックスのみが並んでいた。
白いクロスの上に整然と置かれた料理は彩りがよく、香りも豊かだ。
ルネの弁当があまりにみすぼらしかったため、彼には手ぶらで来させている。
その少年が、遠慮がちに口を開いた。
「あの……厚かましい、お願いですが」
「うん?」
「詩の課題が出てしまって、アドバイスを貰えないでしょうか」
「普通に書けば良いではないか」
「いいえ、詩なんて書いたことないので」
「「「……」」」
ナディアが、眼鏡の位置を直しながら問う。
「参考までに、平民の学校で何を習ったか聞いても?」
少年は指を折りながら答えた。
「読み書き、畑のおこしかた、家畜の世話、税金と算盤くらいで……」
ロナンザが呆れたように眉を上げる。
「よく編入試験に受かったな」
「父上が無理して寄付金積んだと──あ……」
空気が止まった。
「「「……」」」
ナディアが静かに言った。
「貴族など、そんなものでしょう。
その分、充分に学ばねばなりません」
「はい」
「なら、帰りに図書館にいくか。
ナディア、いくつかわかりやすいものを選んでやれ」
私の提案に、ロナンザが慌てて手を挙げた。
「あー、ダメダメ。ナディアの“わかりやすい”の基準が普通と違いますから。
私が選びましょう」
「それもそうか」
放課後の図書館は、夕陽が差し込み、静かな金色の光に満ちていた。
高い書架が影を落とし、紙の匂いが心地よい。
奥の席に、深いワインレッドの髪が見えた。
クラウスが本を閉じ、こちらへ軽く頭を下げた。
「珍しいですね」
「ああ。
……彼はルネだ。フィリップス男爵令息」
「存じてます。
殿下の婚約者のクラウス・フォン・ヴァレンシュタインだ」
「こ、こ、婚約者?!」
ピンクの瞳が丸くなる。
明らかに動揺している。
……何故?
「そうだが……」
ロナンザが眉をひそめた。
「なんだよ?」
「あ、いえ、よろしくお願いします!」
「ああ」
クラウスは淡々と返すが、その瞳の奥に一瞬だけ揺らぎが見えた気がした。
「じゃあ、わらわ達は詩のコーナーに行く。こちらは気にするな」
「はい」
クラウスは本へ視線を戻したが、ページはめくられないままだった。
数日後。
中庭に向かう途中、甲高い声が響いた。
「王女様!」
ルネが全力で飛びついてきた。
次の瞬間、体がぶつかり腕が回される。
中庭が悲鳴に包まれた。
「貴様! 斬ってやる!」
ロナンザが剣を抜き、鋭い光が走る。
「やめろ」
「しかし!」
「ルネ、学園で走ってはいけないと教えたはずだ」
「あ、すす、すいません! 嬉しくて、つい……」
慌てて離れ、縮こまる。
「何が嬉しかったんだ?」
「詩を提出したら合格でした! 皆さんのお陰です!」
そう言うと、少年は1人ずつ手を取って握手を始めた。
ロザンナもナディアも、完全に固まった。
ナディアが咳払いをして言う。
「フィリップス男爵令息。女性に気安く触ってはいけません」
「あ、すいません。気を付けます」
「少しずつ慣れていけばいい。
ただし、ほとんどの生徒には婚約者がいる。
距離を保たなければいけない。それはわかるか?」
「は、はい。わかりました」
少年は素直に頷き、瞳をきらきらさせて笑った。
その無邪気さが、胸の奥に小さな波紋を落としていく。
王宮内にある自室で外出の準備をしながら、机の上に置いていたクッキーを1つつまんだ。
ルネが差し出した、素朴な甘さの焼き菓子だ。
プロの菓子とは違うが、どこか温かい味がする。
そこへ扉がノックされ、深いワインレッドの髪を整えた男が姿を見せた。
礼装の黒がよく似合い、端正な顔立ちは冷たく美しい。
「お迎えに上がりました」
視線が私の手元のクッキーに落ち、わずかに眉が動いた。
微妙な顔だ。
「もう、そんな時間か」
私は軽く頷き、外套を羽織って部屋を出た。
劇場は豪奢な装飾に満ち、赤い絨毯と黄金の装飾が眩しいほどだった。
観客席には貴族たちが並び、舞台には王家を讃える紋章が掲げられている。
内容は、王家を裏切った者が粛正されるという、あからさまなプロパガンダ劇だった。
俳優たちは誇張された演技で忠誠を叫び、裏切り者は派手に断罪される。
私は途中から意識が遠のき、ただ光と音だけが流れていくように感じていた。
やがて幕が下り、拍手が響く。
「殿下?」
「え?」
「終わりました。帰りましょう」
「ああ……」
クラウスにエスコートされ、劇場を後にした。
馬車の中は静かで、揺れが心地よい。
窓の外を流れる街灯の光が、クラウスの横顔を照らしていた。
「どうしました? ボーッとして」
「友人が『観劇したことない』と言っていた。
帝都劇場も、もう少し門戸を開くべきでは?」
「格式ある場所と、そうでない場所は分けるべきです」
「……そうか」
彼の価値観は、いつも揺らがない。
完璧で、冷たく、変わらない。
「その、お友達と言うのはフィリップス男爵令息ですか?」
「そうだが?」
「少し距離が近いのでは?」
「あれは学園に馴染めないのだ。保護する必要がある」
「男に対して“保護”というのは、いささかプライドに触ります」
「あれは、そういうタイプではない」
「さようですか」
クラウスの声は静かだが、どこか硬い。
ワインレッドの瞳がわずかに揺れ、馬車の灯りに反射していた。
その沈黙が、重く感じられた。
10
あなたにおすすめの小説
「地味な婚約者を捨てて令嬢と結婚します」と言った騎士様が、3ヶ月で離婚されて路頭に迷っている
歩人
ファンタジー
薬師のナターリアは婚約者の騎士ルドガーに「地味なお前より伯爵令嬢が
ふさわしい」と捨てられた。泣きはしなかった。ただ、明日から届ける薬が
一人分減るな、と思っただけ。
ルドガーは華やかな伯爵令嬢イレーネと結婚し、騎士団で出世する——はずだった。
しかしイレーネの実家は見栄だけの火の車。持参金は消え、借金取りが押し寄せ、
イレーネ本人にも「稼ぎが少ない」と三行半を突きつけられた。
3ヶ月で全てを失ったルドガーが街角で見たのは、王宮薬師に抜擢された
ナターリアが、騎士団長と笑い合う姿だった。
「なあ、ナターリア……俺が間違っていた」
「ええ、知ってます。でも、もう関係のない話ですね」
愛人の生活費も、お願いします 〜ATM様、本日もよろしくてよ〜【完結】
星森 永羽(ほしもりとわ)
恋愛
政略結婚で結ばれた王子ザコットと、氷のように美しい公爵令嬢ビアンカ。だが、ザコットにはすでに愛する男爵令嬢エイミーがいた。
結婚初夜、彼はビアンカに冷酷な宣言を突きつける。
「お前を愛することはない。俺には愛する人がいる。このエイミーだ」
だが、ビアンカは静かに微笑み、こう返す。
「では、私の愛人の生活費も、お願いします」
──始まったのは、王子と王子妃の熾烈な政略バトル。
愛人を連れて食卓に現れるビアンカ。次々と辞表を出す重臣たち、そしてエイミーの暴走と破滅……。
果たして、王子ザコットの運命やいかに!?
氷の王子妃と炎の愛人が織りなす、痛快逆転宮廷劇!
⚠️ 本作は AI の生成した文章を一部に使っています。 コメディーです。
幼馴染みの婚約者が「学生時代は愛する恋人と過ごさせてくれ」と言ってきたので、秒で婚約解消を宣言した令嬢の前世が、社畜のおっさんだった件。
灯乃
ファンタジー
子爵家の総領娘である令嬢の前に、巨乳美少女と腕を組んだ婚約者がやってきた。
曰く、「学生時代くらいは、心から愛する恋人と自由に過ごしたい。それくらい、黙って許容しろ」と。
婚約者を甘やかし過ぎていたことに気付いた彼女は、その場で婚約解消を宣言する。
前半はたぶん普通の令嬢もの、後半はおっさんコメディーです。
王妃教育の謎~婚約破棄?大歓迎です!
柚屋志宇
恋愛
王太子の婚約者となった公爵令嬢フェリシアは王妃教育を受けることになった。
厳しい王妃教育にフェリシアはすり減る。
しかしある日、フェリシアは気付いてしまった。
王妃教育の正体に。
真実に気付いたフェリシアは、王子と婚約を解消するために王子妃にふさわしくない行動をとると決めた。
※小説家になろうにも掲載しています。
殿下は婚約破棄した私を“横領犯”として追放しましたが、私が“王国の財布”だとご存じなかったのですか?
なかすあき
恋愛
王太子の婚約者であるレティシアは、愛ではなく“王国の財布”に選ばれた内政官だった。
干ばつ救済基金を管理し、徴税と支出の流れを整え、国が崩れないように回してきたはずなのに。
舞踏会の夜。
聖女セシルの涙と王太子の言葉が、レティシアを一瞬で“横領犯”に仕立て上げる。
反論しても届かない。空気が判決を下す場所で、レティシアは追放された。
落とされた先は、干ばつに喘ぐ辺境。
水のない井戸、荒れた配給所、怒りの列。
レティシアは泣く代わりに、配給と水路と記録を整えた。奇跡ではなく、段取りで。
やがて王都は、レティシアがいなくなった穴から静かに壊れ始める。
支払いは止まり、責任は溶け、聖女の“物語”だけが空回りする。
呼び戻しの使者が来ても、レティシアは従わない。戻る条件はひとつ。
――公開監査。
記録水晶が映し出すのは、涙では隠せない日付と署名、そして“誰が何を決めたか”という事実。
この逃げ場のない復讐劇の先に残るのは、王都の再起ではなく、辺境の明日だった。
これは、道具として捨てられた内政官が、二度と道具に戻らず、“責任を固定する”ことで国を救い、自分の居場所を選び直す物語。
ここはあなたの家ではありません
風見ゆうみ
恋愛
「明日からミノスラード伯爵邸に住んでくれ」
婚約者にそう言われ、ミノスラード伯爵邸に行ってみたはいいものの、婚約者のケサス様は弟のランドリュー様に家督を譲渡し、子爵家の令嬢と駆け落ちしていた。
わたくしを家に呼んだのは、捨てられた令嬢として惨めな思いをさせるためだった。
実家から追い出されていたわたくしは、ランドリュー様の婚約者としてミノスラード伯爵邸で暮らし始める。
そんなある日、駆け落ちした令嬢と破局したケサス様から家に戻りたいと連絡があり――
そんな人を家に入れてあげる必要はないわよね?
※誤字脱字など見直しているつもりですが、やはりございます。申し訳ございません。教えていただけますと有り難いです。
自称病弱ないとこを優先させ続けた婚約者の末路
泉花ゆき
恋愛
令嬢エルアナは、ヴィンセントという婚約者がいた。
しかし彼は虚言癖のあるいとこ、リリアンの嘘に騙されてエルアナとの大切な約束を破り続ける。
「すまない、リリアンが風邪を引いたらしくて……」
エルアナが過労で倒れても、彼はリリアンの元へ走り去る始末。
ついに重大な婚約披露パーティまでも欠席した彼に、エルアナは婚約者への見切りをつけた。
「さようなら、ヴィンセント」
縋りつかれてももう遅いのです。
【完結】悪役令嬢ですが、断罪した側が先に壊れました
あめとおと
恋愛
三日後、私は断罪される。
そう理解したうえで、悪役令嬢アリアンナは今日も王国のために働いていた。
平民出身のヒロインの「善意」、
王太子の「優しさ」、
そしてそれらが生み出す無数の歪み。
感情論で壊されていく現実を、誰にも知られず修正してきたのは――“悪役”と呼ばれる彼女だった。
やがて訪れる断罪。婚約破棄。国外追放。
それでも彼女は泣かず、縋らず、弁明もしない。
なぜなら、間違っていたつもりは一度もないから。
これは、
「断罪される側」が最後まで正しかった物語。
そして、悪役令嬢が舞台を降りた“その後”に始まる、静かで確かな人生の物語。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる