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手作りクッキー
しおりを挟む昼、学園の中庭は春の陽光に満ちていた。
白いテーブルクロスが風に揺れ、花壇の花々が色を添える。
私はロザンナとナディアと共に昼食を取っていた。
今日の献立は昨日よりも軽めだが、味は悪くない。
そこへ、ボーイソプラノが響いた。
「王女様!」
1人の少年が全力で駆けてくる。
昨日泥まみれで倉庫から転がり出てきた、あの編入生だ。
中庭がざわついた。
王族の前で走るなど論外だし、呼びかけも“殿下”ではなく“王女様”。
しかも断りもなく、声をかける。
ロザンナが椅子を蹴るように立ち上がった。
赤銅色のショートヘアが揺れ、琥珀色の瞳が鋭く光る。
「貴様! なんたる無礼!」
「え? 僕なにか?」
本人は本気でわかっていないらしい。
小動物のように首をかしげている。
「良い、やめろ」
私は手で制した。
「ですが……」
「先日、貴族になったばかりと聞いたが?」
少年は胸に手を当て、少し息を整えてから答えた。
「そうです。
女手1つで育ててくれた母が亡くなって、父に引き取られました。
父は男爵ですが、母は平民です」
長いまつ毛が影を落とす。
昨日よりもずっと整った姿だが、まだどこか頼りない。
「そうか。これから貴族社会に馴染むのは大変だろうが、努力するように」
「はい。ありがとうございます。
それで……昨日助けていただいた御礼に、クッキーを作って来ました」
小さな包みを差し出してくる。
手作りらしく、リボンが少し曲がっている。
ロザンナの顔が凍りついた。
「おまっ……」
「何もしてないが……そうか。礼を言う」
私が受け取ろうとした瞬間、ロザンナが素早く奪い取った。
「危険です! 触れてはなりません!」
「酷い! 危ないものなど入ってません!」
ルネのピンク色の瞳が潤む。
「ロナンザ、毒味しろ」
「ここで食べる気ですか?!」
「早く」
ロナンザは渋々クッキーを1つ取り、慎重に口へ運んだ。
「……今のところ普通に美味いです」
「ふむ」
私は手を伸ばし、1つつまんで口に入れた。
甘さは控えめで、素朴な味が広がる。
「うん。悪くない」
ルネの顔がぱっと明るくなった。
花が咲いたような笑顔だった。
「良かった」
彼は、今度は2袋の包みを取り出し、側近たちへ差し出した。
「どうぞ」
ロナンザは、一瞬たじろぎながらも受け取る。
「……ああ、いただく」
ナディアも静かに頷いた。
「お茶の時間にいただきます」
「良かった」
安心した途端、ルネの腹がぐうと鳴った。
瞳が恥ずかしそうに揺れる。
「まだ昼食を食べてないのか?」
「え、あの……それが……」
言い淀む様子に、ナディアが淡々と補足した。
「殿下をお待たせないように」
「食堂に行ったら、平民は来るなと言われてしまって……」
私はナディアへ視線を向けた。
灰色の瞳が静かに細められる。
「対策するよう学園に申請します」
私はランチボックスを開き、残っていた料理をルネの前へ差し出した。
白身魚のソテー、野菜のマリネ、焼きたてのパン。
どれもまだ温かい。
「残り物で悪いが、良ければこれを食べないか?」
「え、でも……」
ナディアが冷ややかに言う。
「お待たせないよう言ったはずですが」
「ありがとうございます!」
少年はぱっと笑い、当然のように私の横へ座った。
側近たちはぎょっとしたが、私は首を振って制した。
泥だらけだった昨日とは違い、今日はきちんと整えられた制服がよく似合っている。
頬はまだ幼さが残るが、笑うと花が咲いたように明るい。
「美味しいです!」
「そうか」
「こんな豪華なもの、毎日食べてるんですねー」
「そちも貴族だろう」
「うちは別に裕福じゃないし、正妻様が僕のこと嫌ってるので、いつも使用人と一緒に食べてます」
これにはロザンナもナディアも一瞬、言葉を失った。
「でも大丈夫です。もっと幼い頃なら泣いてたけど、もう成人してるので」
この国では成人は16歳。
ルネは17歳だ。
我々と同じ最終学年。
「……そうか」
彼の素直さが、胸の奥に小さな痛みを落としていく。
更に翌日の昼休み、校舎裏は人の気配が少なく、風が草を揺らす音だけが響いていた。
視線を向けると、桜色の髪がひょこんと見えた。
新しい制服が、どこか所在なげに見える。
ルネが1人、弁当を膝に置いて座っていた。
「何をしている?」
「あ……」
ピンク色の瞳が驚いたように揺れる。
ナディアが静かに言葉を添えた。
「食堂の件でしたら、きちんと学園長に言っております」
「いや、その……何も言われないからと、嫌がられてる中で食べるのは少し……」
言葉を濁す様子に、ため息が漏れた。
「明日から昼食は中庭に来い」
「え?」
「わらわは公務がある故、毎日通学しているわけではないが、いる時は仲間に入れてやる」
「えっ……いいんですか?!」
「そういうことだ」
少年はぱっと花が咲いたように笑った。
その姿を背に、私は歩き出した。
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