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花火を背にキス
しおりを挟むクラウスとのダンスを辞め離れた途端、歩み寄ってきたルネに手を引かれ、半ば強引にバルコニーへ連れ出された。
夜風が頬を撫で、遠くの街灯が揺れて見える。
「待て、ルネ。何だ?」
「いいから来てください」
その瞬間──
パーンッ!
夜空に大輪の光が咲いた。
続けざまに、色とりどりの花火が王宮の上空に広がっていく。
……今日は花火の予定など、なかったはずだが?
「誕生日プレゼントです!」
ルネが花火を指差し、満面の笑みを浮かべた。
「え?」
「殿下、最近ずっと忙しかったから……。
夏休みも、僕のことで余計に忙しくしてしまって……。
だから、何かしたくて……!」
胸の奥が、きゅっと締めつけられた。
花火の光がルネの横顔を照らす。
その表情は、ただただ純粋で、まっすぐで。
「……そちが、これを?」
「はい。僕、平民街の知り合いに頼んで……。
小さい花火ですけど、殿下に見てほしくて」
「資金は、どうした? まさか予算全部、遣ったのか?」
「……あ、えっと、えへへ」
その笑い方で、すべて悟れた。
フィリップス男爵が、次の予算を渡すはずがない。
ということは──
……これでは、ルネが無一文ではないか。
「なんと愚かな……」
「でも、バイトとかすれば何とかなるんで、気にしないでください」
その言葉が、あまりにも軽くて。
あまりにも自分を犠牲にしていて。
胸の奥で、何かがぷつんと切れた。
気づけば、腕が勝手に動いていた。
──ぎゅっ。
「えっ……?」
衝動的に抱きしめていた。
ルネの体温が腕の中にある。
花火の音が遠くなる。
しばらくして、戸惑いがちにルネが、そっと抱き返してきた。
花火が終わり、静寂が戻る。
「ベレッタ様……」
顔を上げた瞬間──
唇が触れた。
「……っ」
驚きで身体が固まる。
「──期待してしまいます。今更、僕を好きじゃないとは言わせない」
それは今まで見たことない、男の顔だった。
鼓動が速まる。
言葉が出ないまま戸惑っていると、また、そっと唇が降ってきた。
夜空の下、花火の残光が消えていく中で──心は初めて、どうしようもなく揺れていた。
夏休み明けすぐのテスト。
最下位かと思われてたルネは──
ナディアの鬼のような補習と、王宮での夜の勉強の成果で、なんとか中間の順位に滑り込んだ。
「はぁ……死ぬかと思いました……」
「当然の結果です。あれだけ教えたのですから」
ナディアは涼しい顔で言い、ロザンナは机に突っ伏したまま大きく伸びをした。
「はあ~……やっと終わった。
体動かしたい。
もう夏も終わりますから、プールで一泳ぎしましょう」
私は教科書を閉じ、少しだけ目を細めた。
「そちは本当に体力おばけだな、ロザンナ」
「泳ぎ納めですよ」
ナディアはため息をつきながらも、どこか楽しそうだ。
「私は見学します。水に濡れると髪が広がりますので」
ルネはテスト疲れでぐったりしながら、こちらを見た。
ピンク色の瞳が不安と期待で揺れている。
「そちが泳ぐなら、付き合ってやらんこともない」
「よし決まりだ! 殿下とルネの勝負だな!」
「ロナンザ様、勝手に決めないでください」
私は小さく笑った。
「まあ、良い。テストも終わったし、少しは羽を伸ばしてもよかろう」
喜ぶルネの横顔を見つめながら、そっと思った。
……彼と過ごす日常は、なぜこうも心が動くのだろう。
水面がゆらゆらと揺れ、夏の終わりの光が反射してきらめいていた。
プールサイドではナディアが読書を続け、ロナンザは相変わらず全力で泳ぎ続けている。
その少し離れた場所で、私とルネはゆるやかに水をかきながら遊んでいた。
ルネは視線の置き場に困っていた。
「どこを見ていいか、わかりません。
──わっ」
その照れた声が可笑しくて、ぱしゃっと水をかけた。
「そんなに照れるな。余計に狙いたくなる」
「ひゃっ、やめっ……!」
ルネが慌てて逃げるように水をかく。
水しぶきが上がり、2人の笑い声が響く。
ふざけ合っていて、ふと気づく。
「……あれ?」
「ナディア様とロナンザ様、いませんね……?」
プールサイドは静まり返っていた。
読書していたはずのナディアも、泳ぎ狂っていたロナンザも姿がない。
「えっ……もうこんなに暗い……?」
空は夕闇に染まり、プールのランプがぽつぽつと灯り始めていた。
「……夢中になりすぎたな。上がろう」
プールの縁に手をかけた、その瞬間──
つるっ。
「──っ」
「危ない!」
ルネが反射的に手を伸ばし、私の身体を抱きとめた。
濡れた肌が触れ合い、顔が驚くほど近い。
呼吸が、かすかに乱れる。
「……すまない」
恥ずかしくなって俯くと突然、抱きしめられた。
そして──
そっと、唇が降ってくる。
慣れない熱に戸惑ったが、静かに受け入れられた。
水音だけが響く、夏の終わりのプール。
ルネは唇を離し、震える声で言った。
「……ベレッタ様と……ずっと一緒にいたいです。
離れたくない……」
私は息を呑んだ。
その言葉は、あまりにも真っ直ぐで、幼くて、痛いほど強い。
ゆっくりとルネの頬に触れ、指先でその熱を確かめる。
「……わらわも、そちと離れたくないと思ってしまう」
立場、責任、婚約、未来──すべてが2人の間に立ちはだかる。
それでも……。
「……そちの気持ちを、無かったことにはできぬ。
わらわの心も……もう、動いてしまっている」
ルネは目を見開き、私の手を握り返した。
プールサイドの灯りが2人を照らし、静かな水面が揺れた。
その距離は、もう戻れないほど近かった。
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