【完結】クズ夫を嫉妬させる役のモブ王子が激甘でした ※ただし彼には本命の愛人がいます

星森 永羽(ほしもりとわ)

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酷い人

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 夏になり、私はもう彼を拒む気力をなくしていた。  
 夜になれば、彼は来る。  
 何も言わず、ただ隣にいる。  
 私は目を閉じ、何も感じないふりをすることに慣れていった。

 ある夜、彼が私の足元に跪いた。

「セフィナは、遠い異国の修道院にやったよ」

 私は冷たい瞳で、彼を一瞥した。

「それが何?」

「君が奪われて、君がどれほど大事か……わかった。いや、より自覚した。  
 そして、君がマティアスを選んだと知って、絶望した。  
 でも、セフィナと別れなかった僕には、絶望する資格もなかった」

「そんなの、当たり前でしょう」

「ああ……君を傷つけてきて、申し訳なかった」

「今さら言われても、遅い」

「これからは絶対に傷つけない。セフィナには、もう会わない」

「信じないし、もうあなたの愛は要らない」

 彼はそれでも、私を見つめていた。

「僕には、君が必要なんだ」

 ──もしあの時、セフィナには見向きもせず、真っ直ぐ私に駆け寄ってきたのなら。  
 その後どうなろうと、マティアスを受け入れることなんてなかった。

「すべて、手遅れなの」

 そう告げると、彼はしばらく黙っていた。

「……マティアスとは、どんな風に過ごしたの?」

「婚約式、結婚式、即位式の準備で忙しかったから……デートしたのは、数えるほどよ」

「何をした? どんな話を?」

 私は少しだけ目を細めた。

「……あなたは、私が“セフィナとどんなデートしたか”って聞いたら、嫌じゃないの?」

「答えるよ。ほとんど家の中で過ごした。ヴァネッサが危険だったし、父からの条件もあったから。年に1回くらい、御忍びで城下町に行った」

「……楽しかった?」

「まだ好きだった頃は、楽しかった。……でも、義務と罪悪感が勝ってからは、苦痛だった」

 ──結局、これだ。

 彼は言い訳を並べたけど、そこなのだ。  
 セフィナが好きだったのだ。  
 そして今も、心のどこかに気持ちが残ってる。  
 だから助けた。それだけのこと。

「……そう。もう頭痛がするから、寝る」

 私は背を向け、目を閉じた。  
 眠れるはずもない夜が、また始まった。





 サッカー観戦のため、支度を終えたところに、扉が開く音がした。

「なんて格好してる、それで出かけるつもりか」

 振り返ると、ティエルの目が私の服装に釘付けになっていた。

「今、展開してる私のドレスよ」

 2ピースのマーメイド・ライン・ドレス。
 トップスは首と腰を、それぞれリボンで結ぶ。ファスナーもボタンもない。
 下着はヌーブラなんてないから、胸パッド以外はレースのチューブトップ。前についてる紐でサイズ調節する。
 スカートは内ボタン留め。  
 全部1人で着られるように設計した。

「熱いから涼しげでいいでしょう? これでサッカー観戦すれば、目立って売上倍増ね」

 その瞬間、ティエルが私を抱き上げ、寝室に連れ戻した。

「やだ! 何してるの?!」

「こんな格好で、外に出るのは許さない! ほとんど下着だろう!」

「夜会のドレスと、たいして変わらないって」

「どう見たって男を誘ってるだろう」

「密会を想定して作ったドレスなんだから、それでいいの」

「君は今、僕の愛妾の立場なんだぞ。本当に子供を産む気あるのか? 母親の自覚はあるか」

 言葉に詰まる。  
 私は、ただ静かに視線を逸らした。

 彼は私をベッドに横たえ、手早くドレスを剥いでしまった。

「ほら、こんな簡単に“生まれたての姿”になる。これで外出は許可できない。 
 宣伝したいなら、モデルを雇ってショーをさせるんだ。君は着るな」

「……わかった」

「いい子だ」

 額にキスを落とされる。  
 ──こういうことするの、マティアスにそっくり。  
 父王がそういう人だったのかな。

 彼のキスが、顔から下へと滑っていく。

「何してるの?」

「安定期に入った、と医者から聞いた」

「……は? 抱こうとしてるの、私を?」

「ダメ?」

「信じられない。最低」

 私は彼を押し退け、シーツを体に巻いた。

「でも君は、僕の妾だろう。拒否する権利はないよ」

「ああ、そう。じゃあ好きにすれば」

「うん。好きにする」

 彼は私を抱き寄せ、再びキスを落とす。  
 しばらく唇が重なり、息が浅くなる。

「君の足が誘ってくるんだけど、僕の理性を試してるの?」

 顔が熱くなる。  
 勝手に脚が動いてしまっていた。

「あ、あなたは、そのつもりなのでしょう?」

「君が欲しがってくれるまで、最後まではしないよ」

「っ……」

 なにそれ。中途半端な優しさ。  
 こっちは好きだった頃を思い出して、体が火照ってしまったのに。  
 でも「抱いて」なんて、口が裂けても言えない。

 ……何この状況?

 ティエルがくすっと笑って、また口づけた。  
 わざと? 焦らしてる?  
 ──本当に、酷い人。




「お待たせして、ごめんなさい。始めて」

 私の一言に、選手たちは一礼し、試合が始まった。

 サッカー。  
 初お披露目の場でマティアスが射たれたことで、不吉なスポーツと囁かれた。  
 けれど政変を経て、そのイメージは払拭されつつある。  
 今では、若者たちの間でじわじわと人気が広がっていた。

「そういえば新しい家、気に入った? ……聞いてる?」

 隣で観戦していた皆が、試合にのめり込んでいて、話しかけても気付かない。
 これは、王宮の庭にサッカー場ができるのも時間の問題だろう。
 スポーツで国同士、人同士の友好を育てる──そういう世界になって欲しい。




 天の川を切り取ったようなドレスをプレゼントされ、着替えると、屋上へと誘われた。

 そこには、かつてマティアスが用意してくれたようなテーブルがセットされていた。  
 キャンドルの火が、夜風に揺れている。

 私は椅子に腰を下ろした。

「今日で、出会って1年だ」

「っ……言われてみれば、そうね」

 フローディア国の建国祭。  
 あの日、私は後宮に入れてくれと頼んだ。  
 当時の夫から逃げるために。

 あまりに多くのことがありすぎて、まるで何年も前のことのように感じる。

 ──でも、まだ1年しか経っていない。  
 それでも、私は確かにここにいる。  
 自分の足で、歩いてきた。

「僕の自己満足に付き合ってほしい。君と過ごしたいんだ」

 ティエルがワイングラスを掲げた。キャンドルの灯りが赤い液面に揺れ、翡翠の瞳にも淡く映る。
 色んなことがあって精悍さを増した美貌は、暗いの中でも魅力的だった。

 私は黙って、ジュースの入ったグラスを持ち上げた。乾杯の音は小さく、夜風に溶けていった。

 料理が運ばれ、2人は静かにナイフとフォークを動かす。屋上からは、かつての離れの跡地が見えた。黒く焦げた地面は、夜の闇の中でもなお異質で、そこに刻まれた記憶を否応なく呼び起こす。

「食事中にする話じゃないけど、聞いていい?」

 私がそう切り出すと、ティエルはナイフを置き、頷いた。

「何なりと」

「……知ってたの? マティアスが、女性を地下に……」

 ティエルは少しだけ翡翠の目を伏せ、静かに答えた。

「思春期に入った弟が、母に似た女性を次々エスコートしてるのは知ってた。けど……純粋に、母が恋しいのだと思っていた。さすがに殺してると知っていたら、隔離していたよ。あれは……病気だ」

 ──処刑じゃなくて隔離。  
 いかにも王族らしい。

「……そう。気付かなくても仕方ない。彼の演技は完璧だった」

 まるで、本当に私を愛しているみたいだった。  
 あの目も、あの声も、あの手も──全部、嘘だった。けれど、私には真実に思えた。

「そう言ってもらえると、救われるよ」

 ティエルの声は、どこかほっとしたように揺れていた。

「今度は、僕から質問しても?」

 私は小さく頷いた。  
 夜空には、星が滲んでいた。まるで、遠い記憶の断片が、空に散らばっているようだった。

「どんな男が好み?」

 唐突な問いに、私は思わず眉をひそめた。

「は?」

 ティエルは真剣な目で、こちらを見つめていた。

「君が過去を許してくれないなら、1から構築すればいい。新たに始めよう。君の理想になりたい」

 その言葉に、胸の奥がわずかに揺れた。  
 けれど、それは期待ではなく、戸惑いだった。

 私は手を止め、カラトリーを静かに皿の上に置いた。  
 深く息を吸い、言葉を選ぶ。

「……フォレスのように強くて誠実で、トーレンのように男気があり、バズのようにしっかりしてて、ディノのように無駄がなく、アレクのように度胸があって頭が切れる人」

 ティエルは一瞬、言葉を失ったようだった。  
 そして、苦笑いを浮かべる。

「……そうか。まだ何年もかかりそうだ」

「いい加減、私に執着するのやめたら?」

 私は静かに言った。  
 翡翠の目がわずかに揺れるのが見えた。

「あなたは、セフィナの時みたいに自分の誓いに縛られてるのよ。“私を正妻にする”って誓ったことを、ずっと引きずってる。  
 でも、そんなことしても──誰も幸せにならない」

 ティエルは長く息を吐いた。  
 その吐息には、諦めとも、納得ともつかない重さがあった。

「……わかった」

 その一言が、夜の静けさに溶けていった。  
 風が吹き抜け、キャンドルの火が小さく揺れた。







 1年後、ようやくオナモミ国にたどり着いた。

 空は高く、乾いた風が肌を撫でる。  
 街を行き交う人々は褐色の肌に痩せた体つきが多く、ワンショルダーの布を巻いた服が主流のようだった。  
 陽射しは強いが、どこか懐かしい香りが漂っている。スパイスと果実、そして焼いた穀物の香り。

 「料理が美味しいわ。……これは料理店、出さない方がいいかも」

 私は笑いながら、皿の上の香ばしい串焼きを口に運んだ。  
 舌に広がる複雑な香辛料の風味に、思わず目を細める。

 「スパイスが効いたものを好むので、和食は受けないでしょうね」

 アレクが冷静に言いながら、隣でスープをすする。

 「うーん……」

 オナモミ国は香辛料の輸出で栄えており、港にはアスピル大陸からの商人も多く集まっていた。  
 このままここに根を下ろすか、それともランマかアークへ向かうか──選択肢はまだある。

 「しばらく観光して決めましょう」

 フォレスの言葉に、私は頷いた。  
 焦る必要はない。  
 ここまで来たのだ。少しくらい、風に身を任せてもいい。




 2ヶ月かけて、私達はオナモミ国を巡った。  
 乾いた風と、香辛料の香りが混ざる市場。赤土の大地に、色とりどりの布がはためく。陽射しは強く、空気は熱を含んで肌にまとわりつくけれど、不思議と心は軽かった。

「足りないのは印刷技術くらいだけど、印刷機はアピリル大陸で作ったほうがいい」  

 私は地図を広げながら、アレクに言った。

 彼はライトブラウンの髪をかき上げ、青い目を細めて頷く。日焼けした肌に浮かぶ汗が、旅の疲れを物語っていた。

「それならランマ国に行きましょう。 
 あそこはフォーという米麺が主流で、味覚が和食に近いですから。料理店を出せば流行ります」  

「ランマ国には、何が足りてないの?」
  
「そりゃ、アルセイン国に比べたら足りないものだらけですが……高温多湿で保存食があまり持ちませんね」

 私は思わず声を上げた。

「え、じゃあツナがいいんじゃない?」  

「庶民には少し高いですけどね」  

「コストを抑えるには?」  

「瓶でなく陶器を使い、蓋は蝋封して密封性を維持します。容器はアルセインから買うより、ランマ国で生産した方が安い」

 なるほど。ガラス容器は、確かに高い。

「そうね……でもツナの生産量、増やせそう?」  

「もう1艘、船を買うのがいいかと」  

「なら、私が買う。大砲搭載の」  

「おおお……!」

 仲間たちの歓声が上がる。私は笑って、地図を指差した。

「じゃあ、商業ギルドに注文して、ランマ国に行きましょう」

 そのときだった。空が割れるような音とともに、スコールが降り出した。  
 私たちは近くの寺院に駆け込み、雨宿りをすることにした。濡れた服が肌に張りついて冷たい。そこへ、年配の尼僧が現れた。

「中へお入りなさい。着替えと、精進料理を用意しますよ」

 ありがたく案内され、温かい湯気の立つ食事と乾いた衣を受け取った。心までほぐれていくようだった。

「もう1人、アルセイン国の言葉を話せる人がいるんだけど……引きこもって出てこないの」  

 尼僧が、ぽつりと漏らす。

「まあ……良ければ、これ」  
 私は自分の商品である細い針を1本、そっと差し出した。  
「部屋の中で刺繍でもしていれば、心が落ち着くかもしれません。今日のお礼にどうぞ」

 尼僧は目を見開いた。

「これ……最近話題の、1年ほど前に富裕層向けに発売されて、庶民は最近やっと手に入るようになりました。こんな細い針を大量生産してるなんて信じられない。従来品より安いんだもの」

「じきに“ミシン”という……価格は高いのですが、速く布を縫える機械も来ます。今は生産が間に合ってないのです。でも、こちらでも販売できるようになれば、市場に革命が……いい意味で」

「あなたが……開発者? そんな……凄い」  

 尼僧は私を拝もうとした。

「やめてください。発想が豊かなだけです。──そろそろ、おいとましましょう」


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