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仲間達と再会
しおりを挟む「ずいぶん大きい船ね。大砲もついてるし、立派……どうしたの?」
私は甲板を見渡しながら、思わず声を漏らした。艶やかな黒い船体に、金の装飾が施された舷側。帆は真新しく、風を受けて堂々と膨らんでいる。まるで王族のために仕立てられたような、威厳と美しさを兼ね備えた船だった。
「何を言ってるんです? お嬢様が、昨年の秋に注文した船です。本国から運ばれて来たのです」
フォレスが呆れたように言った。
「ああ! あれ!」
思い出した。マグロを獲るのに、漁船も兼ねている。
「誰が運んでくれたの?」
その問いに、聞き覚えのある声が返ってきた。
「ご無沙汰してます」
振り返ると、銀縁の眼鏡をかけた青年が立っていた。ライトブラウンの髪を後ろで束ね、整った顔立ちに相変わらずの穏やかな笑み。
「アレク!」
私は駆け寄って、彼の手を取った。
「良かった、生きてて……!」
「ラッキーなことに、本国に帰る船に拾われましてね。我ながら運の強さにびっくりです」
アレクは肩をすくめて笑った。
「この船なら、嵐が来ても、もう横転したりしませんよ」
「そうね……これなら、いくらでも旅ができるわ」
私は空を見上げた。雲ひとつない青空が広がっている。あの嵐の夜が、まるで遠い昔のことのように思えた。
「まずは帰りますよ?」
フォレスが真面目な顔で言う。
「勿論。でもその前に、トーレンとイキリを回収していかないと。
……トーレン?」
視線を向けると、トーレンが海賊たちに指示を出しながら、こちらに歩いてきた。周囲を警戒する目の中に、どこか寂しげな色が混じっていた。
「エムサンム村に寄ってから帰るわよ」
そう言うと、トーレンは立ち止まり、帽子を取って頭を下げた。
「お嬢様、すいません。俺は……残るっす」
「……はい?」
思わず聞き返した。胸の奥が、ひやりと冷たくなる。
「元いた頭斬って、今は俺が頭なんす。一緒に陸に上がれば逮捕される奴ばっかだし、かと言って海に置いておけば秩序がなくなるし」
オレンジ色の髪が風に揺れた。日焼けした肌に浮かぶ傷跡が、彼の選んだ道の重さを物語っている。
「で、でも、それはトーレンの責任じゃ……」
言いかけた私の言葉を、彼は首を横に振って遮った。
「いいえ、俺の責任っす。それに、命助けられたんで、捨てれないっす」
その声に、私は何も言えなくなった。胸の奥が、じんわりと痛む。
「バズとディノ見つけたら知らせるから、落ち込まないでください」
「え? 一緒じゃないの? てっきり……そう。わかった。元気でね」
言葉が喉に引っかかる。けれど、彼はいつものように笑って言った。
「今生の別れじゃないっすから」
私は小さく頷いた。彼は踵を返し、自分の船へと戻っていく。細身の背中が、どこか遠く感じられた。
フォレスが出航の合図を出し、私たちの船がゆっくりと動き出す。海が割れ、波が船体を押し上げる。私は手すりに身を乗り出し、声を張った。
「助けてくれて、ありがとう!」
トーレンがこちらを振り返り、手を高く掲げて振ってくれる。
「今回だけじゃなくて、ラッシュの時も! マティアスの時も!」
「俺は、お嬢様の護衛なんだから当たり前っす!」
その言葉に、私は思わず笑って、もう1度手を振った。けれど、胸の奥は冷たいままだった。
「マティアスとディルが死んだ時より辛い……」
ぽつりと漏らした私の言葉に、隣にいたフォレスが静かに答えた。
「ディルガームの方は、まだ生きてると思いますよ」
「私の中では死んだのよ」
しばらくの沈黙のあと、フォレスが小さく頷いた。
「……そうですね。死にました」
船はゆっくりと港を離れ、夕陽の中へと進んでいった。風が頬を撫で、遠ざかるトーレンの姿が、やがて波の向こうに溶けていった。
エムサンム村の空気は、相変わらず土と草の匂いが混じっていて、どこか懐かしかった。赤土の道を踏みしめながら、私は村の広場へと足を運ぶ。そこに、見慣れた赤い縮れ髪が見えた。
「イキリ!」
振り向いた彼女が、赤い目を丸くした。
「フリージア? 何だ、その格好? 結婚式は?」
私は破れた婚礼衣装の上に、フォレスの上着を羽織っていた。袖が長すぎて手が隠れてしまっている。
「あー、えっと……色々あって未亡人になっちゃった」
「凄いはしょるな」
私は笑って、懐から小さな袋を取り出した。
「はい。刺繍売ったお金」
イキリは袋を受け取って中を覗き、赤い目を見開いた。
「こんなに? でも、この村にいても使うことないからさ。やるよ」
「え? 私、お金持ちだからいいよ。この村でも、お金は使うし。
良ければアルセイン国に行かない? いま船に荷物を積んでるとこなの」
イキリは少しだけ目を伏せて、首を横に振った。
「そんな遠く……あたいは村から出たこともないのに、いきなり外国は無理だ。言葉も違うだろうし」
「……そう。わかった。
ともかくディルの一団は、もう来ないから」
「本当に?! ああ……でも、そうなるとまた新しい海賊が……」
「ここを見回り区域にするよう、オナモミ国の王に言ってみるね」
イキリはしばらく黙っていたが、やがてぽつりと呟いた。
「……本当に王妃だったんだな」
私は笑った。
「今まで、ありがとう」
「こちらこそ」
風が吹き抜け、イキリの赤い髪がふわりと揺れた。私はその姿を目に焼きつけるように見つめた。
初夏の風が、王宮の回廊をすり抜けていく。白い大理石の床に陽が差し込み、庭のパンジーが揺れていた。私はその名の花と同じ名を持つ、小さな命に駆け寄った。
「パンジー!」
赤ちゃんは、何だ? という顔で私を見上げた。ふわふわの白金色の髪が光を受けてきらめいている。ルビーピンクの瞳が、私をじっと見つめていた。
「大きくなったわね、ママよ」
パンジーは「あーあー」と口を動かした。
「うん、そう」
ありがたいことに、ホワイトブロンドに生まれてくれた。だから、今のところティエルの子供として通っている。誰も疑わない。いや、疑っても、誰も口には出さない。
「ぱあぱあ」
その声に、背後から足音が近づいてきた。振り返ると、イエローベージュの髪を肩まで流した男が、優雅な足取りで現れた。
彼がパンジーを抱き上げ、頬を寄せた。
「何でパパは言えるの?」
「君より遥かに、会う回数多いからに決まってるだろう」
くっ……言い返せない。私は視線を逸らして話題を変えた。
「そうだ。船の護衛兵、貸してくれたって聞いた。ありがとう」
「いや、僕の船も平走して行ったから、いざとなったら守ってもらおうと思ってね。巨大戦艦に」
「……そう」
あのとき、軍艦の後ろから来た商船が彼のだったらしい。
「それより、また妊娠したそうだな。今度は僕の子だと誤魔化せないよ?」
私は、ため息をついた。
「そもそも、死後離婚するのに1年かかるから。この子はディルの子よ」
ティエルはパンジーを抱いたまま、肩をすくめた。
「今回も結婚式に合わせて助けに行ったのに、またこれだ」
「私の居場所、わかってたの?」
私はパンジーの小さな手を握りながら、ティエルに問いかけた。彼は、初夏の陽射しを受けた庭を見つめていた。
「わかったのは、再会する少し前だよ。トーレンからギルドを通じて『お嬢様らしき人が海賊団にいる』って報告があった。
『1度、交戦して撤退した相手だから、戦力を増やさないと救出できない』と。だから先に、僕の影を送った」
私は息を呑んだ。
「あ、ディルの首に刺さった針は……影が?」
「そういうこと」
「そうだったの……ありがとう」
「次は……君を、ちゃんと守る男を選んでくれ」
その言葉に、私は苦笑した。
「選ぶって言うか、選択肢なかったと思うけど。マティアスも、ディルも。
でも、どうなんだろう? どこまでがストックホルム症候群で、どこまでが純粋に恋してたんだろう?」
私はパンジーの髪を撫でながら、ぽつりと続けた。
「ストックホルム症候群っていうのは極限の状態で防衛本能が働いたり、緊張のドキドキを脳が恋と勘違いして、犯人に好意を抱いてしまう症状。
思い出って風化するから、後で考えてもわからないよね」
ティエルは少しだけ笑って、私を見た。
「君らしい考察だね。
でも、過去にラベルを貼りたいのは自分が整理したいと思ってるからで、整理する必要がなくなれば、要らないんじゃないか?」
「どういうこと?」
「つまりだから、くだらない奴らのことはゴミ箱に捨てて、そんなことに時間使うなってこと」
私は目を見開いて、彼を見つめた。翡翠の瞳は、いつも通りの余裕をたたえていたけれど、その奥にあるものは、きっと──
「……そうね。そうかも」
パンジーが「あー」と声を上げ、私の指をぎゅっと握った。
屋上に出ると、風が頬を撫でた。初夏の陽射しが白い石畳を照らし、空はどこまでも澄んでいた。かつてマティアスの離れがあった場所は、今では花壇になっていた。
一面に咲き誇るのは、私と同じ名を持つ花──フリージア。白、黄、薄紫。風に揺れるたび、甘く淡い香りが立ちのぼる。
ティエルが昔、言っていた。「王宮の庭をすべてフリージアにする」と。あの時は冗談だと思っていたけれど、律儀な男だ……愛人の骨をとりに遠い国まで行って、ついでに元婚約者を助けるなんて。
……あれ? 今も私は、ティエルの愛妾なんだろうか?
まあいい。後で聞こう。今は、ただこの風に身を任せていたい。
──ティエル、マティアス、ディルガーム。
私は、誰かを愛したのかな? 愛したんだろうか? それとも、ただ必要とされることに縋っていただけ? 愛って、何かな?
わからない。ただ、この城にいると、ティエルの近くにいると、胸が苦しくなる。
玄関に向かうと、メイドが慌てて駆け寄ってきた。
「フリージア様、どちらへ?」
「帰るのだけど?」
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「後宮に、お部屋を用意しております。出産されるまで、そちらでお過ごしください。そのように、陛下が」
やはり、まだ私は愛妾だったんだろうか。
考え込んでいると、メイドが続けた。
「それと『食事を一緒に』とのことです」
私はため息をついた。身分が違うから断れない。仕方なく、後宮へ向かった。
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