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エイミー爆食
しおりを挟む朝の食堂には、焼きたてのパンとハーブの香りが漂っていた。
そこへ、ビアンカとウィリアムが優雅に現れた。
「ATM様、おはようございます。
なぜ後宮でなく、ここへ?」
「は? なぜ後宮……あれ、嫌な予感が……」
背中に冷や汗が落ちていく。
ビアンカは微笑みながら、さらりと言った。
「モルドレッド男爵令嬢を、公妾として承認しました。
昨日、後宮に移動したはずです」
「なぜ今更そんな……」
「今さら? 私と殿下が結婚して、まだ1週間ですが? むしろ早い対応では?」
俺は言葉を失った。
ビアンカは続ける。
「殿下、モルドレッド男爵令嬢とは一生別れられませんよ。
公の場で“真実の愛”だと宣ったのですから。
別れられるとしたら──病気療養か、死別ですね」
頭を抱えた。
脳裏に、後宮で騒ぎ立てるエイミーの姿が浮かぶ。
「……エイミーは病気ということにして、他に公妾を抱えていいだろうか」
「正室と婚姻して1週間程度で、“真実の愛”が公妾になってすぐ病気になり、新しい妾をとったと国民が聞いたら──どう思います?」
俺は机に突っ伏しそうになりながら、呻いた。
「俺は……どうすればいい?」
「意地でもモルドレッド男爵令嬢に、妃教育を施すのです。
監禁して、勉強を拒否したらムチで打ち、食事を抜く」
「それは、ちょっと……」
「そもそも、殿下が公に婚約者を変えると言った時点で、モルドレッド男爵令嬢は私より優秀でなければならなかったのですよ。
それが出来ていなかったから、あなたは後1歩で廃嫡なのです」
そう。
俺は学園の卒業パーティーで「婚約者をビアンカからエイミーに変える」と宣言して、父王に大目玉を喰らった。
確かに、もしエイミーがビアンカより優秀なら、宣言通り婚約者を変えられただろう。
「しかし……エイミーは、凄くバカなのだ」
「では、2人で平民におなりください。
私は離婚するので、公爵令嬢に戻ります」
「わかった……。エイミーを教育すればいいんだな?」
「それを決めるのは殿下なのに、なぜ疑問形ですか?」
「わかった……ちょっと行ってくる……」
俺は椅子を蹴るようにして立ち上がり、ふらふらと食堂を出ていった。
建国記念パーティーの会場は、金と白を基調とした豪奢な装飾で彩られていた。
天井から吊るされた水晶のシャンデリアが、無数の光を床に落とし、貴族たちの衣装がその光を受けてきらめいている。
だが、その輝きの中に、俺の心を刺すような視線がいくつもあった。
本来なら夫婦で、並んで入場する初舞踏会。
しかし、俺たちは別々に現れた。
俺とエイミー、そしてビアンカとウィリアムのペアで。
貴族たちは驚きもせず、むしろ納得したように視線を交わしていた。
俺がかつて「婚約者を変える」と公言したことを、誰もが覚えているのだ。
そして──
「わあああああっ!」
エイミーが真っ赤なドレスをひらめかせ、一目散に料理コーナーへ駆けていった。
テーブルに並ぶローストビーフ、チーズ、パイ、果物、そして山盛りのチキン。
彼女はそれらに飛びつき、まるで飢えた獣のようにガツガツと食べ始めた。
チキンの骨をバリバリと噛み砕き、ソースを口元にべったりつけながら、次から次へと皿を空にしていく。
──エイミーが勉強を拒否するたび、食事を抜いた。
たった3週間で4キロも痩せた。
今の彼女はその反動をすべてぶつけるように、食べて、食べて、食べていた。
会場のあちこちから、貴族たちの心の声が聞こえてくるようだった。
「……あれが“真実の愛”?」
「いや、あれは真実の胃袋だ」
「王子、あれを妃にしようとしたのか……」
「ビアンカ妃殿下が去ったら、この国、終わるな」
俺は隣で顔を引きつらせながら、必死に小声で囁いた。
「やめろ……やめてくれ……」
だが、エイミーは聞いちゃいない。
チキンの骨をバリバリと噛み砕き、次の皿へと手を伸ばしていた。
俺は頭を抱えた。
──誰か、時間を巻き戻してくれ。
あの日、あの瞬間に戻って、俺の口を塞いでくれ……。
エイミーの凶行を無視するように、パーティー開幕の挨拶が終わり、会場に静寂が訪れた。
その中心に立ったのは、銀のドレスに身を包んだビアンカだった。
背筋を伸ばし、灰色の瞳をまっすぐに向けるその姿は、まさに王妃の風格を備えていた。
「夫の気分が優れないということで、私から発表いたします」
会場がざわめく中、彼女ははっきりと告げた。
「皆さまもご存知の通り、ザコット殿下には“真実の愛”の相手がいらっしゃいます。
このたび私の承認を得て、その方が公妾となりました。
──モルドレッド男爵令嬢です」
一斉に視線が、料理コーナーへと向けられた。
そこには、真紅のドレスを油で染め上げ、皿を抱えたままチキンにかぶりつくエイミーの姿があった。
口元にはソース、指先にはグレイビー、髪にはパンくず。
彼女は視線に気づくこともなく、夢中で食べ続けていた。
「エイミー! いい加減にしろ!」
俺は耐えきれず、声を上げた。
「何よ! 私からフライドチキン奪おうったって、そうはいかないわよ!」
「違う! 今、お前が公妾になったと公表されたんだ! 挨拶するところだろう!」
「こうしょうって何?」
会場がざわついた。
貴族たちの視線が、冷たい氷のように突き刺さる。
「……公妾の意味、知らなかったのか!?」
「いや、まさか“公”の意味すら……?」
「殿下、これはもう……国辱では……?」
会場中から叱責と疑問の声が飛ぶ。
ビアンカが静かに歩み寄り、エイミーに語りかけた。
「モルドレッド男爵令嬢。
公妾とは、公式な王子の愛人です。国に認められた存在です」
「愛人ですって? ザコットは私に『結婚しよう』って言ったのよ?
それが何故、愛人なの?」
「今のあなたでは、妃としての実力がないからです」
「だったら私が正室、あなたが側室になって政務をすればいいじゃない! 子供は私が産むわ!」
その瞬間、玉座に座っていた父上──国王が、静かに立ち上がった。
「この馬鹿を牢に入れろ。会場から引きずり出せ」
「ちょっと! やだ! 私、王子の真実の愛なのよ!?
離してよ! チキンまだ食べてないのに!」
エイミーの叫び声が響く中、兵士たちが彼女を引きずっていく。
ドレスの裾が床を引きずり、油の染みが赤い絨毯に点々と残された。
俺はその場に立ち尽くし、頭を抱えた。
──終わった。すべてが、終わった。
いや、始まってすらいなかったのかもしれない。
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