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ザッパー教を国教にする
牢の中は冷たく、湿っていた。
壁に背を預け、俺は天井を見上げた。
こんなところで、終わるのか。
こんなことなら、ずっと教団の中にいればよかった。
牢の扉が軋み、ヒールの音が近づいてきた。
冷たい空気が一層冷たく感じられる。
「お久しぶりね、ATM様(使用停止中)」
ビアンカが、優雅に微笑んでいた。
黒髪をきっちりと結い上げ、灰色の瞳は相変わらず冷たい。
高い鼻筋と整った輪郭が、牢の中でもまるで王妃のような威厳を放っていた。
「やっぱり……お前が俺を捨てたのか!」
俺は鉄格子にしがみつき、叫んだ。
「あら、何のことだったかしら?」
ビアンカは涼しい顔で首を傾げる。
「ウィリアムが即位って何だよ! 腹違いの弟だったのか!」
「そうよ。気づかなかったの? あなたのお父様と目の色が同じじゃない」
言われてみれば──確かに、あの琥珀色の瞳は、父王と同じだった。
「しかし! 王位など興味がないって言ってたじゃないか! これじゃ簒奪だ!」
「人聞きが悪いわね。
ウィリアムは先王陛下の血を継いでるし、そもそも私たちの婚約は家と家との契約。
こちらは王家の人間なら、誰でも良かったのよ」
ビアンカは肩をすくめ、続けた。
「あなたが学園に入学して、男爵令嬢に入れ込んだ時から、私はウィリアムと接触を図ってきたの」
「13年も前から?!」
「そうよ。気づかなかったのね。間抜けで良かった」
「くそっ……王位を返せ!」
「おかしいわね。従弟もいるんだから、あなたの王位ではないもの。返しようがないわ。
それに、5年も戻らなかったのは自分でしょう?」
言い返せなかった。俺は、黙った。
「そういえば、これ」
ビアンカは、懐から1枚の紙を取り出した。
──育毛サロンのチラシ。
モニターのバイトをした時のものだ。
姿絵の俺が、笑顔で載っている。
「なかなか面白かったわ。じゃあね」
「待て! 待ってくれ!」
俺は格子越しに手を伸ばした。
「俺を王族に戻してくれ! 王でなくていい、頼む!」
「王への野心があると、ウィリアムを暗殺しかねないからダメよ」
「しない! 王位継承権は放棄する! だから頼む!」
ビアンカはしばらく黙って俺を見つめたあと、ふっと笑った。
「そうね。使用人部屋で暮らして、ウィリアムの仕事をするなら、使ってあげるわ」
「それでいい。戻してくれ……!」
こうして俺は、「王兄」として王族に復帰した。
用意された部屋は、かつての王子の部屋とは比べものにならない。
窓は小さく、家具は古びていて、まるで物置のようだった。
最低限の寝具と机、そして数枚の衣服。
だが、俺には夢があった。
──ザッパー教を国教にするという、壮大な夢が。
だから、気にしなかった。
側室だったエイミーは、ウィリアムへのストーカー行為で逮捕され、すでに処刑されていた。
赤毛のくるんとした髪も、八重歯の笑顔も、もうこの世にはない。
だが、俺には夢があった。
だから、気にしなかった。
なぜか俺の働いた分の給料は、ウィリアム一家の生活費に充てられていた。
明細には「王家維持費」とだけ書かれていた。
だが、俺には夢があった。
だから、気にしなかった。
ウィリアムとビアンカには、8歳、6歳、4歳の子供がいた。
俺は、その存在を知らなかった。
更に、王族の血をこれ以上撒かぬよう、俺は去勢された。
だが、俺には夢があった。
だから、気にしなかった。
俺は働き続けた。
書類を運び、政務をこなし、王宮の誰よりも早く起き、誰よりも遅くまで働いた。
やがて、俺は出世し、ついに宰相の座にまで上り詰めた。
そして、ついにその日が来た。
ザッパー教を、国教にできる日が。
俺はザッパーの元へ遣いを出した。
だが──ザッパーから戻って来た返事は"やりたくない"だった。
10年ぶりに訪れた教団施設は、すっかり様変わりしていた。
かつての神殿のような荘厳さは消え、今ではただのシェアハウスになっていた。
庭には洗濯物が揺れ、玄関先には三輪車が転がっている。
扉が開き、ザッパーが現れた。
かつてと変わらぬ、ふわりとした髪と、どこか浮世離れした雰囲気。
だが、その腕には小さな子供が抱かれていた。
「おー、ザコット。久しぶり」
俺は言葉を失ったまま、ザッパーに導かれて居間へと通された。
そこには彼の妻らしき女性がいて、にこやかにお茶を差し出してきた。
子供たちの笑い声が、部屋の奥から響いてくる。
「どういうことなんだ? 国教になるんだぞ? 何が不満だ?」
俺は声を荒げた。
「えー、君さあ、まだそんなこと言ってんの?」
「はあ?」
ザッパーは苦笑しながら、ソファに腰を下ろした。
「あの時はさ、俺らみんな若かったから、その気になっちゃったけど……今はもう落ち着いて、家庭持ってんだよ。
見てわかんないかな?」
「落ち着いた? は? 宗教と家庭は別だろうが!」
「いやあ、君ね……それ、厨二病だよ」
ザッパーは肩をすくめた。
「地面から1ミリ浮くとかさ、あれ目の錯覚だし。
100年先の予言? 宇宙の真理?
そんなの誰が確かめるの? でたらめに決まってるじゃん」
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