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キアヌの正体
昼休憩の時間、俺たちは街道沿いの屋台で食事を買った。
焼きたてのパンに、香ばしい肉と野菜の煮込み。
木陰のベンチに腰を下ろし、3人で並んで頬張る。
マレッタは口の周りをソースでべたべたにしながら、満足げに笑っていた。
食後、少しだけ商店街を歩いた。
瓦屋根の店が並び、通りには花売りや楽器の音が漂っている。
その中で、マレッタが目を輝かせて見つめたのは、うさぎのぬいぐるみだった。
「これがいい!」
俺は迷わず買ってやった。
ここ1年、働いていないせいで貯金は減る一方だが──このくらいは、平気だった。
「甘やかさないでって言ってるでしょう」
スフィアが呆れたように言う。
「いつも買うから、当たり前になっちゃったじゃない」
「そんなこと言うなよ。俺は、マレッタが可愛いんだ」
「可愛いもんねー」
マレッタはぬいぐるみを抱えて、上機嫌だった。
スフィアは、ため息をつきながらも、どこか嬉しそうだった。
馬車へ戻る途中、石畳の段差でスフィアがつまずいた。
とっさに、俺は彼女の腕を引き、抱きかかえるように支えた。
「ありが──」
そのまま、ふわりと持ち上げられたスフィアは目を見開いた。
「あ、歩けるわ」
「そうか。それは凄いな」
「っ、バカにして!」
俺のからかいにスフィアの頬が、ぱっと赤く染まる。
「ヒューヒュー」
マレッタが口笛を真似て、からかうように笑った。
俺たちは顔を見合わせ、つい吹き出してしまった。
緩い風が、3人の笑い声をさらっていった。
出発から4日目、馬車はノミート辺境伯領に入った。
その瞬間、スフィアの表情が曇った。
無理もない。
彼女にとってこの地は、かつて心を踏みにじられ、追われるように去った場所だ。
……元凶は俺だ。
「……他のルートで行こうか?」
俺がそう提案すると、スフィアは驚いたように目を瞬かせた。
「え、どうして? ここ以外だと、遠回りでしょう?」
その問いに答える前に──
馬車が、急に止まった。
外から、怒号と金属のぶつかる音が聞こえてくる。
「ここで、じっとしててくれ」
俺はそう言い残し、剣を抜いて馬車を飛び出した。
外は混乱していた。
数人の賊が、護衛たちを取り囲み、激しく斬り結んでいる。
貴族の紋章もない馬車を、なぜ狙ったのかはわからない。
だが、今は考えている暇はない。
俺は剣を構え、賊の背後から斬りかかった。
かつての感覚が、すぐに戻ってくる。
だが、数が多い。護衛たちも押されていた。
剣を振るい、蹴りを放ち、血の匂いが鼻を突く。
それでも、押し寄せる敵の波に、じりじりと後退を強いられる。
そのとき──
「騎士団だ! 援軍が来たぞ!」
角笛の音とともに、見廻りの騎士団が駆けつけた。
馬上からの突撃が賊の隊列を崩し、戦況が一気に傾く。
やがて、最後の1人が剣を落とし、地に伏した。
俺はすぐに馬車へ駆け戻った。
扉を開けると、スフィアがマレッタを抱きしめていた。
「無事か?」
2人は頷いた。
その顔に、安堵と恐怖が入り混じっていた。
そこへ、騎士団の隊長が馬を降りて近づいてくる。
「前辺境伯、事情を伺いたいのですが……城に戻られますよね?」
「いや、ホテルに泊まる。2人を送ったら、1度戻る」
「……わかりました。では、護衛をつけておきます」
騎士団が周囲を固め、再び馬車は進み出した。
だが、スフィアの手は、まだ震えていた。
俺はそっと、彼女の手に自分の手を重ねた。
彼女は驚いたようにこちらを見たが、何も言わず、そのまま手を握り返した。
移動の馬車の中、マレッタが俺の胸に飛び込んできた。
服には返り血がまだ乾ききっておらず、思わず身を引こうとしたが──
「……やだ、離れたくない……」
泣きそうな顔で見上げられて、俺は観念した。
そっと腕を回し、彼女を抱きしめる。
「……ごめんな、怖かったな」
小さな体が、ようやく落ち着いたように震えを止めた。
ホテルに着くと、すぐに風呂場で血を洗い流した。
ホテルが手配した医者が来て、傷の手当てをしてくれる。
幸い、深手ではなかった。
軽食をとり、ようやく落ち着いた頃──
俺は身支度を整え、腰の剣を確認した。
「出かけるの?」
マレッタが不安げに尋ねる。
「今日は傍にいて……」
その声に、胸が痛んだ。
けれど、やらなければならないことがある。
「悪いやつらが、これ以上悪いことしないように、色々協力しなきゃいけないんだ。
終わったら帰ってくるから、待ってて。な?」
マレッタは、しばらく黙っていたが、やがて渋々頷いた。
「……わかった。約束だよ」
「もちろん」
俺が立ち上がると、スフィアがそっと微笑んだ。
「いってらっしゃい」
その一言が、妙に胸に沁みた。
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