初夜に暴言を吐いた夫は後悔し続ける──10年後の償い【完結】

星森 永羽(ほしもりとわ)

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キアヌの正体



 昼休憩の時間、俺たちは街道沿いの屋台で食事を買った。  
 焼きたてのパンに、香ばしい肉と野菜の煮込み。  
 木陰のベンチに腰を下ろし、3人で並んで頬張る。

 マレッタは口の周りをソースでべたべたにしながら、満足げに笑っていた。

 食後、少しだけ商店街を歩いた。  
 瓦屋根の店が並び、通りには花売りや楽器の音が漂っている。  
 その中で、マレッタが目を輝かせて見つめたのは、うさぎのぬいぐるみだった。

「これがいい!」

 俺は迷わず買ってやった。  
 ここ1年、働いていないせいで貯金は減る一方だが──このくらいは、平気だった。

「甘やかさないでって言ってるでしょう」  
 スフィアが呆れたように言う。  
「いつも買うから、当たり前になっちゃったじゃない」

「そんなこと言うなよ。俺は、マレッタが可愛いんだ」

「可愛いもんねー」  
 マレッタはぬいぐるみを抱えて、上機嫌だった。

 スフィアは、ため息をつきながらも、どこか嬉しそうだった。


 馬車へ戻る途中、石畳の段差でスフィアがつまずいた。  
 とっさに、俺は彼女の腕を引き、抱きかかえるように支えた。

「ありが──」

 そのまま、ふわりと持ち上げられたスフィアは目を見開いた。

「あ、歩けるわ」

「そうか。それは凄いな」

「っ、バカにして!」

 俺のからかいにスフィアの頬が、ぱっと赤く染まる。

「ヒューヒュー」  
 マレッタが口笛を真似て、からかうように笑った。

 俺たちは顔を見合わせ、つい吹き出してしまった。  
 緩い風が、3人の笑い声をさらっていった。




 出発から4日目、馬車はノミート辺境伯領に入った。  
 その瞬間、スフィアの表情が曇った。

 無理もない。  
 彼女にとってこの地は、かつて心を踏みにじられ、追われるように去った場所だ。
 ……元凶は俺だ。

「……他のルートで行こうか?」

 俺がそう提案すると、スフィアは驚いたように目を瞬かせた。

「え、どうして? ここ以外だと、遠回りでしょう?」

 その問いに答える前に──

 馬車が、急に止まった。  
 外から、怒号と金属のぶつかる音が聞こえてくる。

「ここで、じっとしててくれ」

 俺はそう言い残し、剣を抜いて馬車を飛び出した。

 外は混乱していた。  
 数人の賊が、護衛たちを取り囲み、激しく斬り結んでいる。  
 貴族の紋章もない馬車を、なぜ狙ったのかはわからない。  
 だが、今は考えている暇はない。

 俺は剣を構え、賊の背後から斬りかかった。  
 かつての感覚が、すぐに戻ってくる。  
 だが、数が多い。護衛たちも押されていた。

 剣を振るい、蹴りを放ち、血の匂いが鼻を突く。  
 それでも、押し寄せる敵の波に、じりじりと後退を強いられる。

 そのとき──

「騎士団だ! 援軍が来たぞ!」

 角笛の音とともに、見廻りの騎士団が駆けつけた。  
 馬上からの突撃が賊の隊列を崩し、戦況が一気に傾く。

 やがて、最後の1人が剣を落とし、地に伏した。

 俺はすぐに馬車へ駆け戻った。  
 扉を開けると、スフィアがマレッタを抱きしめていた。

「無事か?」

 2人は頷いた。  
 その顔に、安堵と恐怖が入り混じっていた。

 そこへ、騎士団の隊長が馬を降りて近づいてくる。

「前辺境伯、事情を伺いたいのですが……城に戻られますよね?」

「いや、ホテルに泊まる。2人を送ったら、1度戻る」

「……わかりました。では、護衛をつけておきます」

 騎士団が周囲を固め、再び馬車は進み出した。  
 だが、スフィアの手は、まだ震えていた。

 俺はそっと、彼女の手に自分の手を重ねた。  
 彼女は驚いたようにこちらを見たが、何も言わず、そのまま手を握り返した。



 移動の馬車の中、マレッタが俺の胸に飛び込んできた。  
 服には返り血がまだ乾ききっておらず、思わず身を引こうとしたが──

「……やだ、離れたくない……」

 泣きそうな顔で見上げられて、俺は観念した。  
 そっと腕を回し、彼女を抱きしめる。

「……ごめんな、怖かったな」

 小さな体が、ようやく落ち着いたように震えを止めた。



 ホテルに着くと、すぐに風呂場で血を洗い流した。  
 ホテルが手配した医者が来て、傷の手当てをしてくれる。  
 幸い、深手ではなかった。


 軽食をとり、ようやく落ち着いた頃──  
 俺は身支度を整え、腰の剣を確認した。

「出かけるの?」  
 マレッタが不安げに尋ねる。
「今日は傍にいて……」

 その声に、胸が痛んだ。  
 けれど、やらなければならないことがある。

「悪いやつらが、これ以上悪いことしないように、色々協力しなきゃいけないんだ。  
 終わったら帰ってくるから、待ってて。な?」

 マレッタは、しばらく黙っていたが、やがて渋々頷いた。

「……わかった。約束だよ」

「もちろん」

 俺が立ち上がると、スフィアがそっと微笑んだ。

「いってらっしゃい」

 その一言が、妙に胸に沁みた。



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