初夜に暴言を吐いた夫は後悔し続ける──10年後の償い【完結】

星森 永羽(ほしもりとわ)

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元妻が王に狙われる



 そして、舞踏会の音楽が再び流れ出す。

 会場の空気が一変し、華やかな旋律に合わせて、令嬢たちが次々と俺のもとへ集まってきた。  
 皆、頬を染め、視線を逸らしながらも、勇気を振り絞って声をかけてくる。

「ノミート卿、次の曲、ご一緒していただけますか?」  
「お久しぶりです。お変わりなく……」

 ──30代半ばのおじさんが、こんなに人気だなんて。  
 社交界の流行も、ずいぶん変わったものだ。

 俺の視線は、ただ1人を追っていた。

 スフィア……。

 彼女は、王の前に立たされていた。  
 その王は、かつての彼女の婚約者──ガイジ・ヨークシャン元第1王子。
 この11年のうちに即位し、即位と同時に結婚を解消した男だ。

 何を話している?

 近づくと、王がスフィアにダンスを申し込んでいるのが見えた。  
 スフィアはやんわりと断っている。  
 だが、ガイジは引かない。  
 その手が、彼女の手首に触れようとした瞬間──

「陛下」

 俺は踏み出し、静かに、しかしはっきりと声をかけた。

「誤解を招く行動をとって申し訳ありません。  
 私とスフィアは、交際しています。  
 発表は、公爵の許可を得てからと考えておりましたが……」

 会場が、再び静まり返る。

 スフィアが、驚いたようにこちらを見た。  
 だが、すぐにその瞳に、安堵の光が宿る。

「スフィア、疲れたなら帰ろう。顔色が悪い。  
 マレッタも、寂しがってるだろう」

 スフィアは、ゆっくりと頷いた。

 俺は彼女の腰に手を回し、そっと抱き上げた。  
 会場の視線が、また一斉にこちらに集まる。

 王に向かって、深く一礼する。

「失礼いたします、陛下」

 ガイジは何も言わなかった。  
 ただ、静かにその場を譲った。

 俺たちはそのまま、舞踏会の煌めきを背に、馬車へと向かった。  
 夜風が、スフィアの金髪をふわりと揺らした。



 馬車の中、ランタンの灯りが揺れていた。  
 窓の外には王都の夜景が流れ、蹄の音が静かに響いている。

「……陛下は、君と再婚するつもりなのか?」

 俺の問いに、スフィアは少しだけ視線を伏せた。

「父には、何度か打診があったみたい。  
 でも、私は……」

 言葉を濁す彼女に、俺は小さくため息をついた。

「だったら、仮でいいから婚約者をつくるしかないな。  
 王命で召し上げると言われたら、どうにもならない。  
 俺は、もうすぐ領地に戻る。だから、助けてやれない」

 スフィアは黙ったまま、膝の上で手を組んでいた。

 沈黙が落ちる。  
 気まずさを紛らわすように、俺は話題を変えた。

「マレッタは元気か?」

「ええ。あなたと引き離したせいで、少し落ち込んでるけど」

「……いつか、忘れるさ」

 そう言いながらも、胸の奥がひどく痛んだ。  
 あの小さな手の温もりが、まだ腕に残っている。

 やがて、馬車が止まり、御者が扉を開けた。

 俺は先に降り、スフィアに手を差し出す。  
 彼女も同時に口を開いた。

「そっちが先に──」

「いえ、あなたが先に──」

 言葉が重なり、ふたりで小さく笑った。  
 俺はそのまま、彼女の前に跪いた。

「……すまなかった。  
 あの日、酷いことを言った。  
 あまりに、愚かだった」

 スフィアの目が見開かれる。  
 そして、すぐにその手が、俺の肩に触れた。

「やめて。  
 あなたのような立派な人が、こんなことしてはいけないわ」

「立派なものか。  
 無実の君を酷い目に遭わせて、爵位を失ったマヌケだ」

 夜風が、ふたりの間をすり抜けていく。  
 スフィアの瞳が、かすかに潤んでいた。

「……あの日のあなたは愚かで、救いようもなかったけど」  
 スフィアの声は、静かで、でも確かだった。  
「今は変わったわ。謝罪を、受け取ります」

 その言葉に、胸の奥がじんと熱くなる。

「……ありがとう」

 その瞬間、扉の奥から小さな影が飛び出してきた。

「どこに行ってたの!」

 マレッタだった。  
 木苺色の目に涙をため、俺に飛びついてくる。

「うわっ……マレッタ?」

 俺が抱き上げると、彼女は小さな拳で俺の胸をぽかぽかと叩きながら、しゃくりあげて泣き続けた。

 「うそつきっ……ずっと待ってたのに……!」

 その涙は、寂しさと怒り、そして安心が混ざった、子どもなりの精一杯の感情の波だった。  
 俺はそっと背中を撫でながら、何度も「ごめん」と繰り返した。

 ふと、スフィアの視線を感じた。  
 彼女は、マレッタに何を伝えたのだろう。  
 この子が、俺をこんなふうに待っていてくれた理由を、思わず考えてしまう。

 秋の夜風が冷たくなってきた。

「体が冷えてしまうから、もう邸に入るんだ」

 俺はマレッタを従者に渡そうとしたが、彼女は首を振って、ぎゅっと俺にしがみついた。

「……はあ」

 俺は小さくため息をついて、スフィアに向き直った。

「良ければ、俺が帰るまで……宿泊先のホテルで預かってもいいだろうか?」

 スフィアは驚いたように目を見開いた。

「それは……数日なら」

「そうか。ありがとう。  
 マレッタ、一緒に何日かホテルに泊まろう」

「お母さんは?」

「……スフィアは、やることがあるから。俺と2人だ」

 スフィアが、そっとマレッタの手を握った。

「マレッタ、ごめんね。  
 お母さん、おじいさまとお話ししなきゃいけないの。  
 キアヌと一緒にいてくれる?」

 マレッタは、少しだけ考えてから、こくんと頷いた。


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