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元婚約者を撃退
王の謁見室。
俺は場違いな気分で立ち尽くしていた。
公爵が淡々と報告する。
「娘は結婚しました。妊娠の可能性もあります」
王の額に、明らかに青筋が浮かんだ。
だが、さすがに王族。表情を崩さず、ぎりぎりの声で言った。
「……おめでとう。これからのローズハント家に益々の発展を」
その場の空気が、妙に冷たくて、俺はただ背筋を伸ばすしかなかった。
そのままの流れで、公爵が次の爆弾を投下する。
「ついでに、私の持っている伯爵位を譲渡したい。ロキアに」
「は?」と声が出そうになったが、もう誰も止まらない。
手続きはすでに整っていた。
俺はその場で、ロキア・トルスト伯爵になった。
1日で2回も名字が変わった。
こんなこと、あるか?
俺がぽかんとしている間、スフィアはずっとアルカイックスマイルを浮かべていた。
まるで最初からすべて計算していたかのように、完璧に、優雅に、すべてをこなしていく。
……あれ? この人、俺なんかと結婚していい人じゃないんじゃ?
そんな不安が喉元まで出かかったが、公爵とスフィアの“有無を言わせないオーラ”に押されて、俺は黙るしかなかった。
帰宅すると、すでに疲労困憊だった。
ソファに沈み込んで、ようやく一息つこうとしたそのとき──
執事が、山のような封筒を抱えて通り過ぎていった。
「結婚報告の手紙5000通分、ただいま発送いたします」
俺はその場から、そっと立ち上がった。
逃げたい。
今すぐ、どこか遠くの山奥にでも。
でも、背後からスフィアの声が聞こえた。
「ロキア、逃げても無駄よ?」
……はい。
俺は今日、完全に人生の主導権を失ったらしい。
俺達の婚姻記念のパーティーが開かれた。
社交シーズンはとうに終わっているというのに、招待状を受け取った貴族たちはこぞって集まり、その数は3千人を超えた。
3千人のパーティーが開ける公爵邸の広さに、改めて圧倒される。
庭園は灯りで飾られ、音楽隊が奏でるワルツが夜空に溶けていく。
スフィアは、まるで舞台の主役のように、美しく完璧だった。
天使を思わせるレースのドレスは、女性らしく可憐な彼女にピッタリだった。
そして、招待客すべての名前を把握し、相手に応じた挨拶や話題を選び、笑顔を絶やさずに応対していた。
俺はというと──
ただ、隣で突っ立っているだけだった。
お飾り人形。
いや、もはや背景の柱のほうが存在感があるかもしれない。
そんなとき、見慣れた顔が人混みをかき分けてやってきた。
「兄さん、どういうことなんだ? 説明してくれ」
現辺境伯のペレットだった。
困惑と怒りと呆れが混ざった顔で、俺を睨んでいる。
「ええと……突然押し倒されて、してしまったから、責任とって入籍して、今に至る」
「なんだ、それ?!」
「すまん、俺にはどうにもならない。領地の仕事は、代わりを見つけてくれ」
「っ……」
ペレットは言葉を失った。
俺は肩をすくめて、静かに言った。
「ペレット、世の中にはどうにもならないことがある。……わかったな?」
しばらく沈黙があった後、ペレットはふっと笑った。
「公爵が許してくれたなら、それだけでありがたいよ。
ともかく、兄さん、よくやった」
その言葉に、少しだけ肩の力が抜けた。
と──
「聞いてたのか?」
背後から気配を感じて振り返ると、スフィアが立っていた。
相変わらず、完璧な微笑みを浮かべている。
「誤解しないでくれ。俺は、公爵に許してもらうために君を助けたんじゃない。
いや……最初は、少しそういう気持ちもあった。
でも今は、君とマレッタを……心から愛してる」
スフィアは一瞬だけ目を瞬いた。
そして、静かに口を開いた。
「……仮に父の力が目当てでも、公爵の娘として生まれた以上、それとは切り離せないから。
気にならないわ」
その言葉に、俺はようやく、胸の奥がほどけていくのを感じた。
──ああ、よかった。
この人と、ちゃんと向き合っていける。
そう思えた瞬間だった。
そこへ、王が姿を現した。
深紅の礼服に身を包み、金の装飾が燦然と輝く。
その背後には、従者たちが控え、王の一挙手一投足に緊張が走っていた。
「招待、ありがとう」
ガイジは、グラスを掲げながらスフィアに微笑みかけた。
スフィアは優雅に一礼し、完璧な笑みで応じる。
「お越しいただき光栄です、陛下」
王は彼女を見つめたまま、言葉を続けた。
「改めて、君の素晴らしさを痛感したよ。招待客すべてを完璧に把握しているな」
「私程度の人は、他にもおります」
「いや、君は突き抜けている。
そこで──あと3年したら、公妾として後宮に入ってほしい」
その瞬間、俺の中で何かが切れた。
「陛下!」
声が思ったよりも大きく響いた。
会場の視線が一斉にこちらに集まる。
「我々の、めでたい門出に……そのような戯れ言は、看過できません!」
ガイジは眉をひそめ、しかし余裕の笑みを崩さずに言った。
「確かに、そうだな。
だが、トルスト伯爵は、彼女が要らないから捨てたのだろう? 11年前、辺境伯の爵位と共に。
今さら、どういう風の吹きまわしだ?」
「……ぐっ」
そこを突かれると、言葉が詰まる。
あの時、俺が彼女を誤解したのは事実だ。
だが──
「陛下」
スフィアが1歩前に出た。
その声は静かで、しかし鋼のように強かった。
「私が、彼を抱いたのです。
元より、彼には選択肢などありません。
1度でも手を離すということは、すなわち──すべての権利を放棄するということです」
会場が、静まり返る。
スフィアは続けた。
翡翠の瞳は、王をまっすぐに射抜いていた。
「それは婚約者時代の陛下が、ロイミー元妃を、お抱きになった時も同様です。
陛下に強要できる者などいないのですから、あれは陛下の“ご意思”しかなかったのですよ」
つまり、選ぶ権利は私にしかない、とスフィアは言っている。
ガイジの顔が、わずかに引きつった。
拳を握りしめ、唇を噛む。
やがて、低く唸るように言った。
「……少し酔ったようだ。
本日は、これで失礼する」
王が背を向け、従者たちを従えて去っていく。
その背中を見送りながら、俺はスフィアの横顔を見つめた。
…………守られてしまった。
あの王の前で、あんなにも鮮やかに毅然と、俺を庇ってみせたスフィア。
俺はただ、言葉を失って立ち尽くすしかなかった。
──やはり、俺はヒロインなのだ。
情けない。
そんな自嘲を噛みしめていたところに、ふわりと小さな影が飛び込んできた。
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