前世の記憶を思い出したのは浮気王子と結婚してしまった後でした

星森 永羽(ほしもりとわ)

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新しい人生を

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 親の決めた結婚をするのは当然。  
 そう思い込んでいた。  

 でも、前世の記憶を取り戻してからは「どうして、自分の人生を親に決められなければならないのか」と、疑問が湧いた。

 私は、私の人生を生きたい。  
 誰かの駒としてではなく──

「どちらにしろ、義父上は邪魔だな」

 義兄が、ぼそりと呟いた。  
 すぐにハッとしたように私を見て、眉を下げる。

「ごめん。ヴィオからしたら、あれでも実父か」

「いいえ。私の人生を壊す人なら、要らないわ」

 正直に言えば、私にとって“親”と呼べる存在は、前世の両親だけだった。  

 この世界の両親には、あまりその実感がない。  
 おそらく、幼い頃から乳母に育てられ、必要以上に関わることがなかったからだろう。

 母は病死したと聞かされていたが、実際は父と折り合いが悪く、家を出て行ったと噂で聞いた。  
 その後、どうなったのかはわからない。  
 誰も語ろうとしないし、私も深くは尋ねなかった。

「いっそのこと、記憶喪失になったことにして『王妃教育で習ったことを全部忘れた』と言えば離婚できるわ」

 私は冗談めかして言ったつもりだった。  
 けれど、義兄は真剣な顔で考え込んだ。

「それは一計だが……危険だな。ボロが出ると、逆に不利になる」

「そうね……」

 私は小さく頷いた。  
 簡単な道など、どこにもない。

「まあ、何か考えるから任せておけ。無理するなよ」

 義兄はそう言って、私の頭をそっと撫でた。  
 その手のひらは、驚くほど優しかった。

 ヴィクトルとは幼い頃から面識はあったけれど、領地が遠くて、あまり会う機会はなかった。  
 だから、こんなにも親身になってくれるとは思っていなかった。  

 有り難い、頼もしい味方だ。

「また来る」

 そう言い残して、義兄は静かに部屋を後にした。  
 扉が閉まる音がして、私はひとり、天井を見上げた。




 1ヶ月ほど経って、完治とはいかないまでも、私はようやく自力で動けるようになった。  
 足を引きずりながら、部屋の中をゆっくりと歩く。  

 窓の外には、春の光が差し込んでいた。  
 庭を散歩したいと思うこともある。  
 けれど──夫や姑に出くわすのは、どうしても避けたかった。

 ちなみに夫は、1度も見舞いに来ていない。  
 来られても困るけれど。

 父は何度か訪ねてきたが、すべて追い返してもらった。  
 どうせ、説教だろう。  
 娘の心配よりも、家の体裁を気にする人だ。  
 今さら顔を見せられても、心は動かない。

 そんな中、また義兄が訪ねてきた。  
 扉が開き、濃紺の髪が差し込むと、私は自然と微笑んでいた。

「一緒に領地に行かないか?」

「え?」

 思いがけない言葉に、私は目を瞬かせた。

「やはり領地経営には、実際に住んで学ぶのが早いだろう?
 1人前になれば爵位も継げるし、ヴィオも王宮から離れられる」

「……いいの? 嬉しいけど、そんなにうまく行くかしら。
 外に出る許可は取れるの?」

「領地で療養すると言えばいい。“療養のための一時帰郷”だ。医師の診断書があれば、王も拒めない」

「……わかったわ」

「こちらで届け出しておく。まだ馬車は辛いだろうから、もう少し後に──」

「いいえ、すぐ行きたいわ!」

 濃紺の目が見開かれ、すぐに柔らかく細められる。

「わかった。手配する」

 その言葉に、胸の奥がじんわりと温かくなった。  
 ようやく、風が動き出した気がした。




 出発の日。  
 私は王宮の長い廊下を、車椅子に乗って進んでいた。  

 窓から差し込む朝の光が、白い石床に反射してまぶしい。  
 侍女たちが静かに車椅子を押し、私はただ前を見つめていた。

 そのとき──

「……!」

 廊下の角を曲がった先に、赤い髪が見えた。  
 カイザーと、その側近たち。  
 彼らも、こちらに気づいたようだった。

 私は視線を逸らし、何も言わずにそのまま通り過ぎた。  

 カイザーの足が止まり、側近たちもぎょっとしたように目を見開いている。  
 けれど、私は振り返らなかった。

「自分がエスコートしないから、お嬢様は怪我したのに、あの態度……」

 後ろで、クラリッサが小さく毒づいた。  
 他の侍女たちも、同意するように頷いている。  

 私は咎めなかった。  
 言葉にする気力も、もうなかった。


 玄関から出ると、馬車が待っていた。 

 ヴィクトルは私をそっと抱き上げ、馬車の座席に優しく降ろしてくれた。  
 その腕の中は、安心できる温度だった。

「義兄様と長い時間、ご一緒するのは初めてね。楽しみだわ」

「それは光栄だね。
 でも、まずは今後の相談をしよう」

 馬車がゆっくりと動き出す。  
 義兄は窓の外を見ながら、静かに言った。

「療養は3ヵ月で出した。半年で申請したら却下されたんだ。
 でも平気さ。予定より治りが遅いと言って、勝手に延長していけばいい」

「そうね。そのまま忘れてくれるとありがたいわね」

「3年経てば、カイザーは後継ぎを作るために側室を取らざるを得ない。
 側室が子を産んで正室になれば、こちらはそれを理由に離婚を申し立てればいい」

「書面上であっても、“アレ”の妻を3年なんて……酷い人生ね」

「アレはクズすぎるからな」

 私は車窓を眺めながら、ふと口を開いた。

「昔は……あそこまで酷くなかったのよ。
 カイザーとは仲良くもなかったけど、別に悪くもなかった。  
 当たり障りなく、つかず離れず。
 定期茶会はしなかったけど、必要なやり取りと婚約者の義務は果たしてた。  
 クロワゼル男爵令嬢と出会ってから、横暴さに磨きがかかったのよ」

「クロワゼル男爵令嬢に出会ったから変わったんじゃない。それは単なるキッカケにすぎない。
 今のあいつが本質なんだ。救いようがない」

 ヴィクトルは濃紺の眉を寄せて、毒づいた。

「……そうね」

 馬車は、王都の門を越え、ゆっくりと遠ざかっていく。  
 私は、窓の外に広がる風景を見つめながら、心の中で小さく呟いた。

 ──さようなら、王宮。  
 そして、私の“役割”だった人生。



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