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実家に出戻る
しおりを挟む実家の居間は、変わらず重厚な調度品に囲まれていた。
深紅の絨毯、金糸の刺繍が施されたカーテン、壁に飾られた先祖の肖像画。
「お父様、悪女のマルグリートが帰ってきて差し上げました」
父・カール侯爵は新聞をたたみ、眼鏡越しに私を見た。
「マルグリートや。普通、離婚されたら申し訳なさそうに帰ってくるものだよ」
「お父様、それ以上ふざけたこと言うなら、顔の原型がなくなるまで殴りますわよ」
「……」
父は咳払いをして、話題を変えた。
「ところで、縁談が来ている」
「わたくし、せっかく離婚しましたのでハーレムをつくりますの。
再婚なら、お父様がしてください」
暇じゃないのよ。
「マルグリート、私には妻がいるよ。君の母親だ」
そんなこと、どうでもいいのよ。
「ハーレムを作っていい相手なら、会ってあげますわ」
「それは難しいな。向こうは公爵令息だから」
「え?」
扉が静かに開き、長身の男が姿を現した。
エルンスト・フォン・ブラウエンベルク公爵令息。
深い青の礼服に、整った金茶の髪が陽光を受けて柔らかく光っている。
アーモンドの瞳は琥珀色で、人懐こいようでいて、底の見えない静けさを湛えていた。
「やあ。何度か挨拶はしたが、まともに話したことはないね」
私は立ち上がり、礼を取った。
けれど、彼は軽く手を上げて制した。
「気を遣わないで。ここは君の家だし。
実は……この結婚は王命で、僕も君も断れない」
その言葉に、私ははっと息を飲んだ。
「一体、どういう……」
彼が再婚相手ならば──ディートリヒとの離婚も、王命だったの?
胸の奥がざわめいた。知らぬ間に、誰かの手で人生が動かされていた。
「僕も、きちんと納得いく説明は受けてないよ。
恐らくは、リーベンタール公爵家とブラウエンベルク公爵家の橋渡しってことだと思う」
4公同士は婚姻関係を結んではならない──それが、王国の法だった。
4つの公爵家が結託すれば、王家の権威を脅かす。
だからこそ、互いに親しくなることすら禁じられていた。
私は、もうリーベンタールの人間ではない。
今日まで夫だったディートリヒ・フォン・リーベンタールと離婚した今、私はただのカール侯爵家の娘。
その私が、ブラウエンベルクの嫡男と結婚するのは……法には触れない。
私は──両家の橋渡しのため、駒にされたということ?
けれど、どうして王がそんなことを?
4公が結び付いて困るのは、王家のはずなのに。
何のために、2家を結び付ける必要がある?
ディートリヒの離婚の仕方を見るに、むしろ仲違いさせようとしてるのでは?
「まあ、理解できないよな。僕もよくわかってないんだ。
ただ……君の家は中立派だし、色々な思惑があって選ばれたんだろう」
エルンストの声は穏やかだった。
けれど、その奥にある戸惑いは、私と同じものだった。
私は小さく頷いた。
「王命ならば仕方ないですわね。
何故こんなことになったかは、舞踏会の時にでも陛下に直接、聞いてみます」
「そうだね。ちょうど半月後に舞踏会がある。
ドレスを贈っていいだろうか?」
「今から作ったのでは間に合わないでしょう」
「そんなことない。任せてくれ」
彼の瞳が、まっすぐに私を見つめていた。
その目に、偽りの色はなかった。
「……わかりました」
私は静かに頷いた。
窓の外には、春の陽が差していた。
庭の白い花が風に揺れ、遠くで鳥の声が聞こえる。
自室の窓から、それらをぼんやり眺める。
──何で、こんなことになったのだろう。
もしも王命で離婚したのなら、そう言ってくれればよかったのに。
あんな突き放すような言い方じゃなくて。
何か作戦があってのこと?
これまでも、気付けば彼の任務に知らず巻き込まれていたことが何度もあった。
その度に、私は憤った。
けれど、任務が終われば元夫は、私を褒めて愛情を注いでくれた。
その甘さに絆されてきた。
「今回ばかりは流石に……」
いえ、今回ばかりも何も、もう終わったのだ。
私はすでに離婚している。
赤の他人。
絆も、彼が断ち切った。
もし、こちらを少しでも省みる気があったなら、せめて納得のいく説明くらいしてくれたはず。
──結局、彼にとって私は道具だったのだ。
愛し合っていると思っていたのは、私だけだった。
「ミイラ取りがミイラになる……」
私は悪女のつもりだった。
けれど、元夫はそれを上回る悪人だった。
「負けたのね」
その言葉が、胸の奥に沈んでいく。
「お嬢様、そのように塞ぎ込んではいけません」
侍女の声に、私は振り返った。
彼女は心配そうに眉をひそめている。
私は壁に視線を移す。
クリステル夫人の肖像。
先々代の王の公妾。
稀代の悪女と有名だった、私の憧れの人。
すでに亡くなっているが、伝説は生きている。
「まあ、レナ。悪女は塞ぎ込んだりしないものだわ。
いつも飄々として、自分に都合のいい計算に思考を張り巡らせてるのよ」
「確かに悪女とは、そういうイメージですね。
わかりました。せっかく街へお誘いしようと思ってましたが、やめます」
「街に?」
「ええ。気晴らしに城下町へ」
「いいわね、行きましょう」
私は立ち上がった。
このまま部屋に閉じこもっていても、何も変わらない。
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