夫と愛し合った翌朝、一方的に離縁されました【完結】

星森 永羽(ほしもりとわ)

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舞踏会④会議室



 会議室の空気は重く、燭台の炎がわずかに揺れていた。  
 長机の奥、王は背もたれに深く身を預け、静かに口を開いた。

「此度のことは、リーベンタール家とブラウエンベルク家の連携のために行ったことだ」

 その言葉に続いて、宰相が口を開く。  
 白髪混じりの髭を撫でながら、低く重い声で語った。

「実は近頃、王族への暗殺未遂が頻発しておりましてな。  
 調査の結果、犯人は──4公のうち、残り2家の関与が濃厚であるという結論に至りました」

 室内に、ざわめきが走る。

 エルンストが、静かに口を開いた。

「つまり……こちらの2家で協力して、残りの2家を潰せということですか?」

 その言葉に、ディートリヒが頷いた。  
 彼の表情は、いつものように冷静で、どこか他人事のようでもあった。

「そのため、マルグリートを通して必要な情報のやり取りを──ということだ」

 その瞬間、エルンストが眉をひそめ私を見た。  
 その視線に、私は静かに応える。

 手にしていた扇子を、パタンと閉じた。

「エルンスト様を、宰相補佐にしてくださるなら引き受けますわ」

 一同が、息を呑んだ。  
 宰相が目を見開き、声を裏返す。

「そ、そ、それは……!」

「何故です? 陛下に近い場所にいなければ、捜査も何もできないではありませんか。  
 それとも、中枢に入られて困ることでもあるのでしょうか?」

 私の言葉に、王と宰相が同時に冷や汗を浮かべた。  
 部屋の空気が、ぴたりと凍りつく。

 エルンストが、静かに言った。

「1度、持ち帰り父に相談いたします」

 その時、ディートリヒが口を挟んだ。

「第2王子補佐にすればいい」

 ──元夫は、第1王子の側近だ。  
 あくまでエルンストを、"自分の下"に置くと。

 王が頷いた。

「それで構わないか?」

 私は一拍置いてから、答えた。

「不満ですが、それが妥協点なら受け入れます」

 その言葉に、室内の空気がようやく緩む。  
 誰もが、ほっとしたように息をついた。

 けれど、私はまだ終わらせない。

「ただし──離婚の慰謝料は、達成報酬とは別です。  
 早急にお支払いくださいませ」

 王は一瞬、言葉を詰まらせたが、やがて観念したように頷いた。

「……あい、わかった」

 エルンストが立ち上がり、軽く一礼する。

「では、私は父への説明がありますので──事件の詳細は、騎士団を寄越してください」

 王は頷き、宰相が慌てて手元の書類に走り書きを始めた。



 帰りの馬車の中は静かだった。  
 外の喧騒が遠ざかり、車輪の音と、時折揺れるランタンの鈍い光だけが、ふたりを包んでいた。

「ブラウエンベルク家への引っ越しの件、了承いたします」

 私がそう告げると、隣に座るエルンストが目を丸くした。

「え?」

「わたくしの独断で第2王子補佐にしてしまったのですから、エルンスト様の今の仕事──領地経営や書類整理などは、わたくしが引き継ぎます」

 エルンストは一瞬だけ口を開きかけ、そして苦笑した。

「いや、あの場でああ言ったのは正しいよ。……この件は、何かおかしい」

 私も、静かに頷いた。

「元夫が、何か企んでいる気がするのです」

「……ああ。それが何かを知るためには、僕が城勤めするのが1番だ。
 君が気負うことはない」

 窓の外を流れる街灯の光が、彼の横顔を照らす。  
 その瞳は、真剣だった。

「そもそも、残りの2家が怪しいとして──それを調べるのは王家の諜報部であり、暗部の役目。  
 制裁を加えるのも、王家の責務です。  
 王家の諜報部の手に負えないセキュリティを、どうやってわたくし達で突破するのです?」

 私の問いに、エルンストは低く答えた。

「それは……僕も思った。  
 リーベンタール公爵に、何か考えがあるんだろう」

 私は扇子を開き、軽く唇に当てながら呟いた。

「わたくしをスパイとして使うつもりでは?」

「……何だって?」

 エルンストが、驚いたようにこちらを向く。

「これまでも度々、一緒に潜入捜査やおとり捜査をしてきたのです。  
 わたくしが“使える”と、あの人は知っています」

 エルンストはしばらく黙っていたが、やがて小さく息を吐いた。

 「信じられない。自分の妻を危険にさらすなんて」

 エルンストの声は、怒りと戸惑いが入り混じっていた。  
 その言葉に、私は思わず息を呑んだ。

 私にとって、ディートリヒは初めての夫だった。  
 学園を卒業してすぐに嫁ぎ、彼の隣に立つことが“当然”だと信じていた。  

 捜査への協力も、内助の功の一環。  
 危険な任務に同行するのも、彼を支えるためなら仕方のないことだと、どこかで思っていた。

 でも、そもそも私を“危ない場所”に連れて行くこと自体が、間違っていたのではないか。

 胸の奥に、じわりと冷たいものが広がる。
  

 馬車がゆっくりと止まり、扉が開く。  
 エルンストが手を差し出し、私はその手を取って外へ降りた。

 その瞬間、彼の腕が私を引き寄せ、そっと抱きしめた。

「明日は、バーガイン侯爵夫人が来るだろう。……そのあと、迎えに来る」

「っ、そ、そんなに早く?!」

 思わず声が裏返る。

 けれど、彼は真剣な顔で言った。

「見えるところにいてくれないと、不安なんだ」

 その言葉に、私は思わず赤面した。  
 心が、じんわりと熱くなる。

「……あ、ありがとう」

 エルンストは、ふっと微笑んだ。

「うん。じゃあ、また明日」

 彼は軽く手を振り、馬車に乗り込むと、夜の闇へと消えていった。

 私はしばらくその場に立ち尽くし、夜風に髪をなびかせながら、胸に手を当てた。

 ──あの人は、最初から私を“守る”つもりでいた。  
 それが、こんなにも温かいものだとは、知らなかった。




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