66番目の悪魔と悪役令嬢 ~王子からの婚約破棄は契約魔法でブロック~

星森

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 結界の中は静かで、広間の冷たい夜の空気がゆっくりと沈んでいく。

 私は掛布の中で横になり、微睡みに落ちかけていた。  
 そのとき──

「……いつからだ?」

 セディリオの低い声が闇に落ちた。

「いつからカイム・セルヴァンと、そうなった?」

 私は目を開け、天井を見つめたまま答える。

「アーデン準男爵令嬢が、"自分こそ聖女だ"と言い始めた頃です」

 ちょうど半年ほど前のことだ。
 でも結局、聖女とは認定されなかった。

「……最近ではないか……」

「そうです。  
 不貞は殿下が先ですね」

 セディリオは息を呑んだ。  
 アーデンとセディリオの関係は、すでに3年近くになる。

「それでは……俺と円満な家庭は望んでなかったのか」

「家庭?」

 私はゆっくりと寝返りを打ち、背を向けた。

「王家に嫁いで、まともな結婚生活ができるはずありません。  
 そもそも政略結婚ですよ? ビジネスと同じでしょう」

「……ああ。お前の、そういう冷たいところが嫌いだ」

「でしたら、正当な理由で婚約破棄すれば宜しいかと」

 セディリオは言葉を失い、沈黙が落ちた。

 その沈黙は、これまでのどの時間よりも重く、痛々しかった。

 私は目を閉じる。  
 セディリオが何か言いたげに息を吸う気配がしたが──結局、何も言わなかった。

 結界の中に、夜の静けさだけが残った。




 4日目の朝。  
 結界の外から足音が近づき、弟のルシアンが静かに頭を下げた。

「アーデン準男爵令嬢が吐きました」

 その一言で、セディリオの肩がわずかに揺れる。

「殿下と結婚するために、人工的に虹を作って聖女認定を得ようとしたものの失敗したため──  
 姉(イレーネ)を悪者にしたそうです。婚約破棄すれば、自分が結婚できると」

 淡々とした声。  
 しかし、その内容は広間の空気を一気に冷やした。

「現在、共犯者・関係者に召集をかけています」

 セディリオは唇を震わせ、かすれた声を絞り出した。

「……メリィは、どうした?」

「辛うじて生きてはいます」

 ルシアンの返答は、あまりにも冷静だった。

 セディリオは拳を握りしめ、視線を落とす。  
 その横顔には、怒りとも後悔ともつかない影が落ちていた。

 私は静かに朝食のスープを口に運びながら、ただその様子を見つめていた。





 10日目の朝。  
 結界の中の空気は、もはや諦めと疲労が混じり合った重さを帯びていた。

 私は朝食の準備を整え、席についた。  
 そのとき、視界の端に“布をまとっていない王子”が映る。

「……服を着てください」

 セディリオは不機嫌そうに眉を寄せた。

「予備の着替えも、すべて臭いのだ」

「1日中、筋トレなさるからです」

「……」

 セディリオは言い返せず、黙り込んだ。  
 私は気にせずスープを口に運ぶ。

「……干し肉が尽きた」

「それで?」

「俺が死んでもいいのか。処刑されるぞ」

 私はため息をつき、魔法空間からアレを取り出して差し出した。

「……これは?」

「家畜用の藁です」

「おのれっ……!」

 怒って掴みかかろうとした瞬間──

 ビリッ!

「ぐあっ……!」

 電撃が走り、セディリオはその場に膝をついた。

「この空間では暴行できません」

 私は淡々と告げる。

「くそっ……お前は、どのくらい備蓄を用意してきたんだ?」

「1年分です」

「…………」

 セディリオは完全に沈黙した。  
 そして、しばらくしてから、絞り出すように言った。

「……白い結婚と離婚以外は、条件を飲む」

「白い結婚も離婚も譲りません」

「俺が折れてやってるのに!  跡継ぎは、どうする?!」

「モーリス侯爵令嬢と、どうぞ」

 セディリオが大嫌いな令嬢の名だ。

「っ、──彼女が不妊だったら?」

「では、ソリティア男爵令嬢とアニマ子爵令嬢を妾に」

 これもまた、セディリオが顔をしかめる相手ばかり。

「……そんなに俺が憎いか」

「それは、こちらのセリフです」

 セディリオは言葉を失い、ゆっくりと視線を落とした。  
 そして、干し草の袋を睨みつけたまま、しばらく黙っていた。  
 やがて、何かを振り払うように息を吐き、ぽつりと呟く。

「……お、俺はただ……お前が改心すれば、正室に戻してやるつもりだった。  
 メリィに王子妃は務まらない」

 私は朝食の準備をしながら、ゆっくりと振り返る。

「何の改心です?」

「だ、だから……それは……」

 言葉に詰まるセディリオを横目に、私は乾パンの入った袋を取り出し、彼に差し出した。

「貸しですよ」

 セディリオは複雑な顔で袋を受け取った。



 朝食後。私は本を開こうとしたところで、セディリオが声を上げた。

「……交渉を」

「今度は何ですか?」

「白い結婚は……お前の心境変化により解除可能。  
 離婚は、結婚5年目以降」

「その条件を、私が受け入れるメリットは?」

 セディリオは一瞬だけ言い淀み、しかし覚悟を決めたように言った。

「……俺が間違っていたことを、公表する」

「そんなこと当然なのです」

「普通、隠蔽するだろう! 王族だぞ!」

「なら、陛下が隠蔽なさっても、殿下がきちんと発布すると契約内に含めますか?」

「いいだろう」

 セディリオは、ほっと息をついた。  
 しかし、私は淡々と続ける。

「その場合、廃嫡されるかもしれませんよ」

「元々、次男だ」

「生計は、どうやって立てるのです?」

「あのな、公爵令嬢と結婚するのに、王家が俺を無一文にするはずないだろう」

「我が家門から、かなりの賠償請求されますが?」

「……なんとかなる」

 セディリオは、深くうなだれた。  
 その姿は、もはや王子というより、ただの疲れ切った青年だった。

 私は首を傾げる。

「殿下のその楽観主義が、今回の事態を招いたのでは?」

「短慮だと言いたいのか」

「筋トレより、お勉強なさった方が宜しいですわ」

「ぐっ……」

 セディリオは悔しげに唇を噛む。

「……確認だが、俺の妻として、公務はするな?」

「しますが」

「なら、いい。新たな契約を結ぶ」

 私は静かに微笑んだ。

「もう2~3日、ここにいましょう」

「な、何だと? ……まさか……俺と一緒にいたいの「今すぐ契約しましょう」」

 私は魔法空間から、青い光を宿した契約の魔法石を取り出した。

 セディリオは息を呑む。
 私は魔法石に手を置き、契約文を述べた。
 前に提示した結婚後の契約内容に、先ほどの王子の譲歩案を加えて。

 光が弾け、空中に契約書が現れる。 
 その文字が淡く輝きながら、2人の体へ吸い込まれていった。

 ──契約成立。

 結界の光が揺れ、静かに消えていく。



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