その愛は、何と比べて真実なのかしら?【完結】

星森 永羽(ほしもりとわ)

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婚約破棄




 舞踏会当日。  

 僕はノラを連れて、王宮へ向かった。

 ノラはセミオーダーのドレスを身にまとい、アクセサリーをきらきらと揺らしていた。  

 平民が王宮に入るなど本来あり得ないが、僕はもう何も考えていなかった。

 会場にはリュシアンヌが、家族と共に来ていた。  

 挨拶が済んだ後、王が声を上げた。

「ドレイモンド家、オルフェリア家、前に出なさい」

 胸がざわつく。  

 2家族が集まると、ラキが一歩前に出た。  

 その存在だけで空気が張りつめる。

「本日、ここにてオルフェリア家は──  
ドレイモンド家、三男アラン殿との婚約を、アラン殿有責により破棄する」

 会場がざわめきに包まれた。

「やはり……!」  
「あの平民と?」  
「公爵家の娘を侮辱した……!」  
「王族の前での不祥事もあったと聞く」

 視線が一斉に、僕へ向けられる。

 ノラが、そっと僕に合図を送った。  

 僕は胸を張り、前へ出た。  

 緊張で喉がひきつったが、ノラが後ろにいると思うと勇気が湧いた。

「皆さんに、聞いてほしいことがあります。
 オルフェリア公爵家での日々は、まさに地獄でした。
 些細なことで揚げ足を取られ、無理難題を押し付けられ、婚約者のリュシアンヌは助けてくれず……」

 ざわめきが広がる。  
 僕は続けた。

「しかし、僕には”真実の愛”があったので乗りきれました。
 ノラ、君を愛している」

 ノラは微笑んだ。

「嬉しいわ。私もよ」

 しかし──

 リュシアンヌが、静かに歩み出てきた。  

 白銀のドレスが光を吸い、扇子を閉じたまま、表情は微動だにしない。

「疑問なのですが、真実の愛とは何でしょう?」

 会場が静まり返った。

「は? それは……本物の愛ということだ」

 当然だろう。

 リュシアンヌは、淡々と続けた。

「本物ということは、偽物もあるのですよね?
 その偽物は、どこにあるのです?

 ──まさか私では、ないですよね?
 私は、あなたを愛したことはありません。

 あなたが婚約者に選ばれたのは──同世代の高位貴族で婚約していないのが、あなたしかいなかったからです」

 それはわかってたが、なぜ急に……?

 何か言わなければと思い、口から出たのは支離滅裂な言葉だった。

「それは……えっと、しかし……君は僕に優しかったじゃないか。
 図書館にある自習用の本のタイトルを調べて、渡してくれたり……」

 その瞬間、周囲から冷たい声が飛んだ。

「さっき、ご令嬢は『助けてくれなかった』と言ったばかりだろう」

 会場がざわつく。  
 僕の背中に冷たい汗が流れた。

 リュシアンヌは扇子を閉じたまま、静かに言った。

「婚約者と円満な関係を築こうとすることは、当たり前ではないですか」

 その声音は穏やかで、しかし逃げ場がなかった。

「……と、とにかく……僕には真実の愛があるから、君がいなくても痛くも痒くもない。
 むしろ、せいせいした」

 これは本音だった。

 リュシアンヌは、僕を見据えた。  
 瑠璃色の瞳が冷たく光る。

「なるほど。話を戻します。
 真実の愛とは、本物の愛なのですね?」

「そ、そうだ」

「では、いずれ年を取って見た目が変わっても、変わらず愛し続けるということですね?」

「当たり前じゃないか。
 真実の愛とは、魂で繋がっている男女のことだ。
 見た目などに惑わされることはない」

 言い切った。  
 会場が静まり返る。

 リュシアンヌは扇子を軽く上げた。

「わかりました。あれを」

 侍女が、手紙の束を差し出した。 
 
 見た瞬間、僕の心臓が跳ねた。

 それは──僕がノラとやり取りした手紙だった。

 僕は青ざめた。

「見覚えありますね?」

「し、知らない……分からない」

 声が震えた。

 リュシアンヌは淡々と続けた。

「では、これは?」

 侍女が次に差し出したのは──婚約契約書。  

 僕とリュシアンヌのサイン。  
 両家の当主のサインと印。  

 足が震えた。

 その時、1人の男がやってきた。  

「彼は王宮所属の筆記鑑定人です。
 では、この契約書と手紙を鑑定してください。
 それと──」

 リュシアンヌが扇子を向けると、奥から仮面のメイドが出てきた。  

 昨日、僕が取り乱した時に殴ったメイドだ。

「彼女の文字も鑑定、お願いします」

「な、は? あのメイド……なんで?」

 僕は理解できなかった。  

 メイドが紙に文字を書いて渡す。

 鑑定人が、淡々と告げた。

「この手紙は、アラン・ドレイモンド伯爵令息と、彼女(仮面メイド)の筆記と合致します」

「はあ?!」

 頭が真っ白になった。  

 なぜメイドの筆跡が出てくるんだ。

 リュシアンヌが、仮面のメイドへ視線を向ける。 

「あなたの名前はノラ・ウィムズかしら?」

 メイドは頷いた。

 ──えっ? バカな……。

 その瞬間、侍女が“ノラだと思われていた女性”にメイク落としを渡し、顔を拭わせた。  

 化粧が落ちていくと──まったく別人の顔が現れた。

 僕は息を呑んだ。

 リュシアンヌが問いかける。

「あなたのお名前は?」

「エーファ・ノーガスと申します」

 聞いた瞬間、僕は腰が抜けてその場に座り込んだ。

「は? な……意味がわからない……」

 リュシアンヌが、扇子を開く。

「説明してあげるわ。
 婚約が決まった時から、あなたには公爵家の影がついていました」

「え……」

「あなたが、そこのノラと恋愛関係だったことも把握していました。
 しかし、それは別に良かった」

「なっ……」

「突然決まった婚約だもの、仕方ない。
 あなたは公爵からの打診を断れなかったのでしょうし、隠れて付き合っていたので」

 喉が鳴った。  
 周囲の視線が痛い。

 知られてたなんて……。

 リュシアンヌは淡々と続けた。

「しかし──婚姻後に子供が生まれたら私を殺害し、子供が成人するまで公爵代理となり、愛人を後妻に据えると計画した。

 そして子供が、ノラの産んだ子と似ていれば入れ替え、似ていなければ虐げる、と」

 会場が一斉にざわめいた。

「排除?」  
「公爵代理……」  
「愛人を正妻に?」  
「そんな計画を……」

 視線が突き刺さる。  
 空気が重く、息ができない。

 リュシアンヌは、まるで裁判官のように言った。

「だから私は、兵にノラを捕えるよう命じた。
 そして『処刑される』か『イボのできる毒を飲んでメイドとして働くか』選ぶように言った。
 彼女は『メイドになる』と答えた」

 僕はガタガタと震え出した。  
 足が冷たくなり、呼吸が浅くなる。

 瑠璃色の瞳が、まっすぐ僕を射抜く。

「あなたには、公爵子女への殺害及び家門乗っ取りを企てた罪が確定しています」

 何も言えなかった。  

 声が出ない。  

 尋常じゃない汗が視界を覆う。

 その時、王が僕の名を呼んだ。

「アラン・ドレイモンド。
 お前の行為は、貴族社会の秩序と安全を著しく損なうものと判断する。
 よって、王国法に基づく最も重い処分を科す」

「……っ……!」

 脱糞しそうなのを何とか堪える。

 いや、もう我慢しなくていい……。

「また、ドレイモンド家は本件の責任を負い、家門としての資格を失う」

 その言葉が落ちた瞬間、父と長兄は、反射的に王の前へ進み出て跪いた。

 父は震える声で言った。

「……陛下。
 この度は、愚息アランの引き起こした数々の不祥事、誠に申し訳ございません」

 覚悟を決めた声だった。

 母は気絶し、次兄が支える。

 長兄が頭を下げる。

「申し訳ありません。
 ……責任は、必ず償って参ります」

 会場は静まり返った。  
 誰も息をしていないようだった。

 僕は震える声で言った。

「え、何だったんだ、今まで?
 おかしいだろ……だってノラがいなくなって……その後の時間は、何だったんだ?」

 何のために、リュシアンヌと同居してた?

 ──手紙? 証拠のため?

 そのために1ヶ月も?

 王弟もトーシハン侯爵も王子の婚約者もマチルダ夫人も教科書も授業も……はあ?

 父が振り返り、必死に言った。

「やめろ。もう喋るな!」

 でも、もう止まらなかった。

 頭を抱え、叫んだ。

「なんでだよ……なんでだよ……!」

 会場の視線が一斉に、僕へ突き刺さる。  

 世界がぐらぐらと揺れた。

 ──1番、重い罰……死刑。




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