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最初から反撃
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私はイライラしていた。
このヒロインは、なぜ虐げられてもやり返さないのか。それでも、エンディングでは幸せになるのだろう、と我慢して読み続けた結果──なんと、死亡エンドだった。そんなバカな!
小説「姫だけどバイトしてます」を閉じた瞬間、胸の奥に黒いもやが広がった。怒りとも、虚しさともつかない感情が、喉元までせり上がってくる。
「……は?」
思わず声が漏れた瞬間、夕陽とは違う、白く鋭い光が視界を満たす。
私は立ち上がる間もなく、その光に包まれた。
高い天井から差し込む光が、白い大理石の床に神聖な模様を描いていた。荘厳なパイプオルガンの音が静かに鳴り響き、聖堂の空気は張り詰めている。
牧師が厳かに言葉を紡ぐ。
「ロベルト・エレンガード。汝は、健やかなる時も病める時も妻を愛し、死が2人を分かつまで、敬い慈しみ、貞節を守ることを誓いますか?」
「誓います」
私の隣に立つ新郎は、即答した。
気品ある整った顔立ちに微笑を浮かべ、金糸の刺繍が施された白の礼装に身を包んでいた。翡翠の瞳がまっすぐ前を見据えている。
堂内に、微かな安堵の空気が流れる。
「ミア・レナンペレット。汝は──」
……え? 今、なんて言った? ミア? ミア・レナンペレット? それって、さっきまで読んでた小説「姫だけどバイトしてます」の弱々主人公じゃん。
いやいや、夢だよね? 寝落ちしたんだ、私。
はいはい、ヤってやりましょ。夢なら何でもアリでしょ。
私──ミアは牧師を真っ直ぐ見据えた。
「愛は誓いませんが、結婚はします。ただし、これが正当な結婚なら」
聖堂がざわめいた。貴族たちの視線が一斉に、こちらに注がれる。
「まず、結婚契約書を」
私は父王の従者に向かって言った。彼は目を丸くして動けない。
「王女である私の命令が聞けないの?」
「こ、ここに……」
震える手で差し出された契約書を受け取り、私は続けた。
「持参金は白金貨1万枚、嫁入り道具は家具、宝飾品、絵画、馬車、衣装一式。まずこの嫁入り道具を、全て売ります。
──アメリフィット伯爵」
名前を呼ぶと中年男が立ち上がる。
「あなたはエレンガード国で3番目に大きい商会を、お持ちですね? 全てあなたに売ります。
嫁入り道具は、第2王子宮の庭にある倉庫に入ってますから、そちらから引き取ってください。代金は小切手でお願いします」
アメリフィット伯爵の顔がみるみる青ざめていく。
「な、何を言っている? 嫁入り道具を全て売るなど!」
父が声を荒げた。レナンペレット国の王だ。
「私の物を、どうしようと私の自由でしょう」
「なっ……」
父王の言葉が詰まる。
「『なっ』ではありません」
私は、祭壇の前から踏み出した。
「今まで私にお金を使わず後宮の角に捨て置いておいたのに、体裁を整えるためだけに用意した嫁入り道具に囲まれて暮らせ、と仰せですか。胸くそ悪い」
その言葉に、聖堂の空気が凍りついた。王族の婚礼とは思えぬ言葉遣いに、貴族たちがざわめく。
「そんなデタラメを!」
父王が怒声を上げた。だが、私は微動だにしない。
「ああ、そうですか。ならば裁判所で答え合わせをしましょう。私が王宮に監査人を紛れこませてないと思うのであれば、好きなだけ嘘の証言をなさってください。廃位になるのは間違いありませんね」
ハッタリだ。気が付いたのは、ほんの数分前。監査人を雇う時間などなかった。でも、いける。呑まれてる。やったれ。
万一裁判になっても、優秀な弁護士と探偵を雇って事実を証明すればいい。不正を暴く手段は、いくらでもある。
父王は言葉を失ったまま、唇を噛みしめている。
「しかし父上、私は鬼ではありません。あなたの1番、優秀な影をください。
ここに呼び、『これからはミアが主だ』と命令してくれればいいのです。
それとも、娘にまともな護衛もつけず、敵国に放り込む非道な王として名を馳せますか?」
沈黙が落ちた。やがて、王が低く呟く。
「……影」
その言葉に応じて、聖堂の柱の陰から1人の男が現れた。黒ずくめの装束に身を包んでいる。
「ここに」
「娘の言うとおりに」
「承知」
その瞬間、空気が変わった。王の影──王宮最強の密偵が、背後に静かに立つ。
アメリフィット伯爵に視線を向けると、彼は顔を引きつらせたまま、そそくさと会場を後にした。ドアの近くで使用人に何やら指示を飛ばしている。聖堂は王宮の敷地にあるので、すぐに戻ってくるはずだ。
「続いて口座です。シーファ殿下、あなたの国の銀行に全て預けます。今すぐ口座を作るのに協力して頂けますか?」
私は振り返り、シーファ王子に向き直った。浅黒い肌に映える金茶の髪、ラピスラズリの瞳が私を見下ろしている。王族らしい気品と、どこか遊び慣れた余裕を纏った男だった。イケメンというよりハンサム。
小説通りの見た目で他国の貴賓席にいたので、確かめずともわかった。
彼は一瞬だけ目を細め、すぐに唇の端を上げた。
「銀行家を呼べ」
「ありがとうございます」
私は軽く頭を下げ、視線を親族席へと向けた。あの男──原作では、私の持参金を取り上げ、ミアをただの駒として扱ったエレンガード国王。
「では、肝心の持参金を返していただきたい」
堂内が再びざわつく。私は構わず続けた。
「持参金というのは財産分与ですから、子供ができて尚且つ離婚して初めて婚家に渡るものであって、それまでは私に管理する権利があります。
今すぐ返して頂けないなら、この婚姻はエレンガード国側の不法行為により無効です。
もちろん婚約も破棄します。慰謝料として持参金の5倍を、お支払ください」
王の顔が引きつった。そして、すぐに従者に命じる。
「……小切手を用意しろ」
「シーファ殿下。お手数ですが、預かって頂けますか? 銀行家が来て口座ができたら、そのまま全額預けます。殿下と、ここにいる全員が証人です」
「いいだろう。大金を預かるのは、我が国にとっても有益だ。
ただ──後日、デートして欲しい。良いだろうか」
その言葉に、私は少しだけ目を見開いた。けれど、すぐに笑みを浮かべる。
「もちろん。喜んで、お受けいたします」
その瞬間、ロベルトの声が割り込んだ。
「何、言ってるんだ? 正気か、夫の前で」
整った顔立ちに、困惑と怒りが滲んでいる。
「まだ夫では、ありません。
ついでに、あなたにはラーラ・スピアリン男爵令嬢がいるではありませんか。
ほら、そこにいる白いドレスの非常識な女。
週刊紙に連日載ったのを、ご存じないのですか? それとも、我が国を侮辱するのですか?」
ロベルトの顔が引きつる。
「ラーラとは……もう終わっている」
私は吹き出した。我慢できなかった。腹の底から笑いがこみ上げてくる。
「ふふっ……あはははっ、なるほど。ならば、妻の部屋にあるものは全て私の物ということですね。
アメリフィット伯爵、第2王子宮の妃の部屋にあるものも全て売ります。今すぐ、ご案内いたします」
会場に戻ってきた伯爵にそう告げると、彼は無言で頷き、再び外へ向かおうとした。
そのとき、甲高い声が響いた。
「待って! 冗談じゃないわ! あれは頂いたものだけじゃない、実家から持ってきた家宝もあるのに!」
ラーラが錆色の髪を揺らし、白いドレスの裾を握りしめて叫んでいた。化粧が崩れかけている。
「どういうことだ、ロベルト殿下」
父王の声が低く響く。
「それは……何かの手違いで……」
アメリフィット伯爵の部下が、書類を手に現れた。
「倉庫の嫁入り道具、確認できました。こちらが買い取り表です」
「ええ、間違いないわ。ところで、これ、どこにあったかしら?」
「え、第2王子宮の倉庫ですが?」
私はゆっくりと振り返り、エレンガード国王の方を見た。
「なぜ、新婦の嫁入り道具が倉庫にあるのですか? 正室の部屋ではなく」
沈黙。重い沈黙。やがて、エレンガード国王が低く呟いた。
「……ロベルトの個人資産を、レナンペレット国への賠償金とする。ラーラ・スピアリン男爵令嬢は、地下牢に連行しろ」
「父上! そんな!」
「黙れ! お前のせいで、友好条約が無効になるぞ!」
ロベルトの顔が青ざめる。
「ヘルテーイ男爵。あなたのギルドから、最も腕の立つ傭兵を5人送ってください。代金は──これで」
私は耳元からイヤリングを外し、男爵の前に差し出した。大粒のダイヤと白金の細工が施されたそれは、王家の紋章が刻まれた由緒ある宝飾品だった。
「おい、待て! それ、いくらすると思ってんだ!」
ロベルトが声を荒げた。だが、私は振り返らない。
「私が貴族なら、王族から貸し与えられたものを下げ渡すのは不敬でしょう。
でも、私も王族です。失礼な相手に失礼なことをして、何が悪いんですか」
ロベルトは言葉を失ったまま、唇を噛みしめている。
「さて。ではトケビア侯爵。
お宅の不動産で、王都の中心、商店街から近く、私が使用人と暮らすのに程よい物件を売ってください。
代金は──これで」
今度は、頭からティアラを外した。王家の象徴とも言える宝冠。宝石が光を反射し、聖堂の天井に虹色の光を散らす。
「それは王家の秘宝──!」
エレンガード王が立ち上がり、怒声を上げた。
「黙りなさい」
私は威厳を持って言った。その声は聖堂の隅々まで響いた。
「ロベルトの個人資産は、レナンペレット国への賠償金になるのでしょう? ならば、私個人への賠償金は?
一国の王女を、それも友好条約の証として嫁いだ者を倉庫に閉じ込めるなど、本来なら王子の首を差し出さねばならない案件。
──それを物で手打ちにしてやってるんだから、感謝しなさい」
エレンガード国王は、何も言えなかった。その顔から血の気が引いていくのが、遠目にもはっきりとわかる。
私はティアラを侯爵の掌に置いた。彼の灰色の瞳は、二心を抱えながらも 従順だった。支配者を理解しているのだ。
「さてと、結婚式の続きをいたしましょう。婚姻届にサインね」
私は祭壇の上に置かれた羊皮紙にさらさらと名前を書き入れ、ペンをロベルトに差し出した。彼の手は震えていた。顔は青ざめ、唇は引きつっている。
「お、お、お前のような女とは結婚したくない!」
叫ぶような声だった。堂内に響き渡るその言葉に、貴族たちが息を呑む。
「奇遇ですね。私も、あなたのような屑が戸籍上であれ夫だなんて、反吐が出ます。
──あなたの有責で、婚約破棄しましょう」
私は淡々と告げた。怒りも悲しみもない。ただ、冷たい事実を並べるだけ。
「ロベルト! バカ! サインしろ!」
エレンガード王が怒鳴った。だが、ロベルトは首を振る。
「し、しかし父上、このような虎を我が家に引き込んでは滅ぼされます!」
私は思わず、くすくすと笑ってしまった。
「身内でない方が潰しやすいと、わかりませんか? 次に戦争が起これば、私は軍師として従軍しますよ。さて、どちらが勝つでしょう?」
聖堂の空気が、まるで葬式のような沈黙に包まれている。誰もが息を潜め、私の言葉を待っていた。
「この婚約はロベルト殿下の有責で破棄です。慰謝料は、持参金の5倍いただきます。すでに殿下の個人資産は我が国のもの。あなたは無一文どころか借金王ですね」
ロベルトの顔が引きつる。
「あ、そうだわ。いいこと考えた。父の後宮に、人質として入りなさい。
そうすれば、友好条約は保持されるわ」
私は従者に目配せし、契約書の準備を指示した。
「ならん、ダメだ! 結婚しろ、ロベルト! 床に手をついて詫びろ! 彼女を自国に戻したら、本当に我が国が滅亡する!」
エレンガード王の叫びが、聖堂に響き渡った。威厳も何もない、ただの焦りと恐怖に満ちた声だった。
ロベルトは震えながら、私の前に膝をついた。白い礼装の裾が床に広がり、額が石の床に触れる。
「婚姻を……お、私と……」
私は彼を見下ろしながら、冷たく問いかけた。
「あなたと結婚してあげるメリットは、何かしら?」
ロベルトは顔を上げたが、何も言えない。口を開きかけて、また閉じる。
「それは……」
「公務はやるし、報酬も貰う。王子宮の女主人も私。
後は自由にする。それは恋愛も含めて。もちろん白い結婚。子供は、次男なのだから要らないでしょう。
──あと、ラーラ・スピアリンの今後は、私が決める。
それでいい?」
「……わかった」
その言葉を聞いた牧師が、静かに口を開いた。
「ならば、婚姻届にサインを」
ロベルトは震える手でペンを取り、羊皮紙に名前を書き入れた。
「誓いのキスと指輪交換は?」
牧師の問いに、私は即座に答えた。
「そんなもの要らないわ。
──では、披露宴に移動しましょう」
私はウェディングドレスの裾を翻し、聖堂を後にした。背後で誰かが息を呑む音が聞こえた。
このヒロインは、なぜ虐げられてもやり返さないのか。それでも、エンディングでは幸せになるのだろう、と我慢して読み続けた結果──なんと、死亡エンドだった。そんなバカな!
小説「姫だけどバイトしてます」を閉じた瞬間、胸の奥に黒いもやが広がった。怒りとも、虚しさともつかない感情が、喉元までせり上がってくる。
「……は?」
思わず声が漏れた瞬間、夕陽とは違う、白く鋭い光が視界を満たす。
私は立ち上がる間もなく、その光に包まれた。
高い天井から差し込む光が、白い大理石の床に神聖な模様を描いていた。荘厳なパイプオルガンの音が静かに鳴り響き、聖堂の空気は張り詰めている。
牧師が厳かに言葉を紡ぐ。
「ロベルト・エレンガード。汝は、健やかなる時も病める時も妻を愛し、死が2人を分かつまで、敬い慈しみ、貞節を守ることを誓いますか?」
「誓います」
私の隣に立つ新郎は、即答した。
気品ある整った顔立ちに微笑を浮かべ、金糸の刺繍が施された白の礼装に身を包んでいた。翡翠の瞳がまっすぐ前を見据えている。
堂内に、微かな安堵の空気が流れる。
「ミア・レナンペレット。汝は──」
……え? 今、なんて言った? ミア? ミア・レナンペレット? それって、さっきまで読んでた小説「姫だけどバイトしてます」の弱々主人公じゃん。
いやいや、夢だよね? 寝落ちしたんだ、私。
はいはい、ヤってやりましょ。夢なら何でもアリでしょ。
私──ミアは牧師を真っ直ぐ見据えた。
「愛は誓いませんが、結婚はします。ただし、これが正当な結婚なら」
聖堂がざわめいた。貴族たちの視線が一斉に、こちらに注がれる。
「まず、結婚契約書を」
私は父王の従者に向かって言った。彼は目を丸くして動けない。
「王女である私の命令が聞けないの?」
「こ、ここに……」
震える手で差し出された契約書を受け取り、私は続けた。
「持参金は白金貨1万枚、嫁入り道具は家具、宝飾品、絵画、馬車、衣装一式。まずこの嫁入り道具を、全て売ります。
──アメリフィット伯爵」
名前を呼ぶと中年男が立ち上がる。
「あなたはエレンガード国で3番目に大きい商会を、お持ちですね? 全てあなたに売ります。
嫁入り道具は、第2王子宮の庭にある倉庫に入ってますから、そちらから引き取ってください。代金は小切手でお願いします」
アメリフィット伯爵の顔がみるみる青ざめていく。
「な、何を言っている? 嫁入り道具を全て売るなど!」
父が声を荒げた。レナンペレット国の王だ。
「私の物を、どうしようと私の自由でしょう」
「なっ……」
父王の言葉が詰まる。
「『なっ』ではありません」
私は、祭壇の前から踏み出した。
「今まで私にお金を使わず後宮の角に捨て置いておいたのに、体裁を整えるためだけに用意した嫁入り道具に囲まれて暮らせ、と仰せですか。胸くそ悪い」
その言葉に、聖堂の空気が凍りついた。王族の婚礼とは思えぬ言葉遣いに、貴族たちがざわめく。
「そんなデタラメを!」
父王が怒声を上げた。だが、私は微動だにしない。
「ああ、そうですか。ならば裁判所で答え合わせをしましょう。私が王宮に監査人を紛れこませてないと思うのであれば、好きなだけ嘘の証言をなさってください。廃位になるのは間違いありませんね」
ハッタリだ。気が付いたのは、ほんの数分前。監査人を雇う時間などなかった。でも、いける。呑まれてる。やったれ。
万一裁判になっても、優秀な弁護士と探偵を雇って事実を証明すればいい。不正を暴く手段は、いくらでもある。
父王は言葉を失ったまま、唇を噛みしめている。
「しかし父上、私は鬼ではありません。あなたの1番、優秀な影をください。
ここに呼び、『これからはミアが主だ』と命令してくれればいいのです。
それとも、娘にまともな護衛もつけず、敵国に放り込む非道な王として名を馳せますか?」
沈黙が落ちた。やがて、王が低く呟く。
「……影」
その言葉に応じて、聖堂の柱の陰から1人の男が現れた。黒ずくめの装束に身を包んでいる。
「ここに」
「娘の言うとおりに」
「承知」
その瞬間、空気が変わった。王の影──王宮最強の密偵が、背後に静かに立つ。
アメリフィット伯爵に視線を向けると、彼は顔を引きつらせたまま、そそくさと会場を後にした。ドアの近くで使用人に何やら指示を飛ばしている。聖堂は王宮の敷地にあるので、すぐに戻ってくるはずだ。
「続いて口座です。シーファ殿下、あなたの国の銀行に全て預けます。今すぐ口座を作るのに協力して頂けますか?」
私は振り返り、シーファ王子に向き直った。浅黒い肌に映える金茶の髪、ラピスラズリの瞳が私を見下ろしている。王族らしい気品と、どこか遊び慣れた余裕を纏った男だった。イケメンというよりハンサム。
小説通りの見た目で他国の貴賓席にいたので、確かめずともわかった。
彼は一瞬だけ目を細め、すぐに唇の端を上げた。
「銀行家を呼べ」
「ありがとうございます」
私は軽く頭を下げ、視線を親族席へと向けた。あの男──原作では、私の持参金を取り上げ、ミアをただの駒として扱ったエレンガード国王。
「では、肝心の持参金を返していただきたい」
堂内が再びざわつく。私は構わず続けた。
「持参金というのは財産分与ですから、子供ができて尚且つ離婚して初めて婚家に渡るものであって、それまでは私に管理する権利があります。
今すぐ返して頂けないなら、この婚姻はエレンガード国側の不法行為により無効です。
もちろん婚約も破棄します。慰謝料として持参金の5倍を、お支払ください」
王の顔が引きつった。そして、すぐに従者に命じる。
「……小切手を用意しろ」
「シーファ殿下。お手数ですが、預かって頂けますか? 銀行家が来て口座ができたら、そのまま全額預けます。殿下と、ここにいる全員が証人です」
「いいだろう。大金を預かるのは、我が国にとっても有益だ。
ただ──後日、デートして欲しい。良いだろうか」
その言葉に、私は少しだけ目を見開いた。けれど、すぐに笑みを浮かべる。
「もちろん。喜んで、お受けいたします」
その瞬間、ロベルトの声が割り込んだ。
「何、言ってるんだ? 正気か、夫の前で」
整った顔立ちに、困惑と怒りが滲んでいる。
「まだ夫では、ありません。
ついでに、あなたにはラーラ・スピアリン男爵令嬢がいるではありませんか。
ほら、そこにいる白いドレスの非常識な女。
週刊紙に連日載ったのを、ご存じないのですか? それとも、我が国を侮辱するのですか?」
ロベルトの顔が引きつる。
「ラーラとは……もう終わっている」
私は吹き出した。我慢できなかった。腹の底から笑いがこみ上げてくる。
「ふふっ……あはははっ、なるほど。ならば、妻の部屋にあるものは全て私の物ということですね。
アメリフィット伯爵、第2王子宮の妃の部屋にあるものも全て売ります。今すぐ、ご案内いたします」
会場に戻ってきた伯爵にそう告げると、彼は無言で頷き、再び外へ向かおうとした。
そのとき、甲高い声が響いた。
「待って! 冗談じゃないわ! あれは頂いたものだけじゃない、実家から持ってきた家宝もあるのに!」
ラーラが錆色の髪を揺らし、白いドレスの裾を握りしめて叫んでいた。化粧が崩れかけている。
「どういうことだ、ロベルト殿下」
父王の声が低く響く。
「それは……何かの手違いで……」
アメリフィット伯爵の部下が、書類を手に現れた。
「倉庫の嫁入り道具、確認できました。こちらが買い取り表です」
「ええ、間違いないわ。ところで、これ、どこにあったかしら?」
「え、第2王子宮の倉庫ですが?」
私はゆっくりと振り返り、エレンガード国王の方を見た。
「なぜ、新婦の嫁入り道具が倉庫にあるのですか? 正室の部屋ではなく」
沈黙。重い沈黙。やがて、エレンガード国王が低く呟いた。
「……ロベルトの個人資産を、レナンペレット国への賠償金とする。ラーラ・スピアリン男爵令嬢は、地下牢に連行しろ」
「父上! そんな!」
「黙れ! お前のせいで、友好条約が無効になるぞ!」
ロベルトの顔が青ざめる。
「ヘルテーイ男爵。あなたのギルドから、最も腕の立つ傭兵を5人送ってください。代金は──これで」
私は耳元からイヤリングを外し、男爵の前に差し出した。大粒のダイヤと白金の細工が施されたそれは、王家の紋章が刻まれた由緒ある宝飾品だった。
「おい、待て! それ、いくらすると思ってんだ!」
ロベルトが声を荒げた。だが、私は振り返らない。
「私が貴族なら、王族から貸し与えられたものを下げ渡すのは不敬でしょう。
でも、私も王族です。失礼な相手に失礼なことをして、何が悪いんですか」
ロベルトは言葉を失ったまま、唇を噛みしめている。
「さて。ではトケビア侯爵。
お宅の不動産で、王都の中心、商店街から近く、私が使用人と暮らすのに程よい物件を売ってください。
代金は──これで」
今度は、頭からティアラを外した。王家の象徴とも言える宝冠。宝石が光を反射し、聖堂の天井に虹色の光を散らす。
「それは王家の秘宝──!」
エレンガード王が立ち上がり、怒声を上げた。
「黙りなさい」
私は威厳を持って言った。その声は聖堂の隅々まで響いた。
「ロベルトの個人資産は、レナンペレット国への賠償金になるのでしょう? ならば、私個人への賠償金は?
一国の王女を、それも友好条約の証として嫁いだ者を倉庫に閉じ込めるなど、本来なら王子の首を差し出さねばならない案件。
──それを物で手打ちにしてやってるんだから、感謝しなさい」
エレンガード国王は、何も言えなかった。その顔から血の気が引いていくのが、遠目にもはっきりとわかる。
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──あなたの有責で、婚約破棄しましょう」
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「ロベルト! バカ! サインしろ!」
エレンガード王が怒鳴った。だが、ロベルトは首を振る。
「し、しかし父上、このような虎を我が家に引き込んでは滅ぼされます!」
私は思わず、くすくすと笑ってしまった。
「身内でない方が潰しやすいと、わかりませんか? 次に戦争が起これば、私は軍師として従軍しますよ。さて、どちらが勝つでしょう?」
聖堂の空気が、まるで葬式のような沈黙に包まれている。誰もが息を潜め、私の言葉を待っていた。
「この婚約はロベルト殿下の有責で破棄です。慰謝料は、持参金の5倍いただきます。すでに殿下の個人資産は我が国のもの。あなたは無一文どころか借金王ですね」
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「あ、そうだわ。いいこと考えた。父の後宮に、人質として入りなさい。
そうすれば、友好条約は保持されるわ」
私は従者に目配せし、契約書の準備を指示した。
「ならん、ダメだ! 結婚しろ、ロベルト! 床に手をついて詫びろ! 彼女を自国に戻したら、本当に我が国が滅亡する!」
エレンガード王の叫びが、聖堂に響き渡った。威厳も何もない、ただの焦りと恐怖に満ちた声だった。
ロベルトは震えながら、私の前に膝をついた。白い礼装の裾が床に広がり、額が石の床に触れる。
「婚姻を……お、私と……」
私は彼を見下ろしながら、冷たく問いかけた。
「あなたと結婚してあげるメリットは、何かしら?」
ロベルトは顔を上げたが、何も言えない。口を開きかけて、また閉じる。
「それは……」
「公務はやるし、報酬も貰う。王子宮の女主人も私。
後は自由にする。それは恋愛も含めて。もちろん白い結婚。子供は、次男なのだから要らないでしょう。
──あと、ラーラ・スピアリンの今後は、私が決める。
それでいい?」
「……わかった」
その言葉を聞いた牧師が、静かに口を開いた。
「ならば、婚姻届にサインを」
ロベルトは震える手でペンを取り、羊皮紙に名前を書き入れた。
「誓いのキスと指輪交換は?」
牧師の問いに、私は即座に答えた。
「そんなもの要らないわ。
──では、披露宴に移動しましょう」
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自分と婚約予定の義兄が子爵令嬢の恋人を両親に紹介すると聞いたフィーナは、悲しくて辛くて、やがて心は闇に染まっていった。
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2023/12/27 ミモザと義兄の閑話を投稿しました。
ふわっと設定でサクっと終わります。
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