ドアマット・ヒロインが、やり返さなくてイライラしたので代わりにやってみました

星森

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誰が主が教えてあげる

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「可哀想ね、震えて。エスコートしてあげる」

 私は聖堂を出ると、ロベルトの手を軽く取って馬車へと導いた。彼は抵抗せず、ただ無言で乗り込む。白い礼装の裾が、馬車の段差に引っかかっていたけれど、私は手を貸さなかった。

 私もそのまま乗り込むと、扉が閉まり、馬車が静かに動き出す。中は妙に静かで、車輪の音だけが響いていた。

「王子宮の使用人に、余計なこと言わないでね」

 私がそう言うと、ロベルトは蜂蜜色の眉をひそめた。

「俺が、この期に及んで何かすると?」

「逆逆」

「はあ?」

 彼の顔が歪む。意味がわからないというより、理解したくないという顔。私は窓の外に目を向けた。王都の石畳が、夕陽に照らされて赤く染まっている。

 

 披露宴は形式的に終えた。誰もが私の顔色をうかがい、ロベルトは終始無言だった。乾杯の音頭も、祝辞も、すべて私が仕切った。王族の婚礼とは思えない、異様な空気だった。

 王子宮に戻ると、私は迷わず正室の部屋へ向かった。使用人たちが目を見開いている。倉庫に閉じ込める予定だったのに、ロベルトがそれを止めたからだろう。

「面白いものが観たいなら、30分後に来なさい」

 そう言い残して、私は部屋の扉を開けた。ロベルトはその場に立ち尽くしていたが、疲れたように呟いた。

「今日は……疲れすぎて、もう動きたくない」

 私は振り返り、彼に微笑んだ。

「可哀想ね、か弱くて。──さよなら」

 扉を閉める音が、やけに心地よく響いた。




 「キャーッ!」

 予定通りの悲鳴が響いた。
 ロベルトが慌てて浴場に駆け込んでくる。

「ど、どうした?!」

 扉を開けた彼の視線の先には、湯船に沈むメイドが1人。服のまま、びしょ濡れで震えている。

「なな、何してる?!」

 私はメイドの頭を押さえつけながら、呆れて問う。

「見て、わからないの?」

「は?」

 ロベルトがバスタブを覗き込む。湯気が立っていないことに気づいたようで、手を入れる。

「まさか……」

 その手が跳ねた。完全に冷水。
 春なのに、こんな冷たい水、用意するのスゴい!

「言ったでしょ? 面白いものが観れるって」

 メイドは唇を震わせながら、視線を泳がせていた。

「お前がやったのか?」

 その問いに、メイドが震える声で答えた。

「で、殿下が……結婚に納得されていない、ご様子だったので……」

 私はため息をつき、壁際に立てかけてあった剣を手に取った。刃が光を反射して、浴場の白い壁に鋭い線を描く。

「もう、いいでしょ? 首、はねて」

「し、しかし彼女は伯爵令嬢だ」

「伯爵令嬢ごときが王子妃を害したの? この国には、序列がないってこと? それとも、エレンガード王家が舐められてんの?」

 ロベルトは視線を逸らし、唇を噛んだ。

「さ、先に牢に送って……伯爵に通知し、謝罪させる」

「ふうん? 斬れば済むのに?」

「それは……」

 私は剣を壁に戻し、ローブの裾を払った。

「わかった。今夜、あなたの部屋で寝るから。あなたは、こっちで寝て。
 ──まだ残り湯ある? いい加減、入浴したいんだけど」

 ロベルトは疲れたように頷いた。

「はあ……わかった。それでいい。必ず謝罪させるから」

「どうせ、お手付きなんでしょう。いいわ、おやすみなさい」

 私はそのままロベルトの部屋へ向かった。






 「キャーッ!」

 来た、と私は目を開けた。朝の静けさを破る悲鳴。

 ロベルトのベッドから出て、ローブを羽織る。続き扉から、妻の部屋へ向かうと、使用人たちがベッドに群がっていた。

 床は血の海。ロベルトが倒れていた。白い寝間着が真っ赤に染まり、顔色は紙のように青い。

「死んだの?」

 私の問いに、使用人の1人が震える声で答えた。

「い、いえ……息はあります。いま医者を呼びに……!」

「ふうん。それより朝食は、いつ? 昨日は、ほとんど食べられなかったから多めにして」

 それだけ言って、私は踵を返した。ロベルトの部屋に戻る。
 原作を読んで知っていた。初夜にヒロインが、刺客に襲われること。だから部屋を交換したのだ。

 ベッドに腰を下ろし、しばらくして運ばれてきた朝食を見て、私は舌打ちした。

 埃まみれ。皿の縁にまでうっすらと灰が積もっている。主が血塗れでも、嫌がらせは欠かさないらしい。

 やはり、ロベルトに「余計なこと言うな」と釘を差しておいて正解だった。これで敵がハッキリわかる。

 私は影を呼び、食事を運んできたメイドを拘束させた。泣き叫ぶ彼女の口をこじ開け、埃まみれの食事を無理矢理食べさせる。

「自分が運んだ料理を毒見するのは、礼儀でしょう?」

 食器が床に落ち、がしゃんと音を立てた。

 私は使用人に馬車の用意を命じ、従者アルペに支度を整えさせた。
 鏡の中の私は、パープルブロンドにアメジストの瞳をした幸薄美女だった。今の中身とのギャップが面白い。

 最後に、食事を運んできたワゴンにメイドを突っ込む。泣き叫ぶ声を無視して、玄関へ向かった。


 玄関では、執事と騎士たちが何やら揉めている。私の姿を見た瞬間、執事が血相を変えて駆け寄ってきた。

「殿下が怪我されたというのに、どこへ行かれるのです? そのワゴンは……メイド?! な、なぜ──」

「このメイドを馬車の後ろに括りつけて」

 私がそう言うと、執事の顔が真っ青になった。

「な、な、何故──ブホッ!」

 言い終える前に、私は拳を振り抜いた。鈍い音と共に、執事の体がよろめく。

「執事のくせに、私に意見するんじゃないわよ!」

 その場が凍りつく。騎士たちが一斉に手を伸ばしかけたが、すぐに動きを止めた。私の背後から、重い足音が近づいてくる。

「あなたがミア妃殿下?」

 声の主は、金髪碧眼の青年だった。中性的な美貌に、無邪気な笑み。そしてその奥に、鋭い光。

「傭兵ギルドから来ました、キルです。こっちは、ガルド。後の3人は遅れて来ます」

 鋼のような体つきをした長身の男が、無言でペコリと頭を下げた。群青の髪にサファイアの瞳、整った顔は万人受けするタイプ。

「ああ、ご苦労様。ちょうど良かった。出掛けるから来てちょうだい。
 ──で、何を揉めてたの?」

 キルが肩をすくめる。

「ああ、この騎士達が宮に入れないって」

「私に用があると伝えたの?」

「もちろん」

 私はため息をつき、剣を抜いた。陽光を受けて、刃が鋭く光る。

「そこに並んで跪きなさい。全員、首をはねるわ」

 騎士たちが一斉に顔を引きつらせる。執事が慌てて口を挟んだ。

「お、お待ちください! その者達はロベルト殿下直属の騎士団です──ブホッ!」

 私は剣の柄で、再び執事の腹を殴った。

「だったら尚更、妻である私を尊重して当然。取り次ぎもせず、勝手に帰そうとするなんて言語道断」

 騎士たちの顔から血の気が引いていく。私は剣を軽く振り、鞘に戻した。

「でも、そうね。デモンストレーションに使えるから、今すぐ殺すのはやめてあげる。
 ──地下牢に案内なさい」

 私は傭兵たちに目を向けた。

「初仕事よ。そいつらを牢に入れて」

 キルがにやりと笑い、ガルドが無言で頷いた。



「朝食、食べに出ようと思ったけど……これじゃ、いつになるやら、わからないわね」

 騎士を牢に入れた私は、ため息をついてドレスの裾を軽く払った。

 キッチンへ向かうと、扉の前に立ちはだかる男がいた。白いコック服に身を包み、鼻の下に妙に整った髭をたくわえている。

「ここは立ち入り禁止で──ブホッ!」

 言い終える前に、私は拳を突き出した。料理長の腹にめり込む感触。彼は呻きながら後ずさった。

「料理長ごときが、私の行く手を遮ってるんじゃないわよ。
 ──ところで、あなた料理が下手だから、誤魔化すために埃を入れたの?」

「は? 私の料理が下手? 埃? そんなこと、するわけないでしょう!」

「うーん? 本当かしら?」

 背後から、のんびりした声が割り込んだ。

「埃は、メイドの仕業じゃないですかー?」

 金髪碧眼の美青年──キルが、無邪気な笑顔で言った。

「とりあえず、食事してから拷問しましょう」

 私はそう言って、棚の食材を漁り始めた。

「やっぱ昆布も鰹節もないわー。マヨネーズもない。……まあいい、洋食にしよう」

「勝手に食材を使わな──ブホッ!」

 また料理長を殴った。2発目。今度は床に膝をついた。

「はあ……コンソメもミキサーもない。やっぱり、不味い料理だったんだわ。食べなくて良かった。
 目玉焼きとパンでいいや。……え、なに、このパン? 固そう!」

「それは白パンといって高級なパンですよ。祖国には、無かったんですか?」

 キルが首をかしげながら言う。私は一瞬、言葉に詰まった。

「えっと……あったけど、私はその……米が好きで」

 初めて見たとは言えない。王子妃が白パンに驚くなんて、さすがに不審すぎる。

「え! あのパサパサした家畜飼料を?!」

 ……ここの米って、そんな不味いの? まあ、そうだよね。現代日本の米は、品種改良されてるし。ここは恐らく、中世ヨーロッパをモデルにした世界。

 私は気を取り直して、玉ねぎを刻み始めた。バターで炒め、スープを煮込み、パンをスライスしてチーズをのせて焼く。オニオングラタンスープ。シンプルだけど、香りだけでお腹が鳴る。

 気づけば、使用人たちが扉の隙間から覗いていた。傭兵たちも、興味津々で鍋の中を覗き込んでいる。

「たくさん作ったから。良ければ、どうぞ」

 そう言って鍋を差し出すと、傭兵たちがざわついた。最初に手を伸ばしたのはキル。

 ガツガツと食べる音が響く。私はその様子を、少しだけ微笑ましく見つめた。

「影。あなたも、いらっしゃい」

 気配もなく現れた黒衣の男が、無言でスープを受け取る。ひと口飲んだ瞬間、わずかに目を見開いた。

 「さあ、コンソメつくる前に──犯人を炙り出しましょうか」

 私はスープの余韻を残したまま、玄関へ向かった。馬車の後ろに括りつけられたメイドは、すでに顔面蒼白。縄で縛られた手首が擦れて赤くなっている。

「これから何するか、わかる? 市中引き回しって知ってる?」

 私がそう言うと、赤髪のメイドはガタガタと震えながら首を振った。

「ひっ……そ、そんなことされたら……お嫁に行けなくなります……!」

 私は思わず、吹き出しそうになった。

「え? そこ? 嫁入りの前に、命の心配した方がいいと思うの。私が殺さないと思った?」

「まさか、あれくらいで命まで……! あんまりです! 殿下が、お許しになりません!」

「あれー? あなたも、お手付きなの? 私が男なら、手を出した女性を働かせないけどな。大事にされてなくて草」

 “草”の意味は、わからないだろう。でも、バカにされたのは伝わったようで、メイドの顔が真っ赤に染まった。

 唇を噛みしめ、涙を浮かべている。けれど、私は容赦しない。

「行きましょう」

 私は馬車に乗り込んだ。後ろには、縄で引きずられるメイド。通りに出ると、ざわめきが広がった。王子妃の馬車が、血まみれの女を引いて走っているからだ。

 まずは各ギルドの場所を確認した。まだ離婚はしないけど、そのうち出てくかもしれないし。

 次に市街地をぐるりと見て回る。市場、鍛冶屋、薬屋、書店。どこも情報の宝庫。動きやすい服を買ってその場で着替え、調理器具の製作を依頼し、調味料を物色。

 ──そして、見つけた。

 魚醤。しかも、米まで。品種は怪しいけど、粒は細かくて、炊けばなんとかなるはず。さすがに豆腐はなかった。

 荷物を馬車に積み、私は満足げに伸びをした。

「あー、楽しかった」

 キルが、ちらりと後ろを見て言った。

「メイドは牢屋に入れますか?」

「あ、忘れてた」

 私は振り返り、ボロボロになったメイドを見下ろす。顔は土と血で汚れ、意識も朦朧としている。

「そうね。共犯者を吐かなければ首をはねましょう。
 ──ね、あなた。埃は1人でやったの? ……トクサとアレラも仲間じゃない?」

 その名を口にした瞬間、メイドの目が見開かれた。

「なぜ……その名前を……」

「勘」

「……間者を忍ばせていたのですね……」

 違うけどね。原作、読んだばかりだから覚えてるの。  
 っていうか、夢にしては長すぎる。きっと転生か憑依したんだ。転生なら──死因は、何だろ? 過労? 事故? まあ、どうでもいいか。

「供述書にサインするなら、命は助けてあげる」

 赤髪のメイドは、しばらく黙っていたが、やがて力なく頷いた。

「……わかりました……」

 これでまた1つ、片付いた。




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