gimmick-天遣騎士団-

秋谷イル

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序章・ガナン大陸戦争

悪意の奔流(2)

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 空中で二つの影がぶつかり合う。片方は小さく、もう一方はあまりに巨大。やがて後者の翼がへし折られた。落下する巨体を追って小さな影も地上へ。
 ところが、
「うぐっ!?」
 空中で殴り飛ばされた。回転しながら壁に衝突する小さな影ことノウブル。能力で衝撃を和らげ、どうにか生き延びる。
(やられた。受け身より反撃を優先するとは。あの巨体になら大した高度ではなかったということか)
 自省する。こうもサイズが違えば世界の見え方も異なる。同じ尺度で考えてはならない。
 幸いにも致命傷は免れたものの、やはりまともに攻撃を受けた代償は大きく左腕上部と肋骨数本が折れた。天士とて不死ではない。人間より遥かに頑強なだけで耐久力の限界を上回れば普通に傷付き死に至る。
 少し遅れて地響きが起こり、都の一角で多くの建物が押し潰され、瓦礫と粉塵が天高く上がった。爆風と共に押し寄せたそれを路地に逃げ込んでやり過ごす彼。
 殺傷力を持った風が通過するのを見ながら、奇妙な光景を思い描く。

 焼けた砂の海。絶望的な勢いで押し寄せて来る砂塵の壁──

「……」
 砂漠は南部にしか存在しない。そして自分達天士はオルトランドより北の地だけを歩んできた。ならばいつ、どこでそれを見た? 不可解に思いつつも見通しの良い道へ戻る。敵もちょうど起き上がったところ。翼持つ巨大なトカゲ。怒りを露にこちらを見下ろしている。

「ゴオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!」

 それだけで人を殺せそうな凄まじい咆哮。何故だろう、懐かしい。
 やはり見たことがある。知らないはずなのに知っている。
 砂漠とは別の、銀色の霧が漂う絶望の海を思い出す。

「……なんなのだろうな?」
 彼には知りたいことがある。天士の秘密だ。それが何かはまだわからない。でも確実に存在する。自分達天士には自らも答えを知らない謎が隠されている。

 一歩、前に踏み出す。敵は威嚇の唸り声を上げた。

「俺はそれを知りたい。知るまで死ぬつもりは無い」

 もう一歩。巨獣は怯み、そして訝る。
 どうして? 何故こんな小さな生き物が怖い?

「おそらくだが、前にもやったことがある。俺には、お前のような化け物と戦った経験がある。だから団長もこの場を任せた。彼は俺の秘密を知っている」

 それを確認できただけでも僥倖。
 あとは任務を優先する。

「竜……龍……そうだ、この技はそんな名前だった。そのはずだ」
 右手を上、折れた左腕を下にして奇妙な構えを取るノウブル。まるでそれは顎を開く龍の如し。そして足下が発光し始める。しっかり踏みしめた地面から何かが彼の中へと流れ込んで来る。
(龍脈……そこから気を取り込む……己の肉体の隅々まで行き渡らせ、同時に肉体を完全に支配し治癒力を増幅……)
 筋肉が強引に折れた骨を元の位置に戻して継ぎ合わせる。細胞を急激に増殖させ隙間を埋め、癒着させる。一時しのぎの強引な治癒。今はそれで十分。
 周囲には小型の魔獣達もいた。だが本能的に逃げ出して行く。勝てるわけがないことを瞬時に理解できた。人の姿をしていても、あの騎士は人間ではない。
 ただ一頭、巨竜だけが自身を匹敵する強者だと自負しており、そのプライドゆえに踏み止まる。

龍来儀リュウライギ

 甲冑が弾け飛ぶ。兜も砕け散る。地面から流れ込んだ力が上半身より放出され彼を白く光り輝かせる。
 ノウブルは勇者を見上げた。己に“挑む”ことを決意した勇敢な竜に敬意を表し、自身も全力を尽くすことを誓う。
「さあ、ここからが本番だ。イリアム・ハーベストの生み出した、おそらくは最強の戦士。生き残りたくば、俺の屍を越えて行け」
「ゴアッ!」
 炎を吐き出す竜。同時に前に突き出したノウブルの両手の間にもいつもより巨大な光の盾が生じる。それが炎を断ち割り、そしてそのまま突き進んで来た。
「ぬぅん!」
 盾ごと跳躍した彼は巨竜の懐へと飛び込み、そこで防御を解除すると今度は自分の下に盾を出現させ足場にして深く踏み込む。
 岩を割るような音と共に砕け散る鱗。深々と突き刺さった拳から衝撃が伝播し骨と臓腑を揺さぶる。巨竜は口から血を吐いた。
 だが、それでも──

 掴む。深手を負いながら左手で掴み、地面に叩きつける。炎を浴びせ、さらに尾で殴り飛ばす。大量の瓦礫と共に宙に舞うノウブル。
 彼は笑う。口の端を歪めて持ち上げる。強者との戦いに喜びを見出す。
 空中で反転し、再び襲いかかって行く。

「ははッ!」
「ガアッ!!」
 哄笑と雄叫びを放ち、繰り返し激突する両者。死闘は衝撃波を撒き散らし、闘争の場となった都の一角をさらに激しく瓦解させていった。



 ブレイブの発生させた嵐でかなりの数が空へ舞い上げられたのに、それでもまだ都の中は魔獣だらけだった。中には人間が変化したとは思えないほど大きな個体もいる。
「ピィッ!」
「くっ──」
 襲いかかって来たそれを斬ろうとした瞬間、元は人間だという事実を思い出し躊躇するブレイブ。そのせいで刃は敵を掠めただけ。逆に鋭く尖った脚が彼の喉に迫る。
「!」
 危ういところでアイズが弾き、返す刃で敵を屠った。こちらには一切躊躇が無い。
「どうした? 動きが鈍いぞ」
「すまん」
 それだけ答えて別の魔獣を斬り伏せるブレイブ。おかしかったのは今の一合だけ。すぐ元に戻った。
(不調なのか?)
 だがアイズの眼力でもそうなる原因は見出せない。彼女には敵が魔獣にされてしまった元人間だからなどという理由で剣を鈍らせる意味が理解できないからだ。
 魔獣化した以上、これらはもう人間ではない。
「オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!」
 さっきの醜態が嘘だったかのように鬼気迫る表情で次々に敵を打ち倒して行くブレイブ。そしてひたすらに城を目指し前進を続ける。
 都は今や全域が火の海。敵の中には倒されるまでもなく火だるまになって絶叫している者も多い。

「ギィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィッッ!?」
「アギャ!? ギャアアアアアアアアアアアアアアッ!!」

 まるで人間のような悲鳴。それを聞いてもアイズの表情はやはり変わらない。ただ淡々と目の前の事実を観察する。
 なのに──

「すまない、すまない……」

 ブレイブは泣いていた。先程の謝罪の一言も、どうやら自分に対するものではなかったようだと理解するアイズ。彼はずっと殺す相手に謝り続けている。
 その時、異形の魔獣達の中でもさらに異質な姿の魔獣が現れた。

「た、たす……け……天、し、さま……」
「!?」

 流石に驚くアイズ。相手はまだ半分ほど人の姿を留めている。残りは軟体生物と化した若い女。大きな虫を大事そうに抱えている。その不気味な虫は彼女に牙を突き立て暴れているのにけっして離そうとしない。

「あか、ちゃん、を……」
「!」

 ブレイブは斬った。
 歯を食いしばり、母と子を同時に斬り捨てた。
 母親は涙しながら彼を見上げる。

「どう……して……」
「……」

 アイズにもわからない。理解出来ない。完全に魔獣化した相手には躊躇ったのに、何故人の姿を多少なりとも留めた相手には容赦無く攻撃できたのか。
 彼女にはやはり、ブレイブという天士は不可解の塊だ。
 まるで──

「急げ」
「ああ」
 何かに気付きかけた時、ブレイブが足を早めた。炎の勢いはますます強くなり魔獣達の姿ももはや無い。遠くからは断続的に轟音が響いて来る。ノウブルは今もあのドラゴンと交戦中。
 つまり、もう邪魔は入らない。
「西側から屋根伝いに行けば通れる!」
 城はもう目の前。ルートを指示したアイズの耳に歯の軋む音が届いた。
 ブレイブは見たことも無い怒りの形相。
「イリアム……!」
 その怒りは、燃え盛る炎より赤く禍々しく見えた。
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